松本 均さん
SIerでエンジニアとして受託開発を経験した後、株式会社ベイカレントコンサルティングを経て、楽天やYahoo!でECシステム、DMP、全サービスのログ統一などに携わった。その後、いくつかのスタートアップの起業に参画し、2020年に株式会社ROUTE06を共同創業、取締役として「Acsim」の事業責任やサービス展開を担当している。
https://route06.com/jp/

システム開発の要件定義をAIでサポート
──最初にROUTE06(ルートシックス)はどういう会社なのか、概要を教えてください。
松本 ROUTE06は、システムインテグレーター(SIer)や事業会社のIT部門・DX部門をターゲットに、AIでシステム開発をサポートするソリューションを提供する会社です。2020年に創業し、日本の大企業に対して、ITコンサルティングからシステム設計、開発、そして持続的な事業拡大まで一気通貫で支援してきました。
2025年の初頭に、従来のSIerコンサルティング事業とは別に、SaaS事業としてAI駆動型の開発プラットフォームを立ち上げました。それが現在のプロダクトにつながっています。
AIを活用した要件定義支援ツール「Acsim(アクシム)」を中心に、ビジュアルAIアプリビルダー「Giselle(ジゼル)」、データベース設計のための「Liam(リアム)」など、AIを活用した開発支援・業務改革を推進するツールを提供しています。
中でも『Acsim』は、構想整理、課題抽出、改善方針の提示、プロトタイプ生成、設計書の自動出力、開発稟議支援に至るまで、要件定義プロセス全体を一気通貫で支援する生成AIソリューションです。これにより、要件定義の属人性を排除するとともに、設計における再現性とスピードの両立を実現します。

「要件定義」とは何か
──「Acsim」は、「要件定義」を支援するということですが、そもそも「要件定義」とはどのようなことですか。
松本 「要件定義」は、システム開発において「何を作るのか」「どのような機能・性能が必要か」を明確にし、開発チームが共通認識を持てるようにする「大前提となる設計書」です。
家づくりで例えると、設計士が設計図を書き、そこから木材や建材を加工して、最後にそれを組み立てる業者がいますよね。この「設計」の部分が要件定義です。
システム開発の要であり、その後の工程はすべてその設計に合わせて進むので、ここでズレたり間違えたりすると、「全部やり直し」になることもあり、プロジェクト全体の品質、コスト、納期に深刻な影響を及ぼします。
要件定義で決めるのは、素材は何にするか、どう作るのか、誰が使うのか、といった「5W1H(When、Where、Who、What、Why、How)」を整理するような内容です。
従来は、「設計図を見せてお客さんに納得してもらう」という世界でした。「なんとなくOKそうだからOK」と言って、作った後に「思っていたのと違う」となることもありました。
しかし「Acsim」では、実際に動くプロトタイプをすぐに作れますので、プロトタイプを顧客に使ってもらいながら、修正、確認をくり返し、OKをいただいてから本番の開発を進めます。
要件定義の根幹は、ビジネスの目的や課題を整理し、それを実現するために必要な業務やシステムの姿を明らかにすることですが、これは非常に難しい領域です。なぜなら、システムについての知見だけでなく、ビジネス理解、仕様決定、関係者を巻き込んで推進していく力、マネジメント力など複数のスキルが必要だからです。
このスキルを持っている人は、ITコンサルティング業界でも上位1%以下といえるほど少なく、会社に数名しかいません。その結果、「要件定義はこの人に任せる」という属人化が起き、ノウハウは個人に溜まり、組織にはなかなか蓄積されません。
そこで登場したのが、要件定義をAIで支援する「Acsim」です。「Acsim」は属人化しがちな“要件定義”のプロセス全体を、誰もが再現可能なかたちで進められるようにするツールです。
簡単な業務フローであれば、一般的な生成AIでも作れるのですが、大企業の複雑な業務を整理するのは技術的な課題が多く、一般的にはまだ難しい領域です。私たちの「Acsim」はそこにフォーカスしています。
やり方としては、下記のようになります。
①現状の業務フロー(AsIs業務フロー図)を作成
担当者のインタビュー(自然な会話)をテキスト化し、そのテキストからAIによって「AsIs業務フロー図」(現状の業務フロー)を自動生成する。テキストは議事録やメモ程度でもOK。
②検討したい変更方針を入力
「承認プロセスの短縮」「SaaS導入による工数削減」など、業務の具体的な変更方針を入力すると、AIが変更計画のたたき台を作成する。
③確定した計画に基づき、業務フロー(ToBe業務フロー図)を構造化・設計
AIが「Acsim」上で「ToBe業務フロー図」(理想型の業務フロー)を作成する。業務の流れを整理・構造化する。
④「ToBe業務フロー図」のレビュー、品質チェック
システム開発で事故が起きやすいのは、例外処理や業務の矛盾など。こうした見落とされやすいポイントをAIが指摘して、追加ヒアリングすべき箇所を提示する。
⑤設計内容を元に、要件一覧やプロトタイプに展開
作成した「ToBe業務フロー図」に基づいて、「検討」→「構造化」→「意思決定」→「設計反映」までを一貫してサポート。開発・合意形成に着手できる体勢を整える。

