大林組
大林組は、公共施設や商業施設、歴史的建造物から、道路・橋・ダムなどのインフラ、都市開発といった多様な施工実績を持つ大手総合建設会社だ。同社は、日本で初めて「WELL Building Standard」(以下、WELL認証)をゴールドランクで取得しており、その経験を生かし、働く人々の健康に配慮した空間づくりを行う「ウェルネス建築」に取り組んでいる。WELL認証の取得に至った経緯と、建設会社の視点から見たウェルネスなオフィスづくりのポイントを見ていこう。
建物の健康性能を評価するWELL認証

吉野攝津子 氏
WELL認証とは、米国のDelosという企業が2014年に創設した国際的な認証制度だ。建物やオフィスなどの空間が「人の健康とウェルビーイング」にどれだけ配慮されているかを評価・認証する。発足当時のWELL v1は、空気、水、食物、光、フィットネス、快適性、こころの7領域・105項目で建物・室内環境を評価しており、必須項目やオプション項目で取得したポイント数のレベルに応じて、プラチナ、ゴールド、シルバーの認証を付与された。
このWELL認証(WELL v1)を2017年12月に日本で初めて取得したのが大林組だ。認定されたのは大林組技術研究所の本館テクノステーションだ。本施設がWELL認証を取得した経緯について、大林組 技術研究所都市環境技術研究部 上席研究員 吉野攝津子氏は次のように語る。「本館テクノステーションは2010年に竣工しました。建設に当たって、省エネでありながら、知的生産性と快適性を両立する建物をコンセプトに建設されており、世界的な建物環境性能認証制度であるLEEDの既存建物・運用管理を評価・認証するカテゴリー『LEED-EBOM』において、2013年に最高ランクであるプラチナ認証を取得しています。この本館テクノステーションの設計当時はウェルビーイングという概念はありませんでしたが、建物の健康性能を評価するWELL認証が2014年に創設されたことで、本館がどれだけそれに適合しているかをチャレンジするべく、WELL認証取得に向けて動き出しました」
本館テクノステーションでは、エントランスからエレベーターホールへ向かう動線上に階段を設置しているほか、館内にも内階段を多く設けている。これは、建物内を歩き回る機会を増やすことでコミュニケーションを活性化させ、知的生産性の向上を図ることを目的とした設計だ。こうした設計がWELL認証の取得要件にある「フィットネス」に適合するのではないか、と考えたこともWELL認証取得を目指した理由の一つだという。

要件対応に向けたさまざまな工夫
一方で、WELL認証取得に向けては既存の環境にプラスアルファの改修が求められた。例えば設備面での大きな対応として、外気用の空調フィルターの入れ替えがある。WELL認証には室内の空気質を評価する「空気」の項目があり、その項目の要件を満たすためには米国基準の高性能な空調フィルターが必要だった。
そのため本館テクノステーションの空調フィルターを全てMERV13フィルターに交換し、要件への対応を図った。また、当時は2階テラスに設置されていた喫煙所を撤去し、全館禁煙とした。WELL認証には「食物」の評価項目があるため、食堂メニューについても管理栄養士と相談の上栄養素の算出を行い、米国の厳しい表示基準に対応できるようにした。
「快適性」を評価する指標では、スタンディングデスクを一定割合オフィスに導入することが、認証取得の必須条件になっていた。スタンディングデスクで姿勢を変えることで、身体的緊張をほぐし快適性や集中力の向上を図るものだ。しかし、本館テクノステーションではすでに固定式のデスクを整備していた。デスクには各従業員が所持するICタグから、在席を検知するセンサーが設置されており、それらのシステムごとスタンディングデスクに変更することはコストの負担も大きい状態だった。
そこで選択したのが、卓上設置型のスタンディングデスクの導入だ。通常のスタンディングデスクと比べて導入コストが抑えられるとともに、既存の固定デスクに設置できるためこれまでの設備を大きく変えることなく導入できた。
前述した従業員のICタグは、在席管理だけでなく照明のオンオフや空調の制御も行っている。建物使用者が好ましい温度で作業スペースを選択できることや、内部発生騒音、外部騒音、温熱快適性共に基準に適合したことなどからWELL認証のゴールドランク取得となった。

ウェルネス建築の提案に生かす
本館テクノステーションに対する従業員の反応はどうだろうか。「『気持ちのいいオフィス』だと好評です。定期的にアンケートも取っていますが、知的生産性や満足度の向上が見られます。WELL認証取得前後でこれらの評価は変わっていませんが、従業員の新陳代謝が進む中でも大きな不満のない環境で働けていますので、良いオフィス環境であるといえるでしょう」と吉野氏は語る。
大林組では、この本館テクノステーションで蓄積したノウハウを生かし、「ウェルネス建築」の提案を進めている。「ウェルネス建築とは、健やかに生き生きとやりがいを持って快適に過ごせるコンセプトを実現する建築です。どういうビジョンで働きたいか、といったお客さまの要望に応じて提案を行っています。またこれらの提案に対して、定量的なエビデンスも必要となりますので、『Well-being(健全)』『Empathy(共感)』『Fulfillment(達成)』というコア・ビジョンに基づいたABW(場所と時間に制約を受けない働き方)の実践の場として、本館テクノステーションで『わくワークオフィスABW実験』を実施しています」と吉野氏は語る。
わくワークオフィスABW実験では、「ゆらゆらTerrace」「のびのびStudio」「わくわくCafe」という三つの場を設け、それぞれの設えや仕掛けに応じた執務者の意識や行動の変化を定量的に捉え、働きがいやウェルビーイングの効果を検証している。例えばわくわくCafeはコミュニケーションの場としてコーヒーメーカーを設置し、従業員同士のコミュニケーションの活性化を促している。これらの場所にはAIカメラを設置し、人の動きを解析するほか、周辺の音や温湿度を計測している。また使用する従業員のフィードバックを得るため、アンケートボタンを設置し、満足度計測も実施している。客観的な指標と主観的な指標の双方のデータを取得することで、人を能動的に動かす仕掛けをエビデンスベースで提案できるよう、検証も実施している。
吉野氏は「ウェルネス建築をオフィスに採用することで離職率の低下や企業価値向上に加え、ESGのソーシャル面への貢献に大きなインパクトがあります。WELL認証はグリーンボンドなどサステナブルファイナンスにおける評価指標の一つとして活用されるケースもあり、投資家からの資金調達が容易になるという経済的メリットもあります」と語る。
ウェルネス建築を導入することは、従業員のウェルビーイング向上のみならず、経営視点で見てもメリットが大きいといえるだろう。

