SAPジャパンが掲げるビジネス戦略
使い古された企業文化を見直そう

今年で創業53年を迎えたSAPジャパンでは、企業運営に当たって人とモノと金銭の動きを捉えるためのプロセスを統合するERP製品を提供し、ERPの中で価値あるデータを生み出してきた。しかし、AIの時代になり、一番重要となるのはデータの精度となり、要求されるレベルも飛躍的に上がっている。こうした中、一つのシステムだけで完結するのでなく、他システムとの統合、外部の環境との連動なども求められてくる中で、SAPジャパンは新たな門出を迎える。本稿では、3月26日に同社が実施した2026年ビジネス戦略に関する記者会見の内容を紹介していく。

SAPジャパン 代表取締役社長 鈴木洋史

 SAPジャパン 代表取締役社長として同社をけん引してきた鈴木洋史氏は、昨年の業績を示しつつ、次のように経営の取り組みを振り返る。「日本のビジネスにおいて、2025年は非常に力強い成長を遂げる一年となりました。日本での総売り上げは約16億ユーロとなり、通年で16%増、注力しているクラウド売り上げも36%増といずれの市場でもグローバルの成長を大きく上回りました。2025年はお客さまからAIの本格的なビジネス活用に取り組みたいという声が一段と高まり、当社ではAI活用を見据えた基盤づくりも進めてきました。その流れの中で、クラウドERPへの関心もさらに高まり、『SAP S/4HANA Cloud Public Edition 』(現:SAP Cloud ERP)、『SAP S/4HANA Cloud Private Edition』の双方で採用導入が進みました。こうした動きは、日本企業においても、AIやデータ活用を前提とした経営基盤の刷新の本格化の推進を示していると受け止めています。私の就任直後は新型コロナウイルス感染症の拡大という未曽有の事態に直面しましたが、社員の安全とお客さまの事業継続を最優先に事業の安定と成長に努めてきました」

 鈴木氏が着任した6年間では、クラウドとAIを軸とした事業戦略を一貫して推進し、クラウド売り上げは約4倍に拡大という業績を残した。また、パートナー企業とのエコシステムを強化し、日本企業のデジタル変革の支援も積極的に取り組んでいる。こうしたさまざまな取り組みの中でSAPジャパンはクラウド事業に力強くシフトし、AI時代の次なる成長段階へ踏み出すための強固な基盤を確立した結果となった。

 4月1日付けでSAPジャパンの社長に就任した同社 常務執行役員 最高事業責任者 堀川嘉朗氏は、これまでクラウドサクセス、カスタマーサクセスという考え方を取り入れたサービス事業、日本全体のクラウド事業の戦略やパートナー企業とのエコシステムの強化に取り組んできたという。堀川氏は「2026年のクラウド売り上げ、グローバルでの業績見通しですが、約258~262億ユーロのクラウド売り上げを見込んでいます。日本円に換算すると昨年度から約1兆円規模で成長する見込みです。営業利益に関しても、引き続き着実な成長を予測しています。SAPジャパンとしてもこのようなグローバルの成長にしっかり歩調を合わせるとともに、日本市場での持続的な成長をしていきます」と語る。

日本企業独自の改善意識
データのサイクルを回すためのIT活用を

SAPジャパン 常務執行役員 最高事業責任者 堀川嘉朗

 日本の企業システムの課題として、堀川氏は日本企業の特徴にある現場の改善文化を挙げる。企業の変遷を振り返ると、1990年代以降の日本企業では、紙と鉛筆といった仕事の方法からエンドユーザ―コンピューティングという形でデジタルの導入が進み、業務が飛躍的に進化を遂げてきた。一方で、各部門で業務改善を強いながら部門間をまたいで業務がサイロ化し、システムの壁が分厚くなるという構造的な問題が生じているという。そのため全体最適においては、日本企業は欧米から後れを取っている。一方、欧米企業は現場力には欠けるものの、全社的な視点でプロセスを見る、あるいは一つのプロセス中で一つのデータを見て運営していく点に長けている。こうした企業文化の違いが、AI活用の際に大きく差が出る。例えば、経営者が今月の売り上げをAIエージェントに質問をしたとして、部門ごとにデータの精度や認識が異なると混乱が生まれる。そこで、全社的な視点があることで正しい数値が導き出される可能性が高くなるという。

 こうした従来のシステム課題を解決するための糸口が、SAPジャパンの戦略と強く結び付いていると堀川氏は続ける。「昨年から、アプリケーション、データ、AIという三つの階層を体系立てて製品を提供することを当社のソリューション戦略としています。現場の業務プロセスがアプリケーションによって支えられている場合、そこから生まれたデータを、AIが使える機能として整え、有効な意思決定を下すためのさまざまなインサイトを提供してくれます。その結果、例えばある拠点から迅速に在庫を引き当て、タイムリーにお客さまへ納期回答するといったことができるようになります。こうした好循環を生むことでさまざまなデータが集まり、AIの判断や実行の精度が上がります。このクラウドとAIのサイクルを作ることが今後の企業運営に良い影響を与えると考えており、当社が目指すソリューションの戦略を反映したビジネススイートになります」

企業変革に役立つビジネススイート
システムの刷新を幅広くバックアップ

 こうした企業変革を支援するビジネススイートの戦略を進めるための五つの重点領域について、堀川氏はこう紹介する。「一つ目は、当社のAIである『Joule』を全ての業務の入り口にしていきます。二つ目は安全性の高い責任あるAIのためのセキュリティガバナンスも引き続き強化していきます。三つ目ですが、当社は過去50年に渡り25業種、それぞれの業界のナレッジを持っています。それを同じく業界特化型のAIとしてAIエージェントの中に埋め込みます。四つ目はデータを統合、管理する『Business Data Cloud』を中心とした連携を進めます。五つ目は企業変革をする上で、導入方法、それから導入後に短期間で効果を出してもらうための施策において、AIを中心としたツールで拡充していく予定です。もうすでに統合型ツールチェーンという形で昨年からテストの自動化であるとかプロセスの改善、業務とITを一体化したエンタープライズアーキテクチャーの仕組みはできていますが、それにAIを組み合わせることでより効率的な成果を向上する施策を重点的に進めていきます」

 AIソリューション提供のほかにも、SAPジャパンでは、データを生かしたフレームワークの研修や顧客のパートナー企業と連携したエコシステムの構築、自治体などへのソリューション提供や教育機関への協力などさまざまな取り組みを推進している。日本企業を支えきた魂を標榜する「和魂洋才」の同社の理念は、クラウドやAIという技術によって企業変革を波及させていくだろう。

SAPジャパンが展望するソリューションの重点領域の図。