ビジネスオーケストレーションとは何か
そもそも「ビジネスオーケストレーション」とは何だろうか。
2010年代頃から、人とシステムを含めた業務全体を統合的に制御する考え方として、「Business Process Orchestration」という言葉が使われるようになった。ERP(企業資源計画)、CRM(顧客関係管理)、ワークフロー、人による承認、RPA(Robotic Process Automation、ロボットによる業務自動化)などを連携させ、業務全体を一つの流れとして最適化する考え方である。
2024年には、アメリカの調査会社Gartnerが「BOAT(Business Orchestration and Automation Technologies)」という新たなカテゴリーを提唱した。BPM、RPA、ローコード、API、AIなどを一つのプラットフォームとして統合し、企業全体の業務を最適化しようという考え方である。
本書は、この流れをさらに経営レベルまで発展させている。単なる業務プロセスの統合ではなく、AIエージェント、人間、既存システム、組織そのものを経営戦略に沿って統合的に動かすことを「ビジネスオーケストレーション(以下、BO)」と呼び、「企業内のあらゆる業務プロセスをデジタルで統合・管理し、複数のシステムを横断的に連携させる基盤」と定義する。
このように見ると、「BO」という考え方は決して一人の発明ではない。SOA(Service-oriented architecture、サービス指向アーキテクチャ)やBPM(Business Process Management、ビジネスプロセス・マネジメント)における「オーケストレーション」の概念が、クラウド、RPA、生成AI、AIエージェントへと適用範囲を広げ、AI時代の経営論として発展させたものと理解すると分かりやすい。
日本企業のDXはなぜ後れているのか
本書は「いまだに世界に後れを取る日本企業のDX」を厳しく指摘する。
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が公表した2024年世界デジタル競争力ランキングでは、日本は63か国・地域中31位にとどまる。特に「企業の機会・脅威への対応力」や「柔軟性」は極めて低く、「ビッグデータ活用」も振るわない。一方で、通信インフラや研究開発力、ロボット技術などでは高い評価を受けている。つまり、日本企業は高い技術力や整備されたインフラを持ちながら、「その技術を使って、既存のビジネスや社会をどうトランスフォーメーション(変革)するか」が弱いのである。
また、総務省『令和7年版情報通信白書』では、企業の生成AI利用率は55.2%、個人の利用経験率は26.7%とされ、90%を越えている米国や中国などに比べて大きく後れを取っている。恐らく2024年当時の調査であり、それ以降、生成AIは急速に進化・普及しているが、業務全体や企業全体を変革するところまで活用できている企業は決して多くないだろう。
本書は、その背景として「オペレーションドリブン」という企業文化を挙げる。現場担当者が個別最適で業務を進め、属人化が進み、「あの人に聞けば分かる」が「あの人しか分からない」に変わってしまう。担当者が異動しても実質的に現場を支配し続けることさえある。日本企業の強みと評価されてきた現場力が、皮肉にもDXを阻む壁になっているという指摘には説得力がある。
一方、SNSには生成AIで作ったと一目で分かるイラストやスライドがあふれ、企業の資料作成でも生成AIの利用が急速に広がっている。だが、文書なら数行で済む内容が、何ページもの見栄えのよいスライドになるだけなら、読む側の時間を奪うだけである。
以前、本コーナーで紹介した書籍には、「生成AIが長大な文書を作り、それを別の生成AIが要約する」という皮肉な状況が紹介されていた。これは笑い話ではない。AIを使っているようでいて、業務そのものは少しも賢くなっていないのである。
本書が問題にしているのも、まさにこの点だ。「生成AIを導入した」「AIチャットを使い始めた」「DX推進室を設けた」――それだけでは企業は変わらない。業務の流れ、意思決定の仕組み、組織の責任範囲まで見直して初めてDXになるのである。
本書は、AIエージェントの活用を単なる「自動化や効率化」ではなく、「業務構造そのものを再編する取り組み」として位置付けている。人とAIの役割分担を設計することこそ、これから多くの企業が直面する課題なのだろう。
DXが目指すのは人財改革である
もっとも、本書はAI万能論の立場には立たない。むしろ企業が持続的に成長するためには、人財改革こそが不可欠であると説く。
本書は、AIエージェント時代に求められる人財像を、「深化」「新化」「進化」という三つの「シンカ」で説明する。
第一の「深化」は、ビジネスや社会の変化を構造的に捉え、未来を見通す力である。生成AIによって仕事が急速に変化する今、自身の仕事は将来も価値を持ち続けるのかを問い続けなければならない。
第二の「新化」は、最新技術を活用して業務そのものを作り直す発想である。既存のやり方を前提とせず、「仕事の本質は何か」を問い直し、あるべき姿から業務を設計することが求められる。
第三の「進化」は、試行錯誤を恐れず挑戦し続ける姿勢である。変化の激しい時代における最大のリスクは、失敗することではなく、何もしないことである。まず試し、改善を繰り返し、目標を達成してもさらに改善を続ける姿勢が必要だという。
DXは情報システム部門だけの仕事ではない。経営層から現場まで、すべての社員がこの三つの「シンカ」を身に付けて初めて企業変革が実現すると著者は説く。