要件定義を属人化させず、誰でもできるを目標に
──従来は、どのようにして「業務フロー図」を作っていたのでしょうか。
松本 ITコンサルティングのリサーチャーがクライアント企業に入り、業務を見たり、担当者にインタビューしたりしながら、「AsIs業務フロー図」を作っていました。この作業だけで、マネージャー、シニア・リサーチャー、ジュニア・リサーチャーなどの複数人のチームで数カ月にわたって活動していました。
ところが、「Acsim」を使うと、若手一人が1日インタビューし、それを「Acsim」に読み込めば、数分で「AsIs業務フロー図」ができあがります。さらにその「AsIs業務フロー図」を元に、議論できるようなリサーチ支援、方向性の相談、修正案の検討ができます。家づくりでいえば「縦長にするか横長にするか」「戸建てにするか、マンションにするか」みたいな話を、システム設計の段階でできるイメージです。
そして実際に動くプロトタイプを作成して、クライアントに試してもらい、議論しながら変えていく、というステップまで「Acsim」内で完結できます。


──要件定義に「Acsim」を使うメリットをまとめると、どういうことになりますか。
松本 まず要件定義にかかる時間を大幅に短縮し、人的コストも削減できることです。これまでは、「AsIs業務フロー図」を作成するのに数カ月かかることもありましたが、「Acsim」を活用すれば、この作業をほぼ1日で行うことができます。「Acsim」は、大きい案件を得意としており、平均して約10%のコスト削減ができます。仮に30億円の案件なら3億円のコスト削減になります。
次に、ノウハウの属人化を解消できる点も大きなメリットです。たとえば「ToBe業務フロー図」の作成は、これまではノウハウを持ったベテランに頼りがちでしたが、「Acsim」を活用することで若手でも一人で作成することができるようになります。さらに案件を処理する度に「Acsim」内にノウハウが蓄積されていくので、組織として要件定義の品質を向上させることができます。日本企業では、ノウハウが属人化していることが多く、ベテランの退職によって要件定義の品質が低下し、サービスを提供することが難しくなるケースもあるのですが、こうしたリスクも防止できます。要件定義のノウハウが属人化せず、再現性のあるプロセスとして組織に蓄積・継承できる点も、大きな利点です。
それに加えて、人材育成という観点でのメリットもあります。イメージとしては、「Acsim」を使えば、若手でも従来は品質10%ぐらいだった要件定義が60%ぐらいまでの完成度に引き上げることができます。ベテランであれば80〜90%の完成度も可能ですが、若手が一人で60%までの成果物を作れるようになればゼロから手取り足取り教える必要がなくなってくるので、人材育成のスピードが劇的にアップします。
従来のやり方では、若手が要件定義をする機会がほとんどありませんでした。「Acsim」を使えば、若手にもチャンスがあり、経験を積むことができるので、これまで一人前になるのに10〜20年かかっていたものが3年程度に短縮できる可能性もあります。
──現状の業務を改善するようなシステム開発で使用すると非常にメリットがあることがわかりましたが、まったく新しいビジネスモデルのような場合にも使えるのでしょうか。
松本 既存の業務がなにもない場合でも、どういうことをしたいか、それに対してどういう業務が必要か、どういうサービスが必要かということを「Acsim」に入力すると、それに合わせたサービス設計書を出力してくれ、業務フロー図やプロトタイプで試行錯誤しながら検討していくことができます。

