生成AIの登場は、商品やサービスをプロモーションするマーケティング担当者(マーケター)と、それらを受け取り商品やサービスを購入する消費者側の双方に大きな影響を与えている。こうした社会の変容の中で、マーケティングに求められる役割とは何だろうか。AIによる学習や比較支援が消費者の受容や信頼、行動変容にどのように影響するかなど、生活者心理とマーケティング倫理の観点から研究に取り組んでいる文京学院大学 経営学部・大学院経営学研究科 教授の濵田俊也氏に、AI時代に求められるマーケティングと消費者の姿勢について話を聞いた。
生成AIが変える広告制作の現場

濵田俊也 氏
生成AIの得意とする領域に画像生成がある。LLM(大規模言語モデル)を用いたテキスト生成AIは2022年11月末のChatGPT登場から爆発的に広がりを見たが、それ以前の2022年春〜夏にかけて画像生成AIサービスが次々と発表、公開されており、注目を集めていた。こうした画像生成AIは日常に浸透し、現在では生成AIを活用して制作した広告コンテンツを目にする機会も増えている。
一方で、こうした広告で商品やサービスを知る消費者側にも、生成AIの活用は広がっている。生成AIの登場によって消費者側の検索行動は大きく変わったといわれており、これまで必要な商品情報を検索していた購買行動から、生成AIに自然言語で問いかけて必要な商品を提案してもらったり、比較してもらったりといった購買行動へと変化している。マーケターはこうした消費者の変化に対応したマーケティング施策を講じる必要がある。
生成AIがマーケティングに与える変化について、文京学院大学 の教授を務める濵田俊也氏は「大きく分けて広告制作などのクリエイティブコンテンツを作る業務と、それらの業務支援の二つに変化が生じています」と指摘する。
広告制作業務では、消費者に訴求する画像、動画、テキストといったクリエイティブコンテンツを制作する。これらの制作を効率化することに加え、濵田氏は「AIの活用によって、これまで実現が難しかったクリエイティブ表現が可能になるでしょう」と指摘する。訴求するサービスや商品によってはモデルやタレントのキャスティングが難しいものもある。そうした商材の広告制作にAI生成のモデルやタレントを起用すれば、出演者選定に伴う制約を超えた広告表現が可能になる。生成AIを活用した広告制作は、すでに大手企業が取り組み始めており、試行錯誤の段階から本格活用のフェーズに移行しつつあるという。
広告制作では従来、一つの広告を作るためのチーム編成、方向性の統一、各担当者との調整などのプロジェクトマネジメントの業務をプランナーやプロデューサーが担っていた。これらの進行管理をはじめとした業務が、AIを活用すると大幅に軽減されたり、不要になったりすると濵田氏は指摘する。これが業務支援領域に起こる変化だ。「AIの活用によって人的コストおよび金銭的コストの両面で削減が見込まれています。一方で、広告制作費の削減が広告市場全体の縮小につながる可能性もあり、AIによる効率化が業界にとって良いことかどうかは現時点では判断が難しいところです」と濵田氏。
消費者の検索行動変化にどう向き合う
AIの進化は広告の効果測定の効率化にも寄与している。「大企業ほど大量のデータを扱うため、AIを活用したデータ分析に取り組んでいる例は多くあります」と濵田氏。こうしたデータ分析基盤も、自然言語でデータ分析結果を回答してくれるテキスト生成AIが搭載されるケースが増えてきており、マーケターはこれまで以上に多くのデータを分析し、より深いインサイトを得られるようになっている。
一方、生成AIの普及はマーケター側のみならず、消費者側にも進んでいる。生成AIによる回答が消費者の購買行動にも影響を与え始めている昨今、企業はどのように商材のマーケティングを行っていけば良いのだろうか。濵田氏は「AIリテラシーの高いユーザーはAIを使い分け、それぞれの信頼度を比較しながら意思決定を行いますが、AIリテラシーが低いユーザーは生成AIの回答を信用し、意思決定をAIに委任する傾向にあります。このような消費者の二極化に対応するため、企業はパーソナライズされたマーケティングコミュニケーションを展開する必要があります。このパーソナライズのための属性ごとの分析にも今後AIが使えるかもしれませんし、広告の出し分けは、AIを活用することでより効果的に行える可能性もあります」と語る。
AIがマーケティング業務を担う範囲が広がる中、人間のマーケターにはどのような役割が求められるのだろうか。濵田氏は「AIがマーケターが多くの業務を代替できるようになる中で、人間のマーケターに求められる役割もまた変化していきます。その一つに、AIへの適切な指示や監督、最終的な最適化判断、倫理的・社会的観点からのコントロールなどがあるでしょう。AIはクリック率やコンバージョン最適化のミッションを与えられると、過度に刺激的な方向へ進む可能性もあります」と指摘する。AIによる予期せぬ検索・利用への対策として、消費者リテラシーの向上を促すコミュニケーションもマーケティングの重要テーマになる。

AI時代のマーケターの新たな役割
こうした消費者リテラシーに関連して、濵田氏は自身の研究領域である「ナッジ」と「ブースト」という概念を引用し、次のように語った。「ナッジはマーケティング主体者が消費者に気付かれないように『望ましい行動や心理変容』を起こすように促すものです。これは一時的には効果がありますが、消費者が自律的に判断したわけではないので持続性がないケースもあります。私が今行っている研究は、このナッジとは異なる『ブースト』というアプローチです。これはマーケティング主体がユーザーに対して『こう行動してほしい』といった本来あるべき姿を提示し、ユーザー教育やリテラシー向上を通じて、消費者が主体的に判断できるよう働きかけるものです。AI時代においては消費者がただ検索したり、AIに調べてもらったりするのではなく、マーケティング主体者(マーケター)側から『こういう検索の仕方をしてほしい』といった形でのアプローチや、消費者のリテラシーの向上を促す『ブースト』という仕掛けが有効だと考えています」
最後に濵田氏は「AI時代において人間がマーケティングに介在する最大の価値は『誠実さ』と『真面目さ』にあります。ともすれば『仕掛け』や『仕組み』が重視されがちなマーケティングという領域ですが、AI時代だからこそ、人間らしい誠実な姿勢が企業・商品・ユーザーの三者において求められていくでしょう」と語った。

