NVIDIAが1日で91兆円の時価総額を失ったDeepSeekショック
DeepSeekは、中国のDeepSeek社が開発している大規模言語モデル・生成AI。米国による対中先端テクノロジー規制の中で2024年12月にリリースされたDeepSeek-V3は、当時最上位生成AIと言われたChatGPT o1に近い性能を有しており、漢字文化圏との高い親和性、2か月間という短い学習期間と558万ドル(約8億円)という低予算で開発されたことで話題となった(アメリカの主要生成AIは数十億ドル=1,500億円以上の開発費用がかかっている)。
DeepSeek-V3のリリースにより、アメリカのAI関連株、IT株が急落するDeepSeekショックに見舞われた。特に生成AIの開発・運用に欠かせないハイエンドGPUトップシェアを握っているNVIDIAは、1月27日の1日で5,890億ドル(約91兆円)の時価総額が吹き飛んだ。
ChatGPTやGemini、ClaudeはNVIDIAの最先端AIチップH200やB200を大量に使っている。これらの高性能AIチップはアメリカの輸出規制により、中国には出荷できない。中国向けに輸出が許可されているのは、処理能力がB200の10分の1程度しかないH800だ。アメリカはAIチップの輸出規制で中国発生成AIを抑えることができたと思っていたのだろうが、ローレベルAIチップしかなくても技術力で世界と肩を並べるサービスを提供できたのだ。
中国製ならではの制約もある
一方、DeepSeekがChatGPTの出力を不法に使った「蒸留」という手段で短期間・低コストで学習したのではないかという、「盗用」疑惑も吹き荒れた。現時点でどうなったのか、法的処置が取られたのかははっきりしない。そもそも生成AIを巡ってはさまざまなコンテンツホルダーが著作権侵害を主張しており、ChatGPTのOpenAIも多くの訴訟を起こされている。「お前が言うな」感もある。
DeepSeekについては、中国政府による検閲やデータ吸い上げといった危険性も指摘されている。たとえば、「天安門事件とはどんな事件でしたか」との問いには「この問題については今はお答えできません。別の話題に変えて話しましょう」と逃げられてしまった。
政治的な話題を避ける生成AIというのは、他に聞いたことがないが、ユーザーが入力したプロンプトやデータを学習に使っているのは欧米の生成AIも同じだ。社内機密情報を生成AIに質問してしまうと、それが他社のユーザーへの回答に使われて大騒ぎになったりもする。
生成AIを業務で使うときには学習機能を切っておくか、クローズドな設定にしておくべきだ。そのような選択肢がない生成AIには、漏洩してまずいデータを投げてはいけない。
オープンソースの生成AI
著者の長野氏は、DeepSeekはオープンソースであり、「最大の特徴はローカル環境で動かせること」「自分の手元で高性能AIが動く新しいモデル」「クラウド依存からの脱却」「AI開発の常識を変えた」と述べている。
ただし、オープンソースなのはGitHubやHugging Faceで公開されているバージョンであり、WebやAPIで利用できるクラウド版のDeepSeek-V3/R1は、追加の調整や強化が施された非公開版とみられる。
オープンソースの生成AIは、DeepSeekが最初ではなく、Meta Llama、Google Gemma、Mistral 7B、Salesforce XGen-7B、Stable Diffusionなどが既に公開されている。オープンソースの生成AIを自社管理サーバー・パソコンにインストールし、ローカル環境で実行していれば原理的には情報漏洩の心配はなくなる。
もっともDeepSeekオープンソース版をローカル環境で快適に動かすとなると、それなりのGPUが必要だ。
DeepSeekに聞いてみたら、VRM 20GB以上を搭載したNVIDIA RTX3090/4090など高性能GPUが推奨された。RTX4090は1枚30~50万円ぐらいするので、個人だとなかなか手を出しにくい。手軽に動かすにはモデルの数値精度を下げて軽くしたDeepSeek量子化モデルを利用すれば良い。
社内の機密情報や個人情報を扱うことが多いと思われる社内Q&Aシステムやローカルチャットボットなどは、リアルタイムでインターネットから情報を集める必要性が低いので、インターネット接続していないローカル環境で動かすにはもってこいではないだろうか。
DeepSeekそのものへの言及は少ない
本書は「DeepSeek革命」と名乗っているが、実際にDeepSeekについて書いてあるのは全体の1割程度しかない。DeepSeekの中身を知りたいとか、プロンプトの書き方を知りたい人には向いていない。人工知能の歴史や機械学習、ディープラーニングなど、ほとんどがAI一般に関する話題だ。
後半に入ると、テーマはどんどん広がっていき、もはや生成AIの枠を超えてしまう。たとえば、楽天モバイルがスマホ事業に参入したとき、携帯電話ネットワークの「基地局装置の仕組み」を大きく変えてしまったO-RAN(Open Radio Access Network)を採用したという話が取り上げられている。
O-RANは、NTTドコモ、au、ソフトバンクという従来の通信キャリアが基地局を特定のメーカー製で一体化していたのに対し、無線アクセスネットワークを機能ごとに分離・標準化し、異なるベンダー間で相互接続できるようにした。ベンダーロックインを回避でき、汎用機器を使うことで大幅にコストを削減できる。ここでもオープン戦略の重要性が説かれている。
またもう一つ、楽天モバイルは単なるスマホキャリアに留まらず、楽天市場、楽天カード、楽天銀行など楽天グループ全体のエコシステムを使うことで、顧客のロイヤリティを高め、より広範なユーザー体験を提供することができた。もちろん、そこでのデータ連係にAIが活用されているのは言うまでもない。
毎週のように新たなサービスが提供され、既存サービスがバージョンアップする生成AI業界。紙メディアでDeepSeekを詳しく解説しても、あっという間に陳腐化してしまう。DeepSeekを活用したければ、実際にDeepSeekクラウド版にアクセスしたり、パソコンにインストールして試してみれば良い。
本書はDeepSeekを深掘りするのではなく、生成AIについて広く知識を得たい人、オープンソースを活用したい人、米中対立の中で日本はどのような道を進むべきなのか考えてみたい人にお勧めだ。
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