最後に本書は、BOという基盤の上でAIエージェントを活用し、三つの「シンカ」を備えた人財が日本企業再生の鍵を握ると結論付ける。中でも重要なのは、「オペレーションをこなすこと」を仕事と考えるのではなく、業務そのものを改善・再構築することこそが仕事であるという発想への転換である。
オペレーション業務の大部分はAIへ委ね、人はより付加価値の高い業務へ集中すべきだという。BOによって業務プロセス全体を仕組み化できれば、日本企業は長く停滞してきた生産性を大きく改善できる可能性があるという。そして、「現状を考えれば、日本企業の方が伸びしろは大きい」と前向きなメッセージを送って締めくくっている。
もっとも、本書で描かれる改革は、取締役会の在り方を含めた経営改革にまで及び、一社員の立場で直ちに実践できる内容ばかりではない。また、「明日から何をすればよいか」という具体的な実践書でもない。しかし、生成AI時代にオペレーション業務だけを続けていては生き残れないという危機感と、企業全体の変革という視点を読者に強く意識させる点に、本書の価値がある。
AIエージェントを単なる業務効率化ツールではなく、企業経営そのものを変革する存在として位置付け、BOという軸で体系的に論じた本書は、DXを「システム導入」ではなく「経営改革」として考えたい経営者や管理職はもちろん、自らの働き方を見直したいすべてのビジネスパーソンに一読を勧めたい一冊である。
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『AI時代のマインドセット ビジネスの調和を生み出すオーケストレーション』(V・テラ、S・ブリンカー、M・ペッツィーニ 著/ダイヤモンド社)
デジタル変革が進む現代、敏捷性と適応力はビジネス成功の鍵となっています。本書では、自動化を活用して競争力を持続的に高めるための具体的な方法を解説します。 著名なテクノロジー戦略家Vijay Tella、Scott Brinker、Massimo Pezziniが執筆し、横河電機やメルカリといった日本企業の事例を交え、自動化が企業の変革と成長をどのように支援するかを示します。 主な内容: - 経営層や現場リーダーが実践できる自動化フレームワーク - 自動化がもたらすイノベーションと成長の可能性 - 横河電機やメルカリの実例から学ぶ、日本企業における成功のヒント - 効率化を超えた戦略的な自動化の重要性 未来を見据えるビジネスリーダーに必読の一冊。持続可能な競争優位を築くための実践的なガイドです。(Amazon内容解説より)
『AIネイティブカンパニー 「AIを入れた、でも使われない」という常識を書き換えた半年の軌跡』(ソースネクスト 息吹プロジェクト 著/ダイヤモンド社)
「AIを導入した。アカウントも配った。研修もやった。それでも、社員は元のやり方に戻っていく」──AI導入の壁に悩む企業は、今や珍しくない。本書は、東証プライム上場企業・ソースネクスト(社員約100名)が、たった半年で全社員のAI活用を根付かせた実録だ。役員も、50代も、AI懐疑派も──「あの人まで変わった」会社には、明確な理由があった。AI導入に課題を感じる経営者、DX推進担当者、現場リーダーへ。東証プライム上場企業の半年間の実録が、あなたの組織の次の一手を示す。 (Amazon内容解説より)
『DXはなぜ失敗するのか 成功のはじまりは24枚の模造紙だった』(上原高志、ラジャン・ナンダ、第一ネオ生命 著/日経BP)
一般に保守的とされる金融業界。その象徴ともいえる業務プロセスやシステムが色濃く残っていた第一ネオ生命は、いかにしてDX(デジタルトランスフォーメーション)の手応えをつかんだのか。本書は、プロジェクトの発起人でもある社長とデジタル化を担うCIOの二人の視点から、生命保険会社でのリアルなシステムモダナイゼーションとチェンジマネジメントを通じたDXの実像を明らかにする。筆者である二人によれば、デジタル化が変革の本質ではない。より重要なのは、対話を通じて現場の意識を変える「チェンジマネジメント」にある。ツールではなく、組織と人こそが成功のカギであることが、様々なエピソードを通じて繰り返し伝えられる。日本企業がDXを推進するための核心に迫る一冊。(Amazon内容解説より)
『DXで経営戦略を仕組み化する技術 AI・デジタル時代の成長ロードマップ』(田村昇平 著/技術評論社)
業態・業種・規模にかかわらず、どんな企業もDXを成功させることは可能だ。段階ごとに整理された成長ロードマップ、成功のパターン、コンフリクトを解消する知恵がここにある。だが、直線的かつ着実にステージを上がっていくためには、いくつもの"覚悟"が問われる。DXを確実に経営戦略に取り入れて企業成長の血肉と化すための、ステップと信念とは何か。AI時代の新たな難題に真正面から答える現代の兵法。(Amazon内容解説より)
『AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル』(木村哲也 著/日経BP)
「ChatGPTを入れたが、使いこなせる社員があまりいない」「AIの回答が一般的すぎて、実務で役に立たない」「そもそも何から始めたらいいのか、わからない」──そんな悩みを抱える経営者やリーダー、現場の社員必読の1冊です。DX導入で大きな成果を上げた愛知県の自動車部品メーカー 旭鉄工が、いかにしてAIを活用し、仕事のやり方を変革したのか。その全貌を解き明かす実践的なビジネス書です。社長の経営哲学や職人の暗黙知を言語化し、AIという資産に変える方法から、現場の反対を乗り越えてAIを定着させる組織づくりまで。大企業も中小企業も、あらゆるビジネスパーソンが今日から使えるヒントが満載です。AIを最高の相棒として使う。次世代の勝ち残り戦略『AIファースト経営』の世界へ、本書と共にその一歩を踏み出しましょう。(Amazon内容解説より)


