生成AIの普及が急速に進む一方で、期待したほどの成果が得られず、「AIが思ったように使いこなせない」という課題に直面する企業が増えている。その背景には、企業内に蓄積されたデータの品質や整備状況が大きく影響していることが多い。こうした課題に対し、Sansanは名刺管理を起点に築いてきたビジネスデータ基盤を強みに、AIエージェントやデータクオリティマネジメントといったデータ課題の解決に向けた新たなソリューションを打ち出している。AI活用の実態と課題、そしてSaaSビジネスの変化について、同社に話を聞いた。

AI活用の期待と現実
企業に広がるデータの壁

Sansan
代表取締役社長
CEO/CPO
寺田親弘

 生成AIの導入が進む一方で、企業の現場では「期待したほど成果が出ない」という声が増えている。Sansanが実施した調査によれば、AIと社内システムを連携している企業の約9割が「AIが期待通りの精度を出さないことがある」と回答した。背景には、企業内に散在するデータの不整合がある。企業は平均23.3個のシステムを利用し、そのうち取引先情報を扱うシステムは平均10.6個に上る。部門ごとに異なるシステムが導入され、データ形式や項目がバラバラなまま蓄積されているため、重複や表記ゆれ、更新漏れが頻発する。

 特に、取引先データを扱うシステム間の連携状況を尋ねたところ、「一部のシステムは連携できているが手作業の更新も必要」「ほとんど/全く連携しておらず手作業が中心」と回答した企業が66%に達した。つまり、約7割が「システム間のデータ連携は限定的で、手作業の更新が発生している」と感じていることになる。手作業による更新はミスを誘発し、データの不整合をさらに拡大させる。

 Sansan 代表取締役社長/CEO/CPO 寺田親弘氏は「AIと社内システムを連携している企業の約9割が『期待通りの精度が出ない』と感じています。その背景には企業独自のプライベートデータが十分に整備されていない現状があり、こうしたデータの不整合がAI活用の成果を阻害しているのです」と指摘する。

 生成AIに営業戦略を問えば精緻な回答は返ってくるものの、一般論にとどまり、企業固有の状況を踏まえた示唆にはつながりにくい。「企業独自のコンテクストを踏まえた回答を得るには、正確で構造化されたプライベートデータが不可欠です」と寺田氏は強調する。AI活用の限界はAIそのものではなく、企業側のデータ環境にあるという見立てだ。

データ品質を支える仕組み
構造化が生むAI活用の土台

Sansan
執行役員
Sansan事業部 事業部長
小川泰正

 AIが高度化しても、入力されるデータが不正確であれば成果は出ない。寺田氏は、この根本的な課題を解決するためには、まず企業側がデータを扱える状態に整える必要があると強調する。つまり、AI投資の本質は「データの構造化」にあるというわけだ。

 こうした問題意識を背景に、Sansanはさまざまな新機能やサービスを展開している。まず、オンライン会議での顧客情報の取得を可能にする「Sansan Zoom連携」である。オンライン会議では名刺交換が行われず、相手の情報が残らないという課題があった。それを解決するのが、Sansan Zoom連携だ。参加者が入室時に会社名・氏名・役職・連絡先を入力することで、その情報を会議中に簡単に共有できるようになる。録画データとひも付けて顔写真を保存する機能も備え、オンライン会議でも対面と同様の情報取得が行えるようになった。

 さらに同社は、企業内に散在する取引先データを統合し、高品質な状態に保つための新プロダクト「Sansan Data Intelligence」も発表している。Sansan Data Intelligenceは、800万件超の企業・事業所データベースを基盤に、重複や表記ゆれ、更新漏れを自動で補正する。独自の識別コード「SOC」(Sansan Organization Code)を付与することで、同一企業を正確に識別し、複数システムに散らばるデータを統合できるのだ。

 こうしたデータ統合や品質向上の取り組みは、AI活用の成果を左右する重要な基盤となる。Sansan 執行役員/Sansan事業部 事業部長 小川泰正氏は「AI活用の前提はデータ品質です。正確なマスターデータがなければ、AIは誤った回答を返してしまいます」と強調する。

 企業の営業活動を支援する「Sansan AIエージェント」にも注目が集まる。商談相手の情報、過去の接点、社内の活動履歴などをAIが横断的に参照し、商談準備や提案内容の作成をサポートする。小川氏は「一人ひとりの社員に専属アシスタントがつくようなイメージです」と説明する。

 さらに、Microsoft CopilotやClaudeなどの生成AIツールとSansanを接続する「MCPサーバー」により、ユーザーは普段使っているAIツール上でSansanのデータを直接参照できる。UIを変えずにデータ活用を進められるため、企業にとって大きな利点となる。

SaaSの未来像と競争力
“データを貯める場所”としての価値

 AIエージェントの普及により、「SaaSは不要になるのではないか」という議論もある。しかし、スマートフォンのアプリが用途別に存在するように、名刺、請求書、契約書といった特定用途のSaaSは存続する。

 一方で、CopilotのようなAIに業務が集約される動きも進むという。同社では、SaaSは“データを貯める場所”、AIは“データを使う場所”として役割分担が進むとみている。

 また、日本市場は海外に比べてデジタル化が遅れており、中堅・中小企業では名刺管理すら導入されていないケースも多い。そのため、小川氏は「SaaS is Deadとは言えないでしょう」と断言する。むしろ、AIエージェントを切り口に複数サービスを同時に販売するパートナービジネスの拡大に期待を寄せているという。

 最後に寺田氏はSaaSの未来について「幻滅期もSaaS is Deadも、結局はデータをきちんと持っているかどうかです。ユーザー側もベンダー側も、データを使える状態で格納できているかが問われます」と話す。

 AI時代の競争力は、どのようなデータを、どう整備し、どう活用するかで決まる。Sansanのソリューションは、その未来を先取りするものといえるだろう。