カスタマイズが当然の日本だからこそ「Acsim」
──日本のIT化が世界に比べて「周回遅れ」といわれている理由の1つとして、レガシーシステムがいまだに残っていて、入れ替えが難しかったり、コストがかかったりすることが指摘されています。その大きな理由は、米国では多くの企業がパッケージシステムをそのまま採用していて、バージョンアップも容易なのに対して、日本企業ではパッケージシステムをそのまま導入することが少なく、自社の業務に合わせてカスタマイズしたり、オプションを追加したりするため、導入にかかる時間が米国の数倍にものぼるといわれています。「Acsim」は、日本のこうした状況にも効果を発揮しますか。
松本 私の持論を含めてお答えしますけれども、私は「カスタマイズそのものが悪」だとは思っていません。AIが進化する前であれば、システムを標準化することが、システム開発において楽に、しかも迅速にリリースできるという観点でよかったと思います。しかし、日本の競争力は、オペレーショナルエクセレンス(企業がオペレーションの効率性、品質、スピードを高めること)に支えられていて、カスタマイズによってそれを実現してきた面があると思っています。
例えば、キットカットという英国発祥のチョコレート菓子は、欧米では数種類しかないのに、日本には何十種類もあり、インバウンドに大変な人気がありますよね。欧米は市場のある程度の割合が取れればいいというビジネスですが、日本ではそういう細かいところまで取りに行くことが競争力になっていて、それはカスタマイズができることによって可能になっているのだと思います。日本企業の問題は、システムのカスタマイズそのものではなく、それを維持できるようなシステムのあり方にあると思っています。
「Acsim」に何ができるかという点ですが、要件定義を「Acsim」で行うことで、後工程でもAIを活用しやすくなり、開発コストを大幅にカットできるようになってくると思います。その結果、これまでカスタマイズを含めて3〜5年かかっていたようなシステム開発が数カ月、あるいは10年かかっていたシステム開発が半年でできてしまう。そうすると、これまで不利といわれていた「カスタマイズ」が、もはや不利な条件ではなくなりつつあります。
つまり、「Acsim」はシステムのカスタマイズが前提となっている日本企業にこそ、必要なツールだと思っています。
──ROUTE06が伊藤忠テクノソリューションズ(通称:CTC)とパートナー契約を結んだという発表がありましたが、これは御社にとってどんな意味がありますか。
松本 CTCと組むことによって、日本のエンタープライズ企業に対して「Acsim」の導入を促進できると考えています。私たちは要件定義のノウハウと「Acsim」を持っていますが、エンタープライズでどう活用させるかという知見はまだ不足している部分があります。
CTCはエンタープライズの現場知見や営業力を持っているので、導入を進めつつ、エンタープライズに必要な機能を私たちが作っていくことで大手企業への浸透を狙っています。

ミッションは日本全体のGDPを上げること
──最後に、これからの展望について、お聞かせください。
松本 当面の戦略は、「Acsim」のエンタープライズ企業向け機能を進化させていくことです。例えば、1000個規模の業務を取り込めるようにするなど、エンタープライズ企業のプロセスにフィットする機能やパフォーマンスを強化する、承認機能や履歴管理などを充実させる、といった方向です。
また、AIエージェントの質問に回答しながら要件定義を作っていくような機能を強化したいとも考えています。
大前提としてROUTE06のミッションは、システムインテグレーターをエンゲージメントして日本全体のGDPを底上げすることにあります。「Acsim」を使うことで、属人化しやすい要件定義のプロセスを改善し、開発期間や工数を大幅に短縮することが可能になります。結果として、開発全体のスピードアップと品質が向上し、それが日本全体に浸透していくことで、社会全体の生産性を世界水準にレベルアップし、さらにはそれを超えることができるはずです。ROUTE06は、そこを目指しています。


