受付で働く分身ロボット

-Wel tech- NTT

能力は優秀ながら、障害や病気などの理由から就労が難しい外出困難者は少なくない。そうした人材を企業で雇用するには、都内在住者かデスクワーク中心のリモート勤務が一般的だった。しかし、日本電信電話(以下、NTT)では受付に障害者を雇用し、来訪者の応対を行っているという。それを実現しているのが、分身ロボット「OriHime-D」だ。

分身ロボットが会議室まで案内

 NTTの本社がある大手町ファーストスクエア。14階にある同社の受付を訪れると、全長約120cmの分身ロボットOriHime-Dが出迎えてくれる。話しかけると、遠隔地にいるパイロット(OriHime-Dの操縦者)が応対し、会議室まで案内してくれた。「ここにカメラがあるんですよ」と額の位置に搭載されたカメラを示しながら、廊下をスムーズに動いていくOriHime-D。会議室に到着すると、手を振って向き直り、受付へと戻っていく。パイロットは、神奈川県からリモートでOriHime-Dを操縦しているという。

 NTTがこのOriHime-Dを活用し、障害者による受付業務を本格導入したのは2020年7月のこと。きっかけについて、NTT 総務部門 ダイバーシティ推進室 室長 池田 円氏は次のように振り返る。「OriHimeは、もともと当社のグループ会社である東日本電信電話(NTT東日本)において、在宅勤務の従業員とのコミュニケーションを円滑化させるために活用されていました。しかし当時は、障害者雇用の一環としてOriHimeを活用していたわけではなく、育児や介護などでテレワークが必要な従業員を支援するためのツールでした。OriHime-Dによる接客に障害者雇用の可能性を見いだしたのは、当社が協賛していた、期間限定の分身ロボットカフェを訪れたことがきっかけでした」

 池田氏はその分身ロボットカフェで、OriHime-Dを操縦するパイロットの接客が素晴らしいことに感銘を受けたという。東京の障害者雇用の実情は、現在企業による取り合いのような状態だ。優秀な人員は全国にいるが、障害や病気を持ち外出が困難な人は、物理的に東京に来れないため、雇用が難しい。

アイスブレイクの役割も

「障害や病気で外出が困難な方は、テレワークで調べ物のような業務は行えても、受付のような午前9時から午後5時までその場所にいて応対する必要のある業務への就労は難しいでしょう。しかし、OriHime-Dであれば受付に設置したOriHime-Dにリモートでアクセスして応対できるため、全国どの場所にいても就労が可能になります」と池田氏。

 障害や病気などを持つ人は、病院での治療があり一日フルタイムで働くことは困難だ。しかしOriHime-Dであれば、あらかじめシフトを組んでおき、時間になったらアクセスして受付業務に取りかかれるのだ。 「OriHime-Dのパイロットの方に受付対応をしてもらうと、皆さん驚かれます。受付から会議室まで移動する間、パイロットの方とお客さまとで会話することで、リラックスして会議をスタートできるアイスブレイクの役割も担ってくれています。当社の従業員、そしてお客さま双方にとって、非常によい効果をもたらしてくれていますね」と池田氏。OriHimeやOriHime-Dを活用した受付業務は、現在NTTのグループ会社や技術資料館など6拠点で実施している。

 NTTでは、この受付業務でのOriHime-D活用を契機にオリィ研究所との資本業務提携を2020年10月15日に締結。さまざまな場面で提携し、より多くの社会課題の解決に向けて協業を進めている。オリィ研究所の分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」での通信制御技術の実証にも参画しており、より自然な遠隔操作を行えるようにすることで、OriHime-Dをはじめとするアバターロボットが活躍できる場面や環境を、さらに広げていく。

1.大手町ファーストスクエアの14階にあるNTT本社。受付では全長約120cmの分身ロボットであるOriHime-Dが出迎えてくれる。2.話しかけると、OriHime-Dを操作するパイロットがリモートで対応。3.アポイントメントを確認して、会議室まで案内してくれる。
4.OriHime-Dは廊下に貼られた黒いテープの上を移動する。会議室の場所などの位置情報はQRコードで認識。移動の方法は、自動操縦モードと手動モードの二つがあり、手動モードではマウスなどの操作によって、テープによる位置指定がない場所にも移動が可能だ。5.案内中は、OriHime-Dのパイロットと雑談をしながら会議室に向かえる。アイスブレイクの役割を果たし、リラックスして会議に臨める。6.会議室に到着すると、OriHime-Dのパイロットが入室を促してくれる。

外出困難でも “もう一つの身体” で働く

-Wel tech- オリィ研究所「OriHime、OriHime-D」

「リレーションテックで、人類の孤独を解消する」をミッションとして掲げるオリィ研究所。移動・対話・役割にまつわる社会問題をテクノロジーで解決し、これからの時代の新たな「社会参加」の実現を目指している。

ロボットがアバターになる

オリィ研究所が、自社のミッションを実現するため提供しているのが分身ロボット「OriHime」だ。全長約20cmと小型で卓上に設置できるOriHimeと、移動が可能な全長約120cmの「OriHime-D」をラインアップしている。

 OriHimeは、単体で動作する自律型ロボットではなく、ネットワークを介して遠隔から操作する分身ロボットだ。カメラ、マイク、スピーカーが搭載されており、OriHimeを通して遠隔からコミュニケーションが実現できる。子育てや単身赴任、入院など距離や身体的な問題によって、行きたいところに行けない人の、もう一つの身体になるのが、OriHimeなのだ。

