医療DX最前線

3次元オンライン診療からバーチャル病院まで
— 順天堂大学が取り組む医療DX

医療DXに先進的に取り組む病院がある。順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下、順天堂医院)だ。同医院ではオンライン診療にMR(複合現実)を組み合わせた「3次元オンライン診療」や、順天堂医院をオンライン上に再現した「順天堂バーチャルホスピタル」などを活用した医療サービスの研究を進めている。その先端的なデジタル活用で実現する病院の未来を見ていこう。

オンラインで立体的に診療

 2020年9月に、順天堂大学大学院医学研究科神経学の服部信孝教授、大山彦光准教授、関本智子非常勤助教らの研究グループが発表した「3次元オンライン診療システム」。本システムは、これまでスマートフォンやPCのモニター越しに行われてきた平面的なオンライン診療を、立体的な3Dで行えるようにする画期的なシステムだ。

 3次元オンラインシステムはマイクロソフトのHMD「HoloLens」と3次元モーションスキャナー「Kinect v2」を組み合わせることで、オンライン診療の対象となる患者の姿を3次元的に再現できるシステムだ。現在は活用する製品を最新モデル「HoloLens 2」と「Azure Kinect DK」にアップデートしている。

 開発に携わった大山彦光氏は「私は脳神経内科を専門にしており、特にパーキンソン病などの神経疾患を中心に診療しています。パーキンソン病は内科的な疾患と異なり、患者の動作を診察して評価します。例えば手の動きが悪くなっている、震えているなどを診察します。そのためには2次元的でなく、立体的に見えた方が診察する際の情報量が多いのです」と開発に至った背景を語る。

 現在、3次元オンライン診療システムは実運用に向けたテストを重ねている。例えば、石川県金沢市にあるパーキンソン病専門ホームのサンウェルズと接続し、実際に会話や診察の一部を行ったという。「実証に参加したユーザーは『実際に会っているみたいだ』とびっくりした反応でした。当時はベータ版の古い環境を使っていたため、通信の遅れなどもありましたが、現在は最新モデルにアップデートしています。近々この新しい環境で、患者との相談会を実施する予定です」と大山氏は語る。

東京の順天堂医院と金沢の介護施設をつなぎ、医師側、患者側双方がHMDを装着して目の前に仮想的な医師、患者と対面する状態で診療を行う。

AIが診察をサポートする未来

順天堂大学
脳神経内科
准教授
大山彦光

 医師の側から見た使い勝手はどうか。大山氏は「Web会議システムによるビデオ通話は角度や映る範囲が限られていました。誰かが手伝ってくれれば異なる角度を見ることも可能ですが、基本的にはバストアップのみしか写りません。『右手を上げてください』など工夫しながら必要な情報を集めていましたが、どうしても限界がありました。しかし、3次元オンライン診療であれば全身を診察できますね」と振り返る。こうした3次元オンライン診療は、パーキンソン病のほか、運動機能に症状を来す神経疾患や、整形外科疾患といった病の診療に役立つ可能性がある。

 立体的に診療ができても患者の体に触れる診察はできないため、得られる情報はまだまだ一部だ。3次元オンライン診療システムといえど、オンラインのみで診療が完結するものではなく対面と組み合わせての診療が前提となる。「オンラインはあくまでオンラインであり、対面診療を代用するものではありません。触覚フィードバックやウェアラブルデバイスで補完できる情報もあると思いますが、技術が進んでも対面診療が必要になることは変わらないでしょう」と大山氏は指摘した。

 一方で患者の3Dの動作が転送されることは、それがデータ化されてAI解析が可能になると言える。将来的にはこうした3次元オンライン診療のシステム上でAIが体の震えなどを判断して、パーキンソン病の可能性を提示するような活用も想定できる。大山氏は「このようなデジタル化によって神経疾患などの専門医でなくても適切な診断を下せるようになり、患者さまが適切な治療を受けられるようになるでしょう」と将来の可能性を語った。

メタバース上に再現された医院

順天堂大学医学部
眼科学講座
准教授
猪俣武範

 順天堂医院ではもう一つ先進的な取り組みとして、いわゆるメタバース空間に同医院を再現した「順天堂バーチャルホスピタル」も提供している。現在開発中ながら、実際に順天堂医院のWebサイトからアクセス可能だ。

 この順天堂バーチャルホスピタルは順天堂大学と日本アイ・ビー・エムによる産学連携の取り組みだ。2者は「メディカル・メタバース共同研究講座」(講座代表者:順天堂大学医学部長・研究科長 服部信孝氏)を設置し、メタバース技術の活用による時間と距離を超えた新たな医療サービスの研究・開発に取り組んでいく方針で、その起点となるのがこの順天堂バーチャルホスピタルだ。

 順天堂大学医学部 眼科学講座に加え、メディカル・メタバース講座などで准教授を務める猪俣武範氏は「想定しているのは患者が来院する前に、メタバース空間の順天堂バーチャルホスピタルでMRIやCTといった検査を受けるまでのフローを事前に体験してもらうような仕組みです。順天堂バーチャルホスピタルは実物の順天堂医院を再現しており、検査の時にどこに向かえばいいのかといった確認が可能です。事前にどういった場所で、どういった検査を受けるかを知ることは、検査に対する恐怖心の低減にもつながります」と語る。

 また、検査の手順確認以外に、オンライン診療を順天堂バーチャルホスピタル上で行うような活用も期待されている。前述した検査などは、順天堂バーチャルホスピタル上で事前の説明を行うことで医師の働き方改革につながる可能性もある。また、コロナ禍で患者とその家族の面会が制限されたことを踏まえ、こうしたメタバース空間上での面会を可能とする「コミュニティ広場」としての活用も想定されている。

 順天堂大学では2025年4月にデジタルヘルス・医療AI研究開発のための都心型研究センター「順天堂大学AIインキュベーションファーム」の竣工・開設も予定している。医療のデジタル化の最前線を走る順天堂大学の取り組みは、これからも続いていく。

1:順天堂バーチャルホスピタルに入ると、順天堂医院の入口にアバターが現れる。
2:エレベーターの前に立つと、行き先としてほかのフロアが表示される。
3:4階に到着して受付の前に立つと、眼科への案内が表示された。クリックすると診察室へ入室できる。
4:眼科の診察室には医師のアバターが待機している。現在は近づくとポップアップで診療科の案内が表示される。