弁護士ドットコムは、法律の専門知をテクノロジーで社会に届けるリーガルテック企業だ。同社が手がける「クラウドサイン」は、弁護士監修の下、日本の法制度に最適化されたクラウド型電子契約サービスとして、官民問わず多くの企業で導入が進んでいる。一方で、その普及の最前線には、中小企業や地方を中心に今なお根強く残る「紙と印影」の慣習が横たわっている。デジタル化の歩みが一様ではない中、クラウドサインは日本の契約文化にどのような変革をもたらすのか、弁護士ドットコムに話を伺った。

普及を阻む慣習という壁
地方と中小企業に潜む心理的ハードル

弁護士ドットコム
クラウドサイン事業本部
事業戦略部
部長
鵜澤尚弘

 日本のビジネスシーンにおける電子契約の普及状況は、企業の規模や所在地によって大きな開きがあるのが実情だ。コロナ禍を経て、都市部や大企業を中心に「脱ハンコ」の動きは一過性のブームから実務への定着段階へと移った。しかし、社会全体のデジタルシフトが加速すればするほど、そこから取り残された層との格差が鮮明になりつつある。

 弁護士ドットコム クラウドサイン事業本部 事業戦略部 部長 鵜澤尚弘氏は、電子契約の普及スピードに生じている二極化の現状を次のように指摘する。「市場全体で見れば、3~4割の企業が何らかの電子契約サービスを導入済みです。しかし、その内訳を精査すると顕著な二極化が進んでいることが分かります。従業員数の多い大企業では、DX推進の号令もあり約7割が導入を終えています。一方で、リソースの限られる中小企業や個人事業主では2割程度にとどまっており、この差は縮まるどころか、むしろ拡大しているのが現状です」

 この普及の差は、単なる資本力の違いだけではなく、地域的な要因も大きい。「都市部ではテレワークが急速に普及し、それに伴ってデジタル化が加速しました。対して地方では、依然として『直接会って押印をもらう』という対面での文化が根強く、情報感度の差やテレワーク普及度の違いが、そのまま導入率の差に表れています。業種別ではIT業界が先行していますが、製造業や建設業など現場作業を伴う業界では、まだ紙の運用が主役であることも少なくありません」と、弁護士ドットコム クラウドサイン事業本部 エンタープライズビジネス部 エンタープライズサクセスグループ エンタープライズCSMチーム 吉貝千紘氏は語る。

弁護士ドットコム
クラウドサイン事業本部
エンタープライズビジネス部
エンタープライズサクセスグループ
エンタープライズCSMチーム
吉貝千紘

 電子契約には、印紙税や郵送費のコスト削減、保管スペースの撤廃、締結スピードの向上など、享受できるメリットが極めて多い。それにもかかわらず、なぜ導入に踏み切れない層が存在するのか。吉貝氏は“変化への抵抗感”という心理的な壁を指摘する。「電子契約の方が圧倒的に効率的であることは、論理的には理解されています。しかし、『これまでのやり方を変えるのが面倒だ』『何かあった時のリスクが怖い』といった感情的なブレーキが、特に前例踏襲を重視する層において強く働いています。一度導入しても、社内の協力が得られずに元の紙運用に戻ってしまうケースさえあります。当社は、こうした心理的なハードルをいかに取り除くかを常に考えています。単にツールを導入して終わりではなく、業務の文化そのものをいかにデジタル時代に最適化させていくかが重要なのです」(吉貝氏)

 これに対し、鵜澤氏も実感を込めて付け加える。「特に契約通数が少ない企業さまにとっては、『今のままでも何とか回っている』という意識が強く、新しいシステムを導入するコストや手間のほうが大きく見えてしまいます。しかし、たった1枚の契約書であっても、そのために出社したり、郵送の手間をかけたりすることは、積もり積もれば膨大な損失です。この『目に見えにくい損失』にどう気付いていただくかが、普及に向けた最大の鍵だと考えています」

