有事・平時を問わない
不確実性にどう対応する?
地政学リスクや人権侵害など、さまざまな背景からサプライチェーンリスクが増大している。
今この時も変化を続けるサプライチェーンリスクに対して、企業はどのように対応を講ずるべきなのだろうか。
このサプライチェーンリスクに対して、製造業の立場から対策に取り組んでいるのが、富士通だ。
これまでの効率を重視したサプライチェーンからレジリエンス(強じん性)を確保したサプライチェーンに転換するにはどのような対策が必要なのか、同社へインタビューを行った。
効率を重視した
オペレーションは限界に
「サプライチェーンマネジメントの領域において、企業はこれまでの在庫を極限まで削減する『ジャスト・イン・タイム方式』や、無駄を排除する『リーン生産方式』からの転換が求められています。これは地政学リスクや人権侵害などからサプライチェーンリスクが拡大している中で、これまでのような『効率的に供給し、コストを削減する』オペレーションが困難になっているのです」と指摘するのは、富士通 エンタープライズ事業 ソリューションアーキテクト事業本部 Supply Chain Management事業部 事業部長 平谷真智子氏。
このようなサプライチェーンマネジメントの課題に対して、富士通はどのように対策を講じることでレジリエンスを確保しているのだろうか。その手段の一つが、富士通の研究開発を担う富士通研究所が開発した「SC(サプライチェーン)デジタルリハーサル」の活用だ。
SCデジタルリハーサルは、有事・平時を問わず複数のシナリオを同時並行で検討し、人間の思考範囲を超えた何千・何万通りの施策検討を支援するシステムだ。平谷氏は「有事の対応はもちろんですが、平時においても、関税の引き上げや原材料価格の高騰、半導体不足といった問題が起きています。こうしたサプライチェーンを取り巻く不確実性に対して、人間の頭だけで施策検討を行うことは困難です。SCデジタルリハーサルはその施策検討や、投資対効果についての分析を行うことで、意思判断をサポートします」と語る。

SCデジタルリハーサルで
意思決定を高度化
実際に富士通では、このSCデジタルリハーサルを活用したリスクマネジメントの社内実践も行っている。同社グループ内の通信機器製造業においては、600社のサプライヤー、1,500アイテム、4万点の部品を取り扱っている。この大規模なサプライチェーンの複雑性が、全社横断での需給最適化や影響把握、リスクの可視化を阻害していたのだ。そこでSCデジタルリハーサルを活用したところ、客観的データに基づく最適な投資判断の実現が可能になってきているのだという。
平谷氏は「従来は、ベテランの経験と勘に頼った対応や各部門へのヒアリングによってリスク対応を行っており、定量的な影響額や施策コストを正確に算出できていませんでした。そのため、最も費用がかからない『生産・供給優先度変更』といった施策を選択しがちでした。しかしSCデジタルリハーサルを活用したところ、『部品のマルチ化』という対応が提案されました。これは前述の生産・供給優先度変更と比較して初期費用が4倍かかるものの、損失を70%抑制できる可能性があるとの試算結果が示されました。また、この施策を事業計画に即時反映することで、突発的な事象や市場変化に迅速に対応できるようになり、従来は半期に1回程度しか実施できなかったシミュレーションを、月次サイクルで実施できる可能性があります。現在は実証検証の段階のため、これらの数値は試算値ですが、すでに実際の現場で大きな成果が期待されています」と語る。
因果AIを支える
三つのコア技術
このSCデジタルリハーサルを支えている三つのコア技術がある。
一つ目が「因果AI」だ。因果AIはLLM(大規模言語モデル)が学習した、インターネット上に流通しているニュースサイトや論文などの情報を活用した「パブリックデータ」と、自社のサプライヤーやアイテム、部品などの情報を活用した「プライベートデータ」の二つを組み合わせ、サプライチェーンへの影響を可視化するものだ(特許出願済み)。既存のLLMには、ハルシネーションのリスクや、回答が文章中心となることで論理構造を整理しにくいという課題があるが、因果AIはLLMを活用しつつも因果グラフとしてそれらの情報を理路整然と整形し、循環参照などの矛盾を排除する処理を行う。
「『風が吹けば桶屋が儲かる』という言葉がありますが、因果AIではこのような因果関係が見えにくい影響を数値でもって可視化し、どの事象が発生しやすいかというリスクシナリオ分析が可能です。既存の生成AIでは難しかった中間要因を連鎖的に抽出できるので、事象によって起こる影響の説明がしやすくなります」と語るのは、富士通研究所 セキュリティサイエンス研究所 地政経済レジリエンスCPJ シニアリサーチディレクター 水谷政美氏だ。
この因果AIを活用することで、例えば、地域紛争が発生した場合、単に「船が遅れる」という表面的な影響だけでなく、GDPへの影響、海上ルートの変更、燃料・保険料・原材料価格の上昇など、幅広い波及効果を分析可能になる。従来は人間の経験と勘に頼っていたリスク分析を、データドリブンで定量的に実施できるようになる。

