江部宗一郎さん
https://tqconnect.co.jp/

要介護者との「距離」を縮めるコミュニケーションツール
江部 TQタブレットは、要介護1以上の要介護者とのコミュニケーションツールです。契約されるのは、要介護者の家族やお子さんたち、遠距離で生活する50〜60代の方々が多いですね。こうした方々が抱える課題として、遠距離のため、要介護者となかなか会う機会がないことや、要介護者の方がスマートフォンを使えなかったり、耳が遠くて電話が不自由だったりすることが挙げられます。
TQタブレットの一番の特長は「操作不要(操作がいらない)」ということです。要介護者の方々は、どんなに簡単なデジタルデバイスでも使うのが難しい場合が多く、たとえ一度使えたとしてもすぐに忘れてしまうこともあります。そのため、要介護者側に設置するTQタブレットでは何も操作しなくてもテレビ電話ができるようになっています。ご家族がスマートフォンのアプリから要介護者に発信する(電話をかける)と、10秒後に自動的にTQタブレット側のアプリが起動し、通話が開始されます。要介護者はタブレットに触れる必要もなく、何も操作せずに、すぐに会話することができます。
月額4,000円で3GBまで利用でき、テレビ電話を約17時間使用することが可能です。月平均1GB程度の利用ですので、GB数を気にせず会話を楽しんでいただいている様子がうかがえます。SIMが内蔵されていて別途ネット回線を用意したり、Wi-Fi環境を用意したりする必要もなく、要介護者のところに設置すれば、すぐに使用することができます。メインターゲットは要介護者の方たちですが、実際には要介護ではない高齢者の方にも約3割程度利用されています 。

──TQタブレットを開発したきっかけを教えてください。
江部 きっかけは、弊社代表取締役社長である五木公明の母親が、しつこい訪問営業の被害に遭ったことです。当初は、高齢者がタブレットを使ってコールセンターに相談できるサービスを提供することを目指し、私も協力して2人でビジネスプランを起案して、東急不動産ホールディングスの社内ベンチャー制度「STEP」に応募しました。そこで「高齢者とデジタルの距離を縮めるサービス」として事業化が認められました。
TQコネクトが創業したのはコロナ禍中でしたが、その後、コロナ禍の収束に伴い事業方針を大きく変更し、現在の「要介護者向けのコミュニケーションツール」というコンセプトにピボットしました 。
また、コロナ禍で、介護施設に入所していた祖母と面会できないまま他界してしまったことは、私の原体験の一つです。私の祖母のような高齢者でも簡単に使え、コミュニケーションできるようなツールがあったらという思いから、現在のTQタブレットの開発がスタートしました 。



「足し算」ではなく「引き算」で実現した究極のシンプルさ
──TQタブレットを開発するにあたって、難しかったところはどんなところでしたか。
江部 我々目線でどんなにシンプルにしても、やはり要介護の方にはなかなか使ってもらえないという点です。当初はアプリのアイコンを大きくしたり、色合いや文字をわかりやすくしたり、説明書をシンプルにするなど、「足し算」の発想でわかりやすさを追求しました。しかし、それでも要介護の方々はなかなか操作できませんでした。そこで「足し算」ではなく「引き算」の発想に転換し、ボタンも3つに絞り、できることもテレビ電話機能とデジタルフォトフレーム機能の2つに限定しました 。
社内からは、テレビ電話が自動的につながると要介護者のプライバシーが守られないのではないかという懸念も挙がりました。しかし、ユーザーの方々にインタビューを行うと、ご家族との間ではプライバシーよりも「1人でいることの不安」の払拭に強いニーズがあることが分かりました。プライバシーを気にする方のためには、手動で開閉できるカメラカバーも用意するなどの配慮もしながら「要介護者に操作させない」「自動的につながる」という点を実現させました 。

