企業のバックオフィス業務を効率化するSaaS「楽楽クラウド」を提供してきたラクス。同社はこれら楽楽クラウドの製品群に対して、AIエージェントの搭載を進めている。「SaaSがAIエージェントに置き換えられる」と言われる「SaaS is Dead」論が注目される今、SaaS市場で高いシェアを誇るラクスは、今後SaaSとAIエージェントをどう融合させていくのだろうか。これからのSaaSビジネスの可能性を聞いた。

経費精算システムに
AIエージェントを搭載

ラクス
業務部門
取締役
本松慎一郎

 ラクスが提供する楽楽クラウドは、経費精算システム「楽楽精算」や電子請求書発行システム「楽楽明細」、販売管理システム「楽楽販売」など、企業のバックオフィス業務をサポートする製品が中心だ。2025年10月21日には、問い合わせ管理システム「メールディーラー」を「楽楽自動応対」に、メールマーケティングサービス「配配メール」を「楽楽メールマーケティング」へ名称変更して楽楽クラウドへブランド統合することを発表している。楽楽クラウドブランドはバックオフィスだけでなく、フロントオフィス業務もサポートし、企業の業務課題や事業成長を支援するサービスへと進化を続けている。その進化の一つに、AIへの対応が挙げられる。

 ラクス 事業部門 取締役を務める本松慎一郎氏は「2025年12月1日から、AIを活用して経費精算を自動化する新機能『楽楽AIエージェント for 楽楽精算』のベータ版の提供をスタートしています。これは経費精算業務に必要な情報の入力補助をAIエージェントが補助するものです」と語る。

 楽楽精算は、前述した通り交通費や旅費、出張費などの経費にかかわる全ての処理を一元管理できるサービスだ。この楽楽精算では、これまでもスマートフォンで領収書を撮影すれば、AI-OCR機能で必要な情報をテキスト化できたり、交通系ICカードの情報を取り込むことで、手入力の手間やミスを削減する機能を提供してきた。これらの機能に加えて、楽楽AIエージェント for 楽楽精算を活用することで、AIが楽楽精算に蓄積された領収書データや事前申請伝票、クレジットカード明細、過去の申請履歴を横断的に解析・ひも付けし、申請伝票を自動作成する。

 例えば、これまでは外部研修の経費精算を行う場合、領収書を撮影してアップロードした後、事前申請した情報に対し、領収書の情報や法人向けクレジットカードの情報のひも付けを手作業で行う必要があった。楽楽AIエージェント for 楽楽精算の機能を活用すれば、申請者は登録した領収書を選択するだけで、AIがひも付けるクレジットカードの明細や事前申請の情報を照合してくれるため、手作業による申請はほぼ不要になる。

SaaSとAIエージェントが
協調してユーザーをサポート

 また冒頭に紹介した楽楽自動応対にも、AIエージェントの機能が実装されている。楽楽自動応対は顧客などからの問い合わせに対して自動応対を行うシステムだが、問い合わせの自動化を目指し、AIがメールの返信文案を自動生成する機能を2025年10月から提供しているのだ。

 こうしたラクスのAIエージェント機能の実装から見えてくるのは、「ユーザーをサポートする機能」としての役割だ。本松氏は「当社が提供するAIエージェント機能は、楽楽クラウドの製品の裏側でAIエージェントが動作し、その結果が申請情報として埋め込まれたり、メールの返信用フォームに埋め込まれたりします。つまり、当社のSaaSとAIエージェントが協調しているのです」と語る。

 通常、AIエージェントというとSaaSとではなく、ユーザーと対話を行うことで、人と協調して業務を行うサービスが思い浮かぶ。しかし、ラクスが提供するような経費精算をはじめとしたバックオフィス業務は、自然言語による指示を行おうとすると膨大な入力が必要になるという。「例えば、営業担当者がひと月に使用した交通費を入力する場合、使用した交通機関の情報をAIエージェントに逐一指示していくのは負担が大きいでしょう。当社はもともと、交通系ICカードの情報から交通費の情報を抽出して経費精算で処理できるような機能を搭載していますので、入力の負担を削減可能です。また交通系ICカードは交通機関での移動以外にも、物品購入にも使えます。交通費と物品購入費というのは、勘定科目や税金のかかり方が異なるため、正しく分類して処理する必要があります。こうした細かな処理が求められることからも、チャットインターフェースのAIエージェントでは対処が難しいでしょう」と本松氏は指摘する。ラクスのSaaSと協調するAIエージェントは、バックオフィスの細かな処理が求められる業務に適しているのだ。

楽楽AIエージェント for 楽楽精算を使用することで、経費精算が自動化できる。領収書データだけでなく事前申請伝票や、クレジットカード明細、過去の申請履歴などをAIが横断的に解析・ひも付けを行い、経費精算の申請伝票を自動で作成する。

AIエージェントの台頭が
クラウドサービスの導入を後押し

 本松氏は続けて“AIにできない業務”として「承認」を挙げる。「経費精算には、社員が申請し、上司が承認し、経理担当者が精算処理をするというワークフローが存在します。しかしここで承認を得るためには、どのような用途でこのお金を使ったかということを承認者に提示する必要があります。その申請に対して適切であるかを判断し、最終的に承認を行うのは人間にしかできません。特に企業のお金にまつわる情報は、最終的には税金にかかわるため、間違いが税金の未納につながります。生成AIには依然としてハルシネーションのリスクが存在するため、経費精算のような100%の精度が求められる業務を完全に任せるのではなく、得意不得意に応じたSaaSとAIの使い分けがポイントになります。SaaSがAIに置き換わるという“SaaS is Dead”論が注目を集めていますが、当社ではSaaSはAIエージェントと役割を分担しながら共存、進化していく“SaaS is NOT Dead”を提唱しています」と本松氏は強く語る。

 AIエージェントが台頭することで、これまでクラウドサービスの導入に二の足を踏んでいた企業が、導入する契機になる可能性があるという。

 本松氏は「当社の製品ポリシーは、お客さまの業務に寄り添い、現在の業務のやり方を踏襲しながらIT化・DX化を実現することです。生成AIの登場により、既存の業務方法を維持したままDX化できる幅が広がりました。クラウドサービスの導入や活用のハードルは大きく下がりますので、販売パートナーの皆さまにとっても大きなビジネスチャンスになるでしょう」とSaaSビジネスのこれからの可能性を指摘した。