二つ目は、この因果AIの結果を用いた「シナリオ予測技術」だ。因果AIの分析結果を用い、特定のリスクがどの程度の価格上昇をもたらすかといった価格高騰の動向や、それによって必要数量に対してどの程度の不足が生じるかといった供給不足が予測できる。これらのデータによって、単なるリスク分析から施策検討へのシフトが実現可能になるのだ。例えば原材料の上昇といった動向が把握できれば、そのリスクに対応するための施策(在庫積み増し、マルチソース化、輸送経路変更など)を検討することが可能になる。
この施策を検討する上で用いられるのが、三つ目のコア技術「多目的最適化技術」だ。これは在庫状況や代替策を含む膨大なパラメータの中から、自社にとっての最適な施策を導き出す技術だ。これにより、同社の通信機器製造業で実践したような投資対効果を比較した施策立案が可能になるのだ。それぞれの施策もダッシュボード上で「残存損失(リスク未回避分)」「施策コスト(対策投資額)」の比率をグラフで確認しながら検討できるため、中長期的な判断が下しやすい。
このSCデジタルリハーサルは、すでに顧客企業との検証が進められており、サービスとして提供開始を計画している。「顧客企業に導入する場合、在庫の早期積み増し、マルチソース化、輸送経路変更といったサプライチェーンにおける一般的な施策を基本としつつ、顧客固有のパラメータを考慮した最適解を提示する仕組みの提供を予定しています。投資予算の制約によって、費用対効果よりも初期コストを優先して施策を選択せざるを得ないケースもありますが、判断材料を提示することがSCデジタルリハーサルの役割です」と平谷氏は語る。

リスク対応から
経営変革を支える基盤へ
SCデジタルリハーサルの分析精度を向上させるため、プライベートデータの一つにデジタルツインを活用している。これはSCデジタルリハーサル上に顧客のサプライチェーン自体をデジタルツインとして保持することで、因果AIによる分析精度の向上と幅の拡大を実現しているのだ。
富士通は2013年4月からサプライチェーンの事業継続能力を評価・管理する「サプライチェーンリスク管理サービス SCRKeeper」を提供している。これらのサプライチェーンリスク可視化サービスと比較して、SCデジタルリハーサルはどのような違いがあるのだろうか。平谷氏は「SCRKeeperはリスク可視化シミュレーションサービスであり、短期的なリスク対応に有効な製品です。一方でSCデジタルリハーサルは中長期的な経営意思決定に活用する製品であり、これらのソリューションを組み合わせることにより、さらなる企業のレジリエンス強化を実現できます」と語る。
今後の展望として「今後はAIエージェント技術とのさらなる融合を行うことで、人による調整や意思決定を行っている部分を自動化するような技術実装を進めていきます。現在は製造業のお客さまを中心に想定していますが、今後流通系などの他業種のお客さまにも拡大していくことで、それらをつなぎ合わせたデジタルツインの実現により、人が気付けなかったような因果関係をAIが発見できる可能性もあるでしょう」と、製造業のサプライチェーンにとどまらない、SCデジタルリハーサルの可能性が水谷氏から語られた。


(右)富士通 エンタープライズ事業 ソリューションアーキテクト事業本部 Supply Chain Management事業部 事業部長 平谷真智子 氏

