AIが苦手な「感情」を前向きにとらえる

本書は、アクセンチュア株式会社 常務執行役員兼AIセンター長 保科学世氏と、メディアアーティスト兼筑波大学教授/東京大学准教授の落合陽一氏の対談で幕を開ける。

落合氏は2024年秋ごろ「知的作業のほとんどは2026年初頭までにAIに置き換わる」と予想していたという。対談では「ほぼ予想通り」。日常生活は複数AIエージェントが律しており、AIエージェントからの依頼に従って行動しているという。筑波大学や東京大学で教鞭を執る落合氏だが、学生からのメールにAIエージェントが勝手に返信することさえある。「形式的なやりとりにオリジナリティは求められていない」。なかなか衝撃的な発言だ。

しかし、二人は全面的にAIに従う世界を是としているわけではない。保科氏は「AIがどれほど合理的に機能する世界になっても、人間は生身の動物である以上、『心地よい相手』や『一緒にいて楽しい人』と働きたいと本能的に感じる」と述べ、落合氏は「AIが利潤最大化だけを追求するようになれば、『人間をあくどく搾取するギグワークを平然と依頼し始めるでしょう。そんなAIだらけの世界に住みたいかと言われたら、私はまったく住みたくない』」と返している。

最先端企業はAIをどう使おうとしているのか

登場する企業や経営者も多彩だ。例えば、社長の人格をAIで再現し、AIチャットボットやアバターを通して企業カルチャーの浸透を図る三井住友フィナンシャルグループ。約500社に及ぶグループ企業の業務標準化・統合を進めるパナソニック ホールディングス。法人向け「ChatGPT Enterprise」の普及を進めるOpenAI Japan。シリコンバレーを拠点に、業界特化型のバーティカルAIやフィジカルAIに注目する投資家のシバタナオキ氏。そして、巨大市場になると期待されるフィジカルAIに日本企業がどう向き合うべきかを説くエヌビディア。

こうした第一線の企業や経営者へのインタビューを通じて、生成AIを単なる業務効率化の道具ではなく、企業そのものを変える技術として捉えようとしているところが、本書の読みどころである。

一人が「100人力」になる時代

アクセンチュア株式会社 代表取締役会長・アジア パシフィック共同CEOの江川昌史氏は、大胆な未来像を示す。「AIを使いこなせば、一人の人間が100人分の仕事を完遂できる」「入社初日から『100人力のスーパービジネスパーソン』として振る舞える人材」が現れるという。

そうなれば組織も変わる。経営層から管理職、そして指示を受けて働く社員へと連なる従来の「ピラミッド型」から、強い個人が共通のミッションのもとに集まる「アベンジャーズ型」へ移行するというのだ。

経営者には「AI導入を今すぐ決断しろ。遅れたら取り返せない」、社員には「指示されて働くのではなく、AIを使いこなす自律したプロフェッショナルになれ」というメッセージと読める。

ただ、「社員一人ひとりが経営者意識を持て」といった話は昔から繰り返されてきたが、必ずしもうまくいったとは言い難い。まして全員が「100人力」になった組織は、本当にうまく動くのだろうか。

誰がアベンジャーズを率いるのか

「アベンジャーズ型組織」で検索すると、意外なほど否定的な記事が並ぶ。

「スター級人材ばかりの組織が内輪モメで崩壊」
「『アベンジャーズ型』のデータ分析組織がうまくいかない理由」
「スーパースター幹部チームが崩壊する理由」……。

優秀な人材を集めれば、それだけで優秀な組織になるわけではない。全員が強いがゆえに地位争いが起き、協調が失われることもある。

もちろん江川氏も、単純にスーパースターを集めればよいと言っているわけではない。本書の図では「修羅場経験者」「自律型個人」「専門家」「ひとり企業」「責任感の強い人」など、異なる強みを持った人材が「共通のミッション」のもとに集まる姿を描いている。

それでも疑問は残る。リーダーが存在せず、全員がフラットな組織は本当に機能するのか。

そもそも映画やコミックのアベンジャーズですら、単なるスーパーヒーローの寄せ集めではない。彼らをまとめるリーダーがいる。企業でも利害の調整、意思決定、対立の解消、責任の引き受けといった機能はなくならないだろう。AIによって「管理職」という階層は薄くなるかもしれないが、「マネジメント」という機能まで不要になるとは思えない。

むしろ全員が「100人力」になればなるほど、それをまとめる力が必要になるのではないか。

経営者が動かない会社で社員はどうするか

本書は単著ではなくムックなので、一冊を貫く著者の主義主張や起承転結はやや見えにくい。しかし最終ページで、監修者の保科氏は明確なメッセージを打ち出す。

「本当に恐ろしいのは『雇用が奪われる』ことではありません。AIを使いこなす企業と、そうでない企業の間に、もはや逆転不可能な競争格差が生まれることです。」

そして「社長が動かなければ、組織全体は動きません。完璧な計画を立てる必要はありません」と続ける。

つまり、AIについて検討している段階はもう終わった。経営者が今すぐ決断して動け。出遅れれば取り返しがつかなくなる、ということだ。

経営者へのメッセージとしては明快である。しかし、会社を変える権限を持たない大多数の会社員は、この本をどう読めばよいのだろう。逆転の発想で、本書を「自分の勤務先がAI時代に生き残れそうかを判定するための本」として読んでみるのも面白い。

経営トップはAIを自分の経営課題として扱っているか。「生成AIを使ってみよう」で終わらず、業務そのものを変えようとしているか。若手がAIで新しいことを始めたとき、止める会社か、広げる会社か。AI利用を現場任せにせず、会社としてデータや基盤を整備しているか。「慎重に検討します」を繰り返していないか。

本書の主張を信じるなら、これらに否定的な答えが並んだとき、一般社員が取るべき行動は皮肉なものになる。それは、経営者が動かない会社を下から変えようとするより、すでに動いている会社へ移ることになるだろう。

本書自身がそう勧めているわけではない。しかし「AIを使う企業と使わない企業には逆転不可能な格差が生まれる」という主張を社員の側から突き詰めれば、そんな結論にもなる。

そういう意味では本書は経営者だけでなく、一般社員にとっても、自分の会社の将来を考える材料になる一冊である。

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