ITユーザーの中立的な団体として、産業活動におけるITの高度利用に関する調査および研究、普及啓発や指導などを行っている日本情報システム・ユーザー協会(以下、JUAS)。同協会が1994年度から継続して実施しているのが「企業IT動向調査」だ。その最新調査結果となる「企業IT動向調査報告書2025」から、企業のIT部門に求められる役割や、DX推進に向けた企業動向の現在地を見ていこう。
DX推進の目的は
コスト削減がトップに

専務理事
島 健夫 氏
企業IT動向調査は、企業のIT予算やIT投資、IT活用、IT人材についての経年調査を実施すると同時に、年度ごとのユーザー企業の重要課題を「重要テーマ」と位置付け、さらに掘り下げた調査も実施している。2024年度の調査では「今こそ問われるIT部門の真価と進化」を重点テーマに設定している。本テーマ設定の背景には、IT部門の対応領域が急速に拡大していることが挙げられる。IT部門が業務効率化・高度化を図り、新たな価値を創出するために必要な要素を確認し、DX実現のヒントを探ることが目的だ。調査はアンケートおよびインタビューの二つの方式で実施されている。
上記の重点テーマを踏まえて実施された2024年度調査をとりまとめた「企業IT動向調査報告書2025」の中から、本記事では企業のDXの現状と、それを実現するために求められるIT人材にフォーカスして紹介していく。
企業IT動向調査では2021年度から継続してDXの推進状況を調査している。これまでのDX推進状況と比較すると、DXを推進できている企業の割合は引き続き伸張している一方で、2024年度調査ではこれまでDX推進で先行してきた売上高1兆円以上の企業群で停滞の兆候が見られる。
この背景には、DX推進を先行してきた企業が初期段階の比較的取り組みやすい課題を解決したことが挙げられる。その課題とは何だろうか。JUAS 専務理事を務める島 健夫氏は「DX推進の目的は、『既存事業のコスト削減(業務の自動化など)』が42.1%、『既存事業の収益力向上(売上拡大など)』が17.1%、『既存事業におけるサービスの企画、開発』が3.4%であり、62.6%の企業が既存事業にかかわる項目をDX推進の目的として挙げています。また、どの程度の効果を得られているのかも調査したところ、既存事業のコスト削減については約4割の企業で効果が得られているようです。一方、DXの目的としては新しいビジネスモデルの創出や、新サービスの開発のような、新規事業にまつわる効果を上げることも期待されていますが、今回の調査ではいずれの企業も苦戦しているようでした。本協会では、双方向型の情報発信を行えるカンファレンス『JUASスクエア』を毎年9月に実施していますが、JUASスクエア2025のテーマは『想像を超えて その先へ 〜新たな価値創造への挑戦〜』を設定し、新たな価値創造について議論を行いました」と語る。

人材・スキル不足が
DX推進を阻む
DXを推進する上での課題についても調査を行っている。2024年度調査では、これまで設問の回答選択肢に挙げられていた「人材・スキルの不足」「DXを受け入れる企業文化・風土の不足」「戦略の不足」「DX推進体制が不明確」「予算の不足」「DXに対する経営の理解不足」「その他」に加えて、「レガシーシステムの存在」「個人情報などセキュリティ上の懸念」「法制度やコンプライアンス対策」が新たに追加された。
2024年度調査におけるDXを推進する上での課題は、「人材・スキルの不足」が79.3%と最も高い結果となった。続いて「DXを受け入れる企業文化・風土の不足」(40.9%)、「戦略の不足」(40.1%)、「DX推進体制が不明確」(39.6%)が4割前後で並ぶ。次いで「予算の不足」(29.2%)や「DXに対する経営の理解不足」(26.7%)が続くが、いずれの課題も2023年度と比べて2024年度はわずかに低下したという。
また、2024年度に追加した三項目は「レガシーシステムの存在」(27.9%)、「個人情報保護などセキュリティ上の懸念」(15.9%)、「法制度やコンプライアンス対策」(9.7%)という結果になった。本アンケート調査は2024年9月6日から10月28日の期間に実施されたが、レガシーシステムを刷新できず、DXが遅れることによる経済損失を指摘した「2025年の崖問題」が目前になった時点においてもレガシーシステムの存在をDX推進の課題とする企業は3割近く存在している。
特にこの「レガシーシステムの存在」は、売上高の大きい企業の課題の一つとして挙げられている。これは、膨大で複雑に絡み合う業務フローと、それを支える巨大なレガシーシステムが固着した関係にあることや、それを改革するIT人材が恒常的に不足していることが背景にあるようだ。
IT人材不足の解消には
従業員のスキルアップが重要に
DX推進の最も大きな課題として挙げられたIT人材不足。この問題に対して島氏は「IT人材不足は数年前から継続している課題です。企業が重視する人材タイプとしては『情報セキュリティ担当』がトップですが、『IT戦略担当』『DX推進担当』など、『DX推進に関連する人材タイプ』がそれに続いています。こうしたIT部門の人材の充足を実現する上では、新規採用よりも既存従業員のスキルアップを重視する傾向があるようです。一方で、既存社員のスキルアップは、過半数の企業で計画通りに進んでいないという実態もあります。年代にかかわらず『時間の捻出』が共通の課題になっているようですが、グループインタビュー調査を行ったところ『従業員の可処分時間は増えており、優先順位の問題』という意見もあり、時間の捻出においても『本人の動機付け』は不可欠でしょう」と指摘する。
こうしたIT人材の不足に対して、AIを活用することで解決を図る動きもある。JUASでは2025年度調査において、「システム開発のQCD(品質・コスト・納期)向上のためにAIを活用している分野」を調査する項目を新たに設けている。今後の調査結果に注目したい。
またDX実現の上では、AIをはじめとした新規テクノロジーの活用も欠かせない。本調査ではこの新規テクノロジーの動向についても調査している。新規テクノロジーやフレームワークなどの導入状況を見ると、パブリッククラウド、IaaS、PaaSなどは既に定着傾向にある。言語生成AIは導入が進み、特に大企業での活用が多い。
課題はあるものの、大企業から中堅・中小企業までDX推進の裾野は広がっている。島氏は「DX推進が成功している企業の特長の一つに、トップが明確なビジョンを持ち、それに向けたマイルストーンと道筋を立てていることが挙げられます。DX推進に向けてはトップダウンの意識と構想が重要になるでしょう」と指摘した。