日本の法制度への最適化
専門家集団が担保する“紙以上の安心”

 こうした根強い慣習や慎重な姿勢を打破するために、弁護士ドットコムが磨き上げてきたのがプロダクトそのものの信頼性だ。クラウド型電子契約サービス「クラウドサイン」が多様なユーザーに支持される最大の理由は、その「出自」と「設計思想」にある。

 外資系の電子署名サービスがグローバルな汎用性を強みとする一方で、クラウドサインは徹底して「日本でビジネスを行うための最適解」を追求してきた。吉貝氏は、製品の根幹にあるこだわりをこう説明する。「クラウドサインの大きな特長は、当社の代表が弁護士であり、サービスそのものが弁護士監修の下で開発されていることです。日本の法律を熟知した専門家が、『電子署名法』や『電子帳簿保存法』などの法令や商習慣を念頭に置きながら設計しています。この『日本の法制度への最適化』こそが、企業の法務担当者さまや自治体さまから高い評価をいただく決定打となっています。スピードだけを追求して安全性をおろそかにしては、契約の本質が損なわれてしまいます。スピードだけではなく、法的にグレーな部分を残さず、契約の正当性をいつでも証明できる仕組みを整えること。そうした積み重ねが、今のクラウドサインに対する信頼につながっているのだと思います」

 使い勝手の面でも、クラウドサインは「受信者側の心理的負担」を最小限に抑える工夫を凝らしている。日本の商習慣において、契約を申し込む側は「相手に手間をかけさせたくない」という配慮を重視する。その機微をプロダクトに反映させているのだ。「契約の相手は、必ずしも電子契約に慣れているわけではありません。そうしたハードルを解消するために、クラウドサインでは受信者側のアカウント作成を不要にし、メールのリンクからすぐに署名・捺印ができる仕組みを整えています。また、この一連の操作が迷わず行えるようなUI/UXになっています。この利便性があるからこそ、自社だけでなく取引先を含めたサプライチェーン全体でのスムーズな運用が可能になるのです。相手に『このシステムを使ってください』と依頼する際の心理的負担を下げることも、信頼を築く上では欠かせない要素です」と鵜澤氏はアピールする。

 また、クラウドサインが提供するのは「契約の締結」という瞬間的な価値だけではない。その後の「管理の厳格化」という側面でも、大きな役割を果たしている。全ての契約情報がクラウド上で一元管理できるため、必要な情報へのアクセスや更新期限の把握が容易になり、組織としての統制が格段に効きやすくなるからだ。ガバナンスの観点から「管理の質」が問われる現代の経営において、この仕組みは企業の透明性を高める大きな価値となっている。

電子契約の枠を超える
契約を起点とした取引全体のDXへ

 電子契約の導入は、単なるペーパーレス化にとどまらず、業務プロセスそのものを劇的に効率化させる。その象徴的な事例として、鵜澤氏は次のような実績を挙げる。「例えば、これまで郵送や対面で数週間を要していた雇用契約の締結が、クラウドサインの導入によってわずか1日に短縮された事例があります。年間で数百万円規模の印紙代削減につながりました。また、自治体さまにおいても、これまで窓口に足を運んでいた市民や事業者の移動時間がゼロになり、行政サービスの利便性が飛躍的に向上しています。今後もこうした『時間とコストの解放』という成功体験を、多くのお客さまに届けていきたいと考えています」

 こうした個々の業務の効率化は大きな成果だが、クラウドサインが見据える未来図は、単なる「契約の締結」という一点で完結するものではない。

 吉貝氏は、今後の展望について「契約の締結という行為は、ビジネスプロセスにおける一つの『点』に過ぎません。その前後には、契約書の作成、社内の稟議時の順守すべきワークフロー、および締結後の期限管理やアーカイブといった膨大な業務が存在します。当社は、そうした一連の流れをシームレスにつなぎ、電子契約という枠を超えて『取引のDX』という領域で総合的に支援していきたいと考えています」と語った。