へき地での救命救急の迅速化を目指す
「AEDドローンの実証実験」

突然の心停止は、AEDの早期使用が生存率を大きく左右する。都心や繁華街であれば周辺施設にAEDを設置している可能性があるが、山中に民家が点在するへき地では、AEDをすぐに入手することは難しい。住民の命を守るために、地方部の過疎地域であっても、救急車の到着までに素早く救急医療を施せる環境の構築が求められている。今回はへき地医療の救命救急の迅速化を目指す山梨県北杜市が、TOPPANグループ・エアロダインジャパンと連携して実施した「AEDドローンの実証実験」を取材した。

山梨県北杜市

甲府盆地の北西部に位置する人口4万5,104人(2025年4月1日時点)の都市。標高2,230mの「瑞牆山」は全国屈指の景勝地で、毎年6月ごろはアズマシャクナゲが登山道沿いに咲き誇る。米国の絵本作家であるターシャ・テューダー氏の暮らしぶりを振り返る写真展などを行う「小淵沢絵本美術館」や、2008年6月に「平成の名水百選」に認定された「本谷川渓谷」も有名。

ドローンを人命救助に生かす

 交通条件および自然的、経済的、社会的条件に恵まれない山間地、離島その他地域のうち、医療の確保が困難であるへき地の医療支援が課題になっている。山梨県北杜市も、この問題に悩まされていた。

 そこでTOPPANグループは、ドローン技術を活用したソリューションを提供するエアロダインジャパンと協業し、へき地医療の課題を持つ北杜市に声をかけた。そして、AEDを搭載したドローン(以下、AEDドローン)の自律飛行の実証実験を行った。

 TOPPAN 情報コミュニケーション事業本部 ビジネスプロデュースセンター 平山正俊氏は、北杜市でAEDドローンの実証実験を行った背景を次のように語る。「TOPPANはさまざまな社会課題を解決するために、新しい事業やサービス、テクノロジーの開発を進めています。AEDドローンもそうした取り組みの一つとして実施しました。そこで北杜市さまにお声がけしたのは、北杜市さまが実証実験のモデルケースとして良いと思ったためです。北杜市さまは総面積の7割以上を森林が占有し、山の中に集落が点在している地域です。北杜市さまのような状況の地域は全国にあるのではないかと考え、実証実験に至りました」

 では、北杜市はなぜAEDドローン実証実験の実施を決めたのだろうか。その理由を北杜市の担当者はこう話す。「北杜市の総面積は602.48k㎡で、山梨県の総面積の13.5%を占めています。広大な面積を有している当市では、緊急時の医療サービスへのアクセスが課題で、一刻を争う事態に迅速に対応できる体制の構築が必要となっています。当市としても市民の命と健康を守るため、このような先進的な取り組みに積極的に協力したいと考え、本実証実験の実施を決めました」

独自テクノロジーで精密着陸

 AEDドローンの実証実験は、北杜市、TOPPAN/TOPPANデジタル、エアロダインジャパンの4者が協力して実施した。2025年3月10~12日の3日間で、計7回の飛行を行っている。

 また今回のドローンの飛行は、飛行レベル「レベル3.5」で実施した。レベル3.5は、無人地帯における目視外飛行「レベル3」の飛行要件を緩和したものだ。従来レベル3で必要だった補助者・看板などの設置や道路・線路横断前の一時停止を不要とし、操縦ライセンスの保有、保険への加入、機上カメラによる監視で飛行を許可するものとなっている。

 本実証実験において、TOPPAN/TOPPANデジタルは本実証実験の企画と全体運営のほか、ドローンに搭載するテクノロジーの提供も行っている。平山氏は、そのテクノロジーについてこう説明する。「AEDドローンには、TOPPANグループが独自に開発した『ハイブリッドToF(Time of Flight)』センサーを使用しています。これは光を照射して物体に当て、跳ね返ってくる光を計測することで、カメラでは見えないものを計測できるセンサーです。このハイブリッドToFセンサーを電線などの障害物検知に活用すれば、AEDドローンの精密着陸ができるのではないかと考えました。また併せて、当グループ独自の『消火フィルム』をドローンのリチウムポリマーバッテリーに貼っています。ドローンが発火した場合、そのまま墜落すると建物火災に発展してしまいます。そこで消火フィルムを貼って、火災リスクを減らそうという試みです」

AEDドローンレベル3.5飛行実証実験の様子

ドローンにAEDを搭載し、レベル3.5の自律飛行を行う。ドローンのリチウムポリマーバッテリーには消火フィルムが貼られており、ドローンの発火および建物火災への発展といったリスクを防いでいる。
ドローンは時速54kmで飛行し、ドローンポートから6.2km離れた民家に通報後約10分で到着した。ハイブリッドToFセンサーの搭載により、従来のセンサーでは検知が難しい電線などの障害物も検知できた。
救助者がAEDを受け取る様子。到着したAEDを患者に使えば、救急車が到着するまでの救急処置が行える。中山間地域の民家で心肺停止が起きた場合でも、住民の生存率を上げられる可能性が見えてきた。

◀︎飛行の様子も確認できるAEDドローンの
 コンセプトムービーはこちら!

救急車よりも30分早く到着

 本実証実験は、消防署から遠い中山間地域の民家で心肺停止事案が発生したと想定して実施された。AEDドローンは最長で6.2km離れた民家まで飛行し、その際は時速54kmで直行して、通報から約10分で到着したという。「今回想定したケースの民家だと、同様の事態で救急車を呼んだ場合、到着まで約40分かかります。これを踏まえると、救急車の到着よりも30分早くAEDを届けられた結果となりました。しかしAEDは心肺停止から10分以内に使用することで、ギリギリ生命を存続させる可能性があるといわれています。現在のままではまだ間に合わない可能性があるので、今後は3~5分以内に届けられるよう技術開発を進めていきたいです」(平山氏)

 北杜市の担当者は、本実証実験を通した北杜市の展望をこう語る。「AEDドローンは地理的な制約などを克服し、より迅速な救命活動を可能にすることが示されたと感じています。AEDドローンの社会実装を目指してTOPPANグループさまやエアロダインジャパンさまと連携し、課題解決に向けた取り組みを行っていきたいと考えています」

 平山氏も、本実証実験を踏まえたTOPPANグループの今後の展望を次のように話す。「今後も地域と命を守るための技術開発を進め、緊急事態の第一対応者となるドローンテクノロジーを開発していきます。さらにはAEDドローンだけでなく、救急隊に先行して輸血や必要な物資を届けるといった、消防隊・救急隊の迅速な活動を助けるドローンテクノロジーも提供していきたいです」

 続けてTOPPAN 情報コミュニケーション事業本部 ビジネスプロデュースセンター 兼重智明氏も、TOPPANグループのエアモビリティの展望を「我々はAEDドローンを実証実験で終わらせるつもりはありません。社会課題を解決するために実践的な取り組みを進め、救急や防災などマルチユースで役立てられるサービスの展開を考えています」と話した。