 オリィ研究所 事業創造部 マネージャー 中吉雅代氏はOriHime開発の経緯を次のように語る。「当社の共同創設者 代表取締役 CEOである吉藤オリィが、自身の不登校の経験をもとに『自分の体がもう一つあれば学校に行ける』と感じたことがOriHime開発のきっかけでした。早稲田大学在学中に分身ロボットOriHimeを開発。開発したロボットをより多くの人に使ってもらうために、2012年にオリィ研究所を設立し、OriHimeの改良も行いました。現在、障害の有無にかかわらず外出が難しい人の“もう一つの身体”として、さまざまな場所でOriHimeが活用されています」

顔ではなく存在感を伝達する

 遠隔からのコミュニケーションツールとして代表的なのがTeamsやZoomなどのWeb会議ツールだが、そうしたツールと大きく異なるのは、OriHimeは“存在感を伝達する”という点だ。画面越しのコミュニケーションではなく、自分の意志で動かせる身体があることで、その場を見渡したり、ジェスチャーしたりといった、その場にいるかのようなコミュニケーションが可能になる。

 中吉氏は「OriHimeは、パイロット(OriHimeの操縦者)が操作することで、手や首を動かしたり、視線を送ったりすることができます。その場にその人がいるように、ロボットがコミュニケーションを取れるのです。また、OriHimeの顔は能面のようなデザインを採用しており、これによってOriHimeに入った人の仕草次第で、その人本人に見えてくることを狙っています。実際に対面で話すときに、身振り手振りが多い人はOriHimeを介して話すときも、身振り手振りが多くなりますし、人の目を見て話す人は、OriHimeでも視線を合わせて話しかけてくるんですよ。そうした仕草によって、OriHimeがパイロットの“もう一つの身体”になるよう工夫しています」と、OriHimeのデザインについて語ってくれた。

 パイロットのもう一つの身体となるOriHimeは、現在さまざまな場所で活躍している。卓上型のOriHimeは、モスバーガー大崎店で、セルフレジの補助や案内業務を行ったり、神奈川県庁での受付やフロア案内などで活用されていたりする。「大阪駅の駅ビル『LUCUA osaka』のチーズケーキ屋さんで、OriHimeのパイロットが販売員をしている事例もあります。この方は事故で脊髄損傷を起こし、寝たきりの生活を送っていましたが、事故に遭う以前はお店で接客業のお仕事をされていました。そのため販売員としての能力が高く、OriHimeを活用すれば即戦力として働けました。今ではリアルのスタッフとともに、どうすれば売上が伸びるかなどの提案を行い、店舗で活躍しています」と中吉氏。

肉体労働も遠隔から実現

 接客シーンでは、受付やレジだけでなく、来店者のもとに向かい、オーダーを受けるような肉体労働も必要になる。移動が可能なOriHime-Dは、そうした肉体労働が可能な分身ロボットだ。OriHime-Dは、OriHimeと同様にカメラ、マイク、スピーカーが搭載されているほか、前進や後退、旋回などの移動能力を有している。また上半身には14の関節用のモーターを内蔵しており、簡単な物をつかんで運んだり、ボタン操作で腕を動かしたりといった操作が可能だ。これにより、カフェでの接客のような身体を動かす業務のテレワークが行える。オリィ研究所では、眼や指先しか動かせない筋萎縮性側索硬化症(ALS)のような重度肢体不自由患者のために意思伝達装置「OriHime eye + Switch」も開発しており、本装置を活用してOriHime-Dを操作し、働くことも可能だ。障害の程度に左右されることなく、社会参加ができるのだ。

 オリィ研究所では、外出困難な人たちが分身ロボットのパイロットとなり、社会での新しい働き方を開拓するプロジェクトとして「AVATAR GUILD」も2020年からスタートしている。OriHimeのパイロットとなり働きたい就労希望者と、その就労者を雇用した企業側をマッチングし、障害者や外出困難者の新しい働き方を支援する。トレーニングや就労準備、就労定着までフォローするため、企業の慢性的な人材不足の解消にもつなげられる。

 また、OriHime-DやOriHimeを活用した分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」常設実験店を2021年6月にオープン。「寝たきりの、先へゆく」をスローガンに、OriHimeを活用したカフェを通して、あらゆる人々に社会参加と仲間たちと働く自由を創出する場だ。

「OriHimeを活用した働き方は、いま多くの企業に広がっています。東京パラリンピックで来日していたフランスの障害担当副大臣がDAWNの視察に訪れるなど、その注目は世界にも広がっています。日本国内でこの働き方が当たり前になるだけでなく、海外でもOriHimeを活用した働き方が一般的になれば、国の垣根なく働ける未来が実現できるでしょう」と中吉氏。すでに海外から東京のDAWNに設置されたOriHimeを操作するパイロットも登場しており、身体的・距離的な制約を超えた働き方の実現は、すぐそこまで近づいている。

卓上型のOriHime。顔の部分は喜怒哀楽などさまざまな表情に見えてくる能面を参考にデザインされている。腕も動き、豊かな感情表現が可能だ。
OriHimeはiOS、Androidのアプリから操作が可能だ。頷く動作や手を挙げる動作、肯定や否定といった動作はあらかじめボタンに設定されており、直感的に感情表現できる。
肉体労働が可能なOriHime-D。前進後退や旋回などの移動能力を有しており、カフェでの接客やビル内の案内など身体を動かす必要のある業務に対応する。
声を発することができない人でもOriHimeを操作できるOriHime eye+Switch。視線入力装置やスイッチを使って、透明文字盤を使うように文字を入力できる。