笑顔と生活のリズムを取り戻すポジティブな変化
──ユーザーの方からは、どんな反応がありましたか。
江部 要介護者の方に直接インタビューすることは難しいので、ご家族からの報告になりますが、非常に多くのポジティブな反応が寄せられています。例えば、「笑顔が増えた」「以前のような生き生きとした元気な姿を取り戻した」といった声がありますし、テレビ電話を楽しみにお化粧をしたり、外出着を着ておしゃれをするようになったというお話もありました 。これまではタブレットやスマートフォンを持たせてもすぐにタンスにしまってしまうことが多かったそうですが、TQタブレットは自ら率先してお気に入りの場所に設置し、会話を楽しむようにしている、という良い変化が見られます 。
また、寝たきりになったり、自宅から外出しない状態が続いたりすると、生活にリズムがなくなることが多いのですが、決まった時間にTQタブレットで会話することによって、生活にリズムが生まれているようです。例えば、お昼ごはんを食べたら電話をする、といったように時間を決めたりされているようです 。
また、一人暮らしだと、昨日できたことが今日できないなど、自分の老いを毎日実感することが多く、それによって不安感が増す方もいるようです。認知症は、不安感が増すと進行しやすいという話がありますし、不安感が放置されると認知症の進行やうつ病につながるケースもあります。ご家族の顔を見て話ができることが、何よりも安心につながっているようです 。
また、喉の手術で入院されていた方が、面会制限で家族に会えず、声も出せないため、家族とコミュニケーションが取れなかったのですが、TQタブレットを導入したことで、顔を見て身振り手振りで様子を伝えることができ、それによって元気を取り戻し、「早く家に帰りたい」という意欲が湧いて、積極的にリハビリを行って退院されたという事例もありました 。
「見守り」ではない「双方向のコミュニケーション」
──今、様々な企業から、高齢者の見守りサービスのようなものが出ていますが、それとの違いはどんなところでしょうか。
江部 多くの見守りサービスは、子どもが親を見守るだけの一方通行です。電気ポットやトイレなどの機器に見守りセンサーが付いたものは緩く見守るサービス、監視カメラは強く監視するサービスですが、どちらにしても親が一方的に監視される形になります。そのため、親は嫌がることが多いですよね 。
ところがTQタブレットは、親と子の双方向のコミュニケーションを通じて、心の距離を近づけられる点が他の見守りツールとは大きく異なります。双方向のコミュニケーションができるからこそ、親も受け入れてくれるのです 。人はどんな状態になっても「話したい」という気持ちがあるものです。我々が提供するサービスはその根源的な欲求を解消するサービスで、他の見守りサービスとは明確に違うものだと考えています。

徹底的な「操作不要」の追求と、新たな付帯サービスの可能性
──今後、TQタブレットの機能を拡張していくことは考えられていますか。
江部 TQタブレットは機能を絞ったところがセールスポイントで、それが強みでもあるので、「操作不要」という点をどれだけ徹底的に追求できるかを突き詰めていきたいと思っています 。
例えば、ご家族が持つスマートフォン側から、TQタブレットの電源のオンオフ、音量の上げ下げ、カメラの開閉など、すべて遠隔で操作できるところを目指していきたいですね 。新しい機能の追加というよりも、ユーザーエクスペリエンス(UX)を「究極の操作要らず」にしていくことを突き詰めていきたいと考えています 。
強いて言えば、要介護者の状態変化に気づけるような機能を付加できたらいいなとは思います。例えば、要介護者が倒れて、一定時間起き上がれないというような場合に、人が駆けつけるような、付帯的なサービスは考えられるかもしれません 。地方の介護施設事業所からも、代理店としてTQタブレットを販売しながら、もし対象の方に何かあった場合は自分たちが行けるようなサービスを提供していきたいという話もいただいています。
──最後にこれからの抱負はありますか。
江部 要介護・要支援者の数は2023年末で700万人を突破しており、今後も確実に増加していくでしょう。一方で、ケアマネジャー(介護支援専門員)の数は減っているのが現実です 。つまり、見守られる側が増えているのに、見守る側が減り、人数バランスが崩れている状況です。そこで、TQタブレットを活用して、見守る側の人材の省力化・効率化ができないだろうかと考えています 。
ケアマネジャーは一人当たり平均47人程度の要介護者を担当しており、月に1回程度、要介護者の様子を見に行く「モニタリング」を行う必要があります。これには当然のことながら、移動の時間とコストがかかります 。TQタブレットがあれば要介護者と会話ができるため、移動コストが減り、一人当たりの対応できる人数が増える可能性があります 。
また、「サービス担当者会議」といって、ケアマネジャー、要介護者、ご家族の3者で月に1回程度、ケアプラン内容の見直しなどの打ち合わせを行います。特にご家族が遠隔地にお住まいの場合は、時間調整などが大変だと聞きます。この3者の打ち合わせをTQタブレットを使ってできるならば、時間調整が楽になったり、ご家族やケアマネジャーの移動も省力化できるのではないかと考えています 。さらには、その記録や議事録作成などもTQタブレットでできたら、ケアマネジャーの大きな助けになるのではないかと、その可能性についてケアマネジャーの方々からお話を伺っているところです 。
TQタブレットを中心に、ITの力を最大限活用することで、これからの高齢化社会、介護が抱える問題を1つひとつ解決していけたらと思っています 。
