クラウド会計ソフトを中心に、中小企業・スモールビジネスの業務効率化を支えてきたフリー。同社は10年以上にわたり蓄積してきた業務データと自動化の仕組み、そしてAIエージェント基盤を武器に、AI時代の新しい業務モデルを切り開こうとしている。AIエージェントの浸透により、SaaSは“AIネイティブ”への進化を迫られている。フリーはその転換点をどう捉え、どのようなサービス像を描こうとしているのか。

クラウド化の壁と現実
中小企業が抱える三つの障壁

フリー
取締役CTO
横路 隆

 フリーは、会計・人事労務・販売管理といったバックオフィス領域のクラウドツールを提供し、中小企業やスモールビジネスの業務効率化を支えてきた企業である。バックオフィスのクラウド化が進む中、この10年間で同社の役割は大きく広がった。しかし、依然としてクラウド活用に踏み出せない「メインストリーム層」の中小企業が存在する。

 フリー 取締役CTO 横路 隆氏はその理由について「業務改善の情報がそもそも届かない『情報の壁』、投資に踏み切れない『資本の壁』、運用スキルを備えた人材の不在と人手不足という『人材の壁』が重なり、結果としてクラウド化が進まない状況が生まれています。特にメインストリーム層の中小企業では、日々の業務に追われて情報収集の時間が取れず、投資判断も“今すぐ必要な支出”が優先されがちです。さらに、導入後の運用を任せられる人がいないため、ツールを入れても使いこなせないという不安も根強くあります。こうした要因が複合的に作用し、クラウド活用のハードルを高くしているのです」と話す。

 こうした状況に加え、2026年問題が迫る中で、同社は税理士事務所、SIer、販売代理店、インテグレーションパートナーなどとの連携を深め、共に変化していく体制づくりを進めている。

AIエージェントが変えるSaaS
再編の見通しと新たな競争軸

 こうした環境変化の中で、業務の在り方そのものを変える存在として注目されているのがAIエージェントだ。AIエージェントの普及に伴い、企業がAIを業務に取り込むアプローチは大きく三つに整理できる。

1. 自社内でAIエージェントを活用し、業務を内製でAI化する方法
2. SaaSに組み込まれたAIエージェントを利用する方法
3. AIエージェントを活用したアウトソーシングサービスを利用する方法

 横路氏は「中小企業がAIエージェントを内製して活用するには、リテラシー、データ整備、運用体制といった面で大きなハードルがあります。大企業では導入が進んでいますが、中小企業では同様の体制を整えることが難しいのが現状です」と説明する。

 こうした背景から、中小企業にとって現実的な選択肢となるのは②と③のアプローチだ。フリーがビジネスチャンスを見いだすのもこの二つだ。これらは、SaaSとして価値を発揮できる領域でもある。その一方で、AIエージェントの台頭により「SaaS is Dead」といった議論も取り上げられてきた。しかし横路氏は、「AIエージェント単体では業務全体を効率化できません。既存の顧客基盤を持つSaaSプレイヤーが、ソフトウェアの価値とAIエージェントによる非定型業務の自動化をうまく組み合わせることで、次の働き方を提供するメインプレイヤーになると考えています」と指摘する。

 つまり、AIエージェントの普及はSaaSの終焉ではなく、SaaSがより高度な業務領域へ進化していくことを意味している。その先には新たなビジネスチャンスも広がっている。

AI機能の進化がもたらす業務効率化
顧客向けAIサービスの拡充

 フリーは、SaaSとAIエージェントを組み合わせることで、新しい業務体験を生み出し、顧客体験の刷新につなげている。その代表例が、会計・税理士事務所向けの記帳代行支援サービス「freeeデータ化サービス」に新機能として追加された「AIデータ化β」だ。これまで複数のオペレーターが目視で入力し、従来は1営業日かかっていた記帳代行を、AI-OCRとAIエージェントによる複数チェックによって、最短3分、最長30分で納品できるようにした。精度も担保されており、スピードと品質の両立を実現している。

 こうした顧客向けAI機能の進化と並行して、フリーはパートナーと連携したアウトソーシング領域の高度化も進めている。その中心にあるのが「freee AI BPOパートナー制度」だ。これは会計事務所や税理士事務所がfreeeのプラットフォームを活用し、AIを組み込んだアウトソーシングサービスを提供できる仕組みである。

 freee AI BPOパートナー制度は、AIを活用したBPO(Business Process Outsourcing)サービスを提供する事業者と、freee認定アドバイザーである会計事務所・税理士事務所をつなぎ、スモールビジネスのバックオフィス業務を丸ごと効率化するための協業モデルである。freee AI BPOパートナー制度では、freee会計などのプロダクトに加え、AI向けに最適化したAPIや操作機能が提供される。パートナーはAIエージェントを活用した業務自動化を容易に実現できるようになる。

 フリーがAIエージェントやパートナー連携などの取り組みを進める背景には、創業時から変わらない目標がある。それは「プラットフォームに乗れば、日々の業務をするだけでバックオフィスが完結する世界」を実現することだ。「当社が10年以上蓄積してきたビジネスに関する独自データを強みに、AIエージェントに学習させることで、他社にはない競争優位性を確立していきます。そしてAIネイティブな業務基盤としての価値を一層高めていきたいと考えています」と横路氏は展望を語った。