生成AIで孤独・孤立感の解消を目指す
AI傾聴窓口「はちココ」実証実験

現代社会において、他者とのつながりの希薄さは大きな課題となっている。日常生活や社会生活で孤独・孤立を感じても、どこに相談すれば良いか分からず、問題を抱えたままになるケースも多いだろう。そこで解決方法として注目されているのが、生成AIとの対話だ。人からの相談に即時の返信が行える生成AIは、孤独・孤立を感じる人物にとって良い相談相手になる可能性がある。今回は、東京都八王子市がZIAIと共に実施するAI傾聴窓口「はちココ」の実証実験を取材した。

東京都八王子市

東京都心から西へ約40kmの位置にある人口55万7,962人(2025年2月末日時点)の都市。日本遺産に選ばれている標高599mの「高尾山」はケーブルカーやリフトも備えており、子供から老人まで幅広い年代が訪れる。北条氏照が築いた城の跡である「八王子城跡」は、戦国の山城としての状態を良く残していることから「日本100名城」に選定された。
画像:「高尾山若葉まつり」、八王子市、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス表示4.0

市民と福祉相談窓口をつなげたい

 コロナ禍での外出制限は、孤独・孤立問題をより一層顕在化させた。これを社会問題と捉えた内閣府は、2024年4月に「孤独・孤立対策推進法」を施行している。これにより市町村も本法律の基本理念を踏まえ、孤独・孤立を感じる当事者の状況に沿った施策の策定・実施などが求められるようになった。そうした流れを受けて東京都八王子市が行う取り組みが、AI傾聴窓口「はちココ」の実証実験だ。

 八王子市 福祉部福祉政策課 主査 辻野文彦氏は、はちココの実証実験を行った背景を次のように語る。「八王子市では、福祉の総合相談窓口『はちまるサポート』を市内13カ所に構えています。しかしはちまるサポートの認知度が低かったり、事態が深刻化してから相談に来る方が多かったりといった課題を抱えていました。そこで、問題が深刻化する前にはちまるサポートの存在を知ってもらいたいと思ったことが、今回の実証実験に至った背景です。こうした中で、東京都のスタートアップ総合支援拠点運営事業『NEXs Tokyo』にこの行政課題を伝えたところ、ZIAIさまを紹介していただきました。ZIAIさまとの共創で生まれたはちココをフロントに置くことで、今まで公的な窓口とつながれなかった方ともつながれるのではないかと考えています」

 また実証実験の背景には、利用者から相談を受ける福祉介護人材側の現状も関係するという。八王子市 福祉部福祉政策課 課長 柏田恆希氏は、その現状についてこう話す。「福祉介護人材が不足している現状に伴い、相談窓口の担当者も不足しています。そうした中でいかに効率的に福祉政策を展開していくかどうかが、今後非常に重要になってきます。はちココの実証実験についてプレスリリースを出した際、AIを福祉に導入する抵抗感を持つ方もいたため、賛否両論のリアクションがありました。そうした抵抗感ももちろん間違ってはいませんが、我々としては生成AIの可能性をしっかり認識し、福祉介護人材との役割分担をしていきたいと思っています。今回の実証実験は、福祉において生成AIでカバーできる部分はどのようなものかを図る上でも、重要な取り組みになっています」

傾聴・共感に特化したAIが対応

 はちココの実証実験は、2025年2月3日〜4月30日の期間で実施している。八王子市のホームページやはちまるサポート、高校生から39歳までの市民とその家族を対象にした「若者総合相談センター」に掲示しているチラシのQRコードを読み取ることでアクセス可能だ。はちココを通して、孤独・孤立状態にある市民の気持ちを晴れやかにしたり、落ち着かせたりできるかを検証している。

 はちココはWebブラウザーでアクセスすれば、すぐに使い始めることが可能だ。アクセスすると「まずは話を聴いてもらいたい」か「相談窓口を教えてほしい」から希望の内容を選ぶ形になる。そこで「まずは話を聴いてもらいたい」を選ぶと、ニックネーム、性別、年齢、職業(高校生、会社員、公務員、主婦・主夫など)を記載・選択するチャットが表示されるのだ。それらを全て記載・選択した後は、話したい内容を「健康・メンタル」「生活・お金」「暴力・虐待」「学校・いじめ」「不登校・ひきこもり」「仕事・職場」「育児・介護」「恋愛・性」「就職・進路」「その他」から選択する。それから話したい内容を打ち込むと、傾聴・共感に特化したAI相談員「あかり」とチャット形式の会話が始まるのだ。なお本実証実験では、会話は15ターン前後で終了となる。

「相談窓口を教えてほしい」を選ぶと、利用者が「学校や職場で居場所がない、気持ちを聴いてほしい、ひきこもりなどの悩みをもつ高校生から39歳までの方とその家族」か、そのほかの立場かを選択する流れになる。当てはまるものを回答すると、選択した立場に沿って若者総合相談センターや、居住地エリアから近いはちまるサポートを紹介してくれる。

40〜50代の利用者が多い傾向に

 はちココは取材時点(2025年3月末)では実証実験中だが、実証から1カ月ほどで約600件の利用があったという。また、利用者の傾向もある程度見えてきたそうだ。柏田氏はその傾向をこう説明する。「一番多いのは40〜50代の会社員の利用者です。実は、はちまるサポートの利用者も40〜50代が多くなっています。まだ推測段階ではありますが、60歳以上は『地域包括支援センター』、18歳未満は『子ども家庭支援センター』と、高齢者や若年層は自分の年齢に応じた相談場所が明確です。そうした中、40〜50代はどこに相談すれば良いか分からなかったのではないでしょうか。そうした相談場所に迷った方々が、はちまるサポートやはちココを利用したのではないかと仮説を立てています」

 加えて、はちココは利用者だけでなく、福祉支援人材からも反応があったと柏田氏は語る。「傾聴・共感の仕組みがよくできていて、支援する際の見本になるという反応をもらいました。人よりも生成AIの方が対応がうまいといった評価もいただいています。こうした反応から、話を聞く部分は生成AIが担い、本質的な福祉のサポートは人が対応するという役割分担を、限られた予算や人材の中で考える必要が見えてきたと感じています」

 最後に柏田氏は、はちココの実証実験を踏まえた八王子市の展望をこう話した。「はちココが良い方向に受け入れられたら、はちまるサポートの機能を補完する形で本格導入していきたいです。本格導入した際は、はちまるサポートの相談員もはちココを使えるようにして、リアルな相談を補完する設計にしたいですね」