Amazon Web Services(AWS)はもともと、ECサイトのAmazon.comの運営過程で培ったインフラ運用技術とノウハウを外部に提供し始めたクラウドサービスだ。現在は製造業や金融、保険、公共、医療など多様な業種で活用が進んでいるAWSだが、その可用性の高さなどから小売(Retail)分野での導入事例は特に多い。また昨今はこのAWSの生成AIやAIエージェントを活用し、多様な小売企業が広告やマーケティングの手法を大きく変革しつつある。その変化について、アマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン)の広告・マーケティング領域を専門とする松本鋼治氏に話を聞いた。
顧客に応じた広告をAIで出し分ける

松本鋼治 氏
生成AIが台頭したことによって、多様なビジネスで変化が起こっている。それはマーケティングにおいても例外ではない。例えば普段目にする広告にも、生成AIを利用しているコンテンツが増えつつある。
こうしたマーケティングや広告に起こっている変化について、AWSジャパン 戦略事業開発本部 プリンシパル事業開発マネージャーの松本鋼治氏は「あらゆる局面で変化が起きています」と指摘し、その変化を「創る」「届ける」「測る(計測する)」「強化する」という四つの観点から整理した。
創る側面では、従来は広告代理店や一部のメディア企業しかできなかったクリエイティブ制作が、生成AIによって中小企業でも顧客ごとのニーズに応じた広告が制作できるようになった。松本氏は「例えばAmazonでは、広告事業として『Amazon Ads』を展開し、Amazonのサイト内やサイト外部の広告ネットワークに製品のプロモーションが行えますが、このAmazon Adsでは米国において『クリエイティブエージェント』というサービスが展開されています。AWSの生成AI基盤サービスである『Amazon Bedrock』を活用して開発されているクリエイティブエージェントは、数回のクリックと自然言語によるリクエストで、簡単に気の利いた広告が生成できます。例えば、これまでAmazon上で広告を出したかった企業は、大手のクリエイティブ企業などに制作をお願いし、料金を支払って広告を出稿する必要がありましたが、コスト負担が大きい上にその広告によって確実に売り上げが伸びるかは分かりませんでした。しかしクリエイティブエージェントを使うことで、細かな機微が行き届いた広告を簡単に生成できます」と語る。
松本氏が述べる“機微”とは、顧客に応じた広告メッセージの細やかな出し分けを指す。例えば、同じ金属製のボトルをプロモーションする場合であっても「スタイリッシュさを重視する顧客」と「携帯性を重視する顧客」では広告メッセージを変えることでより訴求力が高まる。一方で、訴求先に応じた広告メッセージの出し分けは、ブランドメッセージのブレやブランド価値の低下につながるリスクも存在する。こうしたリスクに対して松本氏は「ブランドコンセプトをどこまで維持するのかという観点と、顧客に応じたカスタマイズやローカライズをどこまで受け入れるかという観点のバランスは、マーケティング戦略立案の上で非常に重要な論点です。ブランドコンセプトに準拠しながら、広告のクリエイティブをどこまで変えるべきかというポイントは、AIを使いながらも人間が自ら意思決定するべきなのです」と語り、AIの自動化プロセスに人間の判断を組み入れることで精度や安全性、倫理性を担保する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の考え方を取り入れることの重要性を指摘した。
購買分析から行動ログ分析へ
二つ目の届ける側面では、購買データとAIを掛け合わせることで、より精度の高いパーソナライゼーションが可能になることが指摘された。例えば「A牛乳を購入した顧客」と一口に言っても、その実態は「B牛乳が売り切れていたためA牛乳を購入した顧客」と「A牛乳を好んで購入した顧客」では、マーケティングの仕方が異なる。しかし、従来は購買結果のデータのみに基づいたセグメンテーション(顧客のグループ分け)が中心となることが多かったため、パーソナライゼーションの精度に限界があった。具体的には前述の牛乳の顧客の場合、両方の顧客が「A牛乳が好きで購入した顧客」に分類されるのだ。しかし顧客の行動ログを取得し、AI分析と掛け合わせることにより、顧客がどの商品を手に取ったか(例えば、どの順番でページを回遊し、どのくらいの時間滞在したか)を分析できるようになり、より精度の高いパーソナライゼーションが実現可能になるのだ。
「従来はこのような行動ログデータを適切な形に処理し、分析することはマーケターにとって高いハードルがありました。しかしAIエージェントが介在することで、顧客の行動ログを適切に読み取りやすくなります。ECサイト上での行動ログももちろんですが、今後は小売店舗でもプライバシーに配慮しながらも、カメラによるセンシングデータを基にした行動ログの分析が進むでしょう」と松本氏は指摘する。
三つ目は測るという側面だ。届ける側面で紹介した行動ログ分析にもつながる話だが、従来のデータ分析ではExcelやBIダッシュボードなどを活用していたことから、限られたデータしか分析できていなかった。松本氏はさまざまなアプリケーションからインサイトを取得できる「Amazon Quick」を例に挙げ「自分好みのAIエージェントを簡単に作成できるAmazon Quickを活用することで、マーケターは自然言語でデータに問い合わせることが可能になります。例えば『この広告で何人にリーチしたか』『年齢層・男女比はどうか』といった問い合わせに対して即座に回答が得られるようになり、マーケティング効果測定の柔軟性が大幅に向上できるのです」と語る。

AIがマーケティングを深める
四つ目の強化するという観点では、これまでのデータ分析をさらに強化する手法が示された。従来、企業が顧客のデータ分析を行う場合は自社で取得したデータのみが分析の対象だった。しかし、テクノロジーの進化によりパートナー企業間でこうしたデータの連携と分析が可能になっている。松本氏は「当社が提供している『AWS Clean Rooms』というサービスがあります。AWS Clean Roomsではパートナー企業間で、必要なデータのみを加工・連携して分析できるサービスです。例えば小売業者はある製品の購買結果データ、メーカーは同じ製品のマーケティングのキャンペーンデータを保有しているでしょう。これらのデータを連携させることで、より立体的なマーケティング施策の立案が可能になります。この仕組みはAIとの相性が良く、マーケティングの深さを大きく変えるトレンドであるといえるでしょう」と強調した。
このようなAIの活用により、PDCAサイクル全体で70%以上の工数削減を達成したプロダクトの事例もあるという。プロダクトによって効果は異なるものの、ワークフロー全体で70%以上の工数削減は大きな効果といえる。
松本氏は「ユーザーの視点から見ると、生成AIやAIエージェントが登場したことで『かゆいところに手が届く』購買体験が実現できると考えています。例えば先日、私は3才の子供に魚を食べさせるためにAmazonに搭載されているAIアシスタント『Rufus』に相談し、魚の骨抜きツールを購入しました。魚をおいしく食べてもらうために、包丁を変えるとか、魚自体を変えるとかさまざまなやり方を考えたのですが、AIアシスタントからは『肉に比べて魚は食べづらいので、骨抜きツールで骨を抜いて調理すると口当たりが良くなり、きっと子供が喜びますよ』というアドバイスがありました。実際、購入した骨抜きツールを使って魚を調理するとしたところ非常に喜ばれました。このように、AIが個々の状況に応じた課題解決策と商品を提案できる時代になったことで、消費者にとっても満足のいく購買体験が実現可能になるでしょう」と語る。
最後に松本氏は「企業規模を問わず、AIとデータ連携にトライしていただきたいです。中小企業も貴重な独自データを保有しています。当社では無料トレーニングコンテンツ、認定資格、ユーザーコミュニティなどの支援体制を整備しているため、まずは小さくてもトライすることから始めてもらえたらうれしいですね」と語った。

