救急医療DXで傷病者の命を救う
「救急搬送連携システムの実証実験」

救急要請を行った傷病者を、1秒でも早く病院へ送り届けるためには、救急隊と病院間の迅速で正確な情報共有が重要だ。しかしながら、救急搬送における情報伝達は紙と電話への依存が強く、受け入れ先の病院を決めるまでに時間を要するなどアナログであるが故の課題が生じている。全国的に救急搬送者が増加傾向にあり、搬送先がなかなか決まらない「救急搬送困難事案」を防ぎ、1件の出動にかかる時間を短縮するための仕組みなども求められている。そうした救急医療現場の問題をデジタル技術で解決しようとする動きがある。今回は福岡県北九州市とTXP Medicalが取り組む「救急搬送連携システムの実証実験」を取材した。

福岡県北九州市

九州の最北端に位置する人口約91万人(2024年3月1日時点)の政令指定都市。1901年に「官営八幡製鐵所」が操業開始して以降、“ものづくりのまち”として発展を遂げた。1987年には環境庁から「星空の街」に認定され、「夜景が美しい街」として注目を集める。「皿倉山」「高塔山展望台」「小倉イルミネーション」などは夜景スポットとしても人気が高い。

情報伝達に時間がかかる

 消防庁が公表した「令和5年版 救急・救助の現況」の調査結果によると、2022年の救急出動件数(消防防災ヘリコプターを含む)は、723万2,118件で、対前年比103万6,049件増だった。救急搬送要請は年々増加しており、全国の自治体で課題の一つとして挙げられている。福岡県北九州市においてもそれは例外ではない。「救急搬送要請の増加の影響により、傷病者の受け入れ搬送先がなかなか決まらなかったり、決まるまでに多くの時間がかかったりするなど問題が発生していました。一人でも多くの命を助けるため、この問題を解決する方法を模索していました」と北九州市消防局 救急部救急課 救急係 担当者は話す。

 また、救急搬送における救急隊と病院が行う情報伝達の面でも課題があったという。それが紙と電話によるアナログな運用だ。救急搬送要請を受けた救急隊は現場に到着すると、病気やけがの症状と共に、保険証・運転免許証から傷病者の身元を確認し、血圧・脈拍などのバイタル、薬剤服用歴・既往歴といった傷病者に関する情報を収集する。これらの情報を紙帳票に記入し、電話で病院に伝えて受け入れを要請する。受け入れ先が1回の電話で決まらない場合は、2回、3回と同じ内容を複数の病院に説明しなければならない。この一連の流れによって、救急隊の現場到着から病院への収容までに時間がかかるケースが発生している。

 加えて、救急隊から受け入れ搬送先の病院への情報共有は、口頭でのやりとりとなる。傷病者の詳細な容態を視覚的かつ客観的に確認する手段が与えられていない。日本の救急医療は重症度に合わせて、緊急性が低い軽症患者は「一次救急」、入院や手術を要する重症患者は「二次救急」、一次・二次救急では対応が困難な重症患者は「三次救急」という3段階の体制で傷病者を受け入れるようになっている。傷病者の容態の伝え方は、救急隊の主観に依存してしまうため、軽症患者が三次救急へ搬送されるなど病院と傷病者のミスマッチにつながる恐れもある。

救急搬送連携システムのイメージ

迅速に傷病者の情報を記録

 こうした救急医療の現場の問題をデジタル技術の活用で解決するべく、北九州市とTXP Medicalが共に行っているのが「救急搬送連携システムの実証実験」である。TXP Medicalが提供する救急搬送連携システム「NSER mobile」を用いて、救急隊と病院間の情報共有や傷病者の情報記録などを行うことで、救急搬送業務の効率化を図る実証実験だ。これにより、救急隊と病院のコミュニケーショントラブルを低減し、受け入れ搬送先の病院が決定するまでの時間の短縮、救急搬送体制の可視化と向上が期待できる。

 NSER mobileは、タブレットにアプリをインストールして使用するシステムだ。音声/画像解析による入力支援機能で、処置で手がふさがっている状態でも迅速に傷病者情報を記録できる。救急隊が記録した情報はクラウドからリアルタイムに共有が可能なため、病院との情報伝達をスムーズに行える。「NSER mobileは、心電図・血圧モニターの画面を撮影するとモニターに表示された数字情報を自動で解析したり、傷病者の運転免許証・お薬手帳などの情報を撮影するとテキスト化したりするAI技術を取り入れた機能を搭載しています。AIによる音声入力機能もあり、医療言語の辞書機能を組み込んでいるため、専門的な言葉も正確に文字に起こせます」とTXP Medical 救急事業部 担当者は特長を話す。

傷病者の救命率を上げていく

 実証実験は、北九州市全域の救急告示病院を対象に2023年4月25日〜2024年3月31日の期間の実施を予定している。実証実験の流れは以下の通りだ。

①通報内容をNSER mobileの司令部画面に入力
②救急隊が現場到着後、患者情報を音声/画像解析などで入力
③救急隊による入力情報を病院の医師が確認しながら受け入れ可否を判断
④救急車内のプリンターから活動記録票を印刷し、病院へ提出
⑤アプリ入力情報をQAシステムへ連携
⑥病院側が入力した予後情報を事後検証に使用

 現在はまだ実証実験の期間中ではあるが、救急隊や病院からの期待の声は高いという。「傷病者の情報として、けがの写真なども共有できるため、病院側としては、けがの状況を判断しやすく受け入れの準備がとてもスムーズになったという意見があります。救急隊も、電話で1から10まで話していたことを、タブレットの情報で簡潔に伝えられようになり、搬送先手配がスムーズになったと好意的な反応でした。搬送時間の短縮という目的は達成できているのではないかと感じています」と北九州市消防局の担当者は話す。

 最後にTXP Medicalの担当者は「この救急搬送のDXというのは、現場の滞在時間、搬送数の時間短縮ということもさることながら、最終的には、傷病者の救命率を上げていくといった予後改善の部分にまで寄与していきたいと考えています。傷病者が『最適な医療機関で、最適な治療が受けれるように、最適なデータをいち早く医療機関に届ける』ということを目的に、それをつないでいくプラットフォームとして今後もNSER mobileを運用していきます」と語った。