【解説】「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」

2025年5月28日、日本においてAI分野に特化した初の法律「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称:AI新法)が成立し、同年6月4日に公布した。本法律はAI技術の急速な進展と社会への浸透に伴い、イノベーションの促進とリスク対応の両立を図るために制定されたものだ。ここではAI新法について内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(AI制度審議室)に解説していただく。

早期にAIへの取り組みを始めた日本が
世界のAIガバナンスをリードしてきた

 AIのルール作りに関して日本は国際的にリードしてきた。2016年のG7情報通信大臣会合で日本がAIの研究開発の原則のたたき台を提案した後、2019年には内閣府が「人間中心のAI原則」を公表し、OECDで同年採択された「AI原則」の策定に貢献した。

 さらに2023年にはG7議長国である日本がAIガバナンスに関する国際的なルール形成を行う枠組みである「広島AIプロセス」を立ち上げ、AIの開発・利用について守るべき原則や、具体的な行動例を定めた「国際指針」および「国際行動規範」を取りまとめた。

 国内では国際整合性や技術の変化の速さを重視し、2017年以降、政府において国際的な原則に準拠したガイドラインを順次策定し、既存の法令と組み合わせることによってAIがもたらすリスクに迅速に対応してきた。

 世界をリードする取り組みを進めてきたにもかかわらず、米国その他の諸外国におけるAIの研究開発および活用に向けた取り組みが加速している中で、日本は研究開発の面で新たに資金調達を行った企業数、モデルの開発数、民間投資額等において他国から大きく劣後している。活用の面でも他の先進国に比べて国民(法人・個人)によるAIを活用したサービスの利用率が著しく低迷している状況にある(以上、総務省「令和6年版情報通信白書」等より引用)。このような状況を放置すれば、日本の国際競争力を失う恐れがある。

 今後も日本の国際競争力を維持・向上させていくためには、AIの研究開発および活用の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図る必要がある。このことから「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)」(以下、AI新法)において政府のAI政策に係る司令塔である人工知能戦略本部(以下、AI戦略本部)を内閣に設置するとともに、政府が人工知能基本計画(以下、AI基本計画)を定め、これを推進するなどの所要の措置を講ずることとしている。

AI新法の三つのポイント
AI基本計画の策定に注視

 AI新法の中で重要となるのは次の三つだろう。まず「AI戦略本部の設置」(第19条)だ。内閣に設置されるAI戦略本部は政府のAI政策を統括する司令塔として機能する。全閣僚が参加することで省庁間の連携を強化し、迅速かつ一貫性のある政策立案を可能とする。

 次に「AI基本計画の策定と更新」だ。第18条ではAI基本計画について定めている。本条では政府が基本理念(第3条)にのっとり、基本的施策(第11条から第17条)を踏まえて以下の三つの柱でAI基本計画を策定する。

①AIの研究開発および活用の推進に関する施策についての基本的な方針

②AIの研究開発および活用の推進に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策

③その他、AIの研究開発および活用の推進に関する施策を政府が総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

 法律の施行から3カ月以内に初回のAI基本計画が策定される予定であり、今後の政策の方向性を示す重要な文書となる。この計画には研究開発支援、人材育成、教育振興、国際連携、リスク対応などが盛り込まれる。

 AI基本計画の策定後は各省庁がそれに基づいた具体的な施策を展開することになる。例えば経済産業省は「AI事業者ガイドライン」の改訂を行った。

 最後が「ガイドラインの整備と国際協調」だ。AIの適正な活用を担保するため国際的な規範に即したガイドラインが策定される。これにより企業は安心してAIを導入・活用できる環境が整備されることになる。

イノベーションの促進と
リスク対応の両立

 AI新法の最大の特徴はイノベーションの促進とリスク対応の両立を国家戦略として明確に位置付けている点にある。政府はこの法律を通じてAI技術の研究開発と社会実装を総合的かつ計画的に推進し、国民生活の質の向上と経済の健全な発展を目指す。また日本がAI技術の研究開発と活用において、世界をリードするための国家戦略の中核を担う法律でもある。

 AI新法は罰則規定を設けず、企業の自主性を尊重する「ソフトロー」的なアプローチを採用している。これにより過度な規制による技術革新の阻害を避けつつ、透明性や安全性の確保を促す仕組みが整備される。

 AI新法は施行後も継続的な見直しと改善が行われることが附則に明記されている。これは技術革新のスピードや社会情勢の変化に柔軟に対応するための仕組みであり、将来的には罰則を含む規制強化も視野に入れた制度改正が行われる可能性もある。今後はAI基本計画の策定とガイドラインの整備を通じて、より具体的な政策が展開されることになる。