ビジネスの現場でしばしば語られる「売れている」という言葉。今年4月1日にDynabookの代表取締役社長に就任した渋谷正彦氏は、その表現に違和感を示す。「製品は勝手に売れているのではありません。お客さまに価値を認めていただき、買っていただくものです」と語る。企業が導入するPCは単に性能や価格で選ばれる時代は終わり、顧客やパートナーとの信頼関係の中で選択される時代へと移り変わっている。ビジネスのかじを取る渋谷氏は、現在のPC市場はDynabookにとって追い風だと、これからのビジネス展開への意気込みを語った。
お客さま起点での価値創出と
現場に根ざした経営を推進

代表取締役社長
渋谷正彦 氏
編集部■国内B2B営業本部長や国内PC事業本部長、そして常務執行役員、取締役副社長などを歴任し、長年にわたり国内PC事業の成長に尽力されてきました。このたびの社長就任への率直な思いと今後の経営方針をお聞かせください。
渋谷氏(以下、敬称略)■社長就任に当たっては大きな責任の重さを感じるとともに、これまで培ってきた当社の価値を次の成長につなげていく、やりがいのある局面だと捉えています。
当社は1989年に「DynaBook」のブランドで世界初のノートPC(DynaBook J-3100 SS001)を世に送り出して以来、多くの変革を経験してきました。その中で培ってきた技術力やブランド力、お客さまとの信頼関係は今もなお大きな財産です。しかしながら市場環境は大きく変化しており、これまでの延長線上だけでは持続的な成長は実現できません。
これからのビジネスに求められるのは、お客さまに真正面から向き合うことです。現場で何が起きているのかを実際に見て、聞いて、感じ取ること、いわゆる「三現主義」を徹底して、お客さまやパートナーさまの声に真摯に耳を傾け、経営に反映していくことが持続的な成長の鍵になると考えています。
ビジネスの現場では「売れている」「売れていない」という言葉をよく耳にしますが、その表現に強い違和感があります。商品やサービスは勝手に売れているわけではなく、営業担当者がお客さまに提案させていただき、お客さまに買っていただける結果につながるということになります。
PCのビジネスに言い換えると、1台ごとにそれぞれ異なる物語があり、そこには売る側と買う側のそれぞれの思いがあり、また苦労があり、こうしたいろいろな状況や感情の中で仕事をしているはずです。
経営陣はこうした現場の人たちの努力をしっかり見なければならないと感じています。全ての社員が力を発揮できるよう、社員一人ひとりの状況に応じて役立つ情報と力を発揮できる仕組みを提供し、働きやすい環境を作ることで組織全体の底上げにつなげたいと考えています。
編集部■国内ノートPC市場において、2024年にブランド別でシェア1位(14.7% ※IDC調査)を獲得しました。PC事業の成長の要因を教えてください。
渋谷■当社のPC事業は、この数年で着実に成長を遂げています。売り上げは過去3~4年で約1,800億円から2,800億円へと拡大し、一定の成果を上げることができたと思っています。今後も安定した事業基盤の確立と、さらなる拡大を図っていきます。
法人市場では長期的な信頼関係やサポート力が重視されます。その中で当社のPC事業が成長を続けている要因は、大きく二つあると捉えています。一つ目は「顧客対応力」です。
当社はこれまでも現場に近いところでお客さまの声を捉えて、それを商品やサービスに迅速に反映してきました。この仕組みをさらに洗練させるために、2022年4月に国内事業トップとして事業を担当した際に、組織改革に着手しました。
具体的には従来の体制を再編し、首都圏・東日本・中部・西日本の全国4支社体制としました。それぞれの地域における権限委譲を大幅に進め、販売戦略の策定から人事、価格決裁などを現場に判断させるようにし、各現場で発生している事象を支社長が迅速に判断して機動的に対応できる組織に再編しました。
二つ目は「一体型の事業体制」で、開発・製造・販売・保守までを一貫して提供できる体制です。単に製品を提供するだけではなく、導入後の運用やサポートまでを含めて価値を提供できる点がお客さまの安心感となり、継続的な取引につながっています。
これら二つに加えて、当社はお客さまの現場に最も近い、全国各地のパートナーさまとのリレーション強化にも努めてきました。営業・サービス・技術が一体となり、パートナーさまとともに、お客さまの課題に最後まで向き合う、そういった対応力も当社の競争力の源泉です。
このような体制と対応の積み重ねにより、地域ごとのニーズに対しても、丁寧でスピーディーな対応が可能になっています。これらは当社の大きな強みとなっています。
「人に寄り添う」視点が
PCとビジネスに求められる
編集部■法人市場におけるPCへのニーズを含めて、Dynabookが考えるビジネスPCのあるべき姿をお聞かせください。
渋谷■昨年はWindows 10 EOS(サポート終了)に伴う大きな需要がありました。従来、EOS直後は需要減となる局面ですが、企業のお客さまからのPCやソリューションへの期待感は強く、それが強い需要として今も続いていると実感しています。その背景としてAIの普及が需要構造そのものを変えつつあるとみています。
AIは、もはや便利なツールではなく、企業の競争力を左右する重要な経営課題となっています。実際に企業の中でもAI活用を前提とした環境整備が進んでおり、新たに導入するPCもAI活用を見据えた選定が始まっています。
AI活用の効果をフルに引き出すには、より高い性能とともに、ビジネスを止めない頑丈さや、いつでもどこでも使える携帯性、安心安全なセキュリティが、より高いレベルで求められるようになっています。
またビジネスPCの選定において、デザイン性も重視されるケースが増えてきたと実感しています。これまでコンピューターは機械装置としての性能や安定性が求められてきましたが、ノートPCの場合には常に持ち歩き、いつでもどこでも仕事を止めない、ビジネスツールを超えた自分の相棒あるいはパートナーとなりつつあります。毎日利用する相棒だからこそ、より気持ちよく使いたい、心地良い存在でいてほしいといったニーズなのだろうと推察しています。
当社がこれまで提案してきた「ビジネスPCのあるべき姿」は、単に業務を処理するためのツールではなく、「業務の生産性を高められるPC」ということに尽きます。いつでもお客さまに寄り添ってお客さまの仕事を支え、価値創出に貢献する存在であることだと考えています。
これは当社が最も大事にしている考え方である、「人に寄り添うコンピューティング」の延長線上にあります。当社は長年、営業やサービスの現場でお客さまと向き合う中で、課題や本当のニーズは現場にあるということを学んできました。
単に高性能な製品を提供するだけではなく、お客さま一人ひとりの業務や使い方に適した形で価値を発揮してこそ、真に役に立つ存在になれると考えています。機能や性能だけでなく、使いやすさ、安心感、サポート体制、さらには業務そのものへの適合性までを含めて、お客さまの立場に立って価値を設計することが「人に寄り添う」ということだと考えています。
新たな顧客とニーズを取り込み
法人市場でのPC事業の成長を加速
編集部■これからの法人市場のビジネスチャンスをどのように捉えていますか。
渋谷■国内PC市場における今後のビジネスチャンスは、「AI活用の本格化による需要構造の変化」にあります。従来はOS更新に伴うリプレース需要が中心でしたが、現在はAIが普及し始めたことにより、まだ使用可能なPCであってもAI活用を前提に更新する動きが広がりつつあり、更新サイクルが変化しています。
既存のお客さまには、こうしたAIニーズの高まりを背景に、単なる製品提供にとどまらず、導入後の活用まで踏み込んだ提案を強化していくことが重要だと考えています。これまで培ってきた顧客基盤や営業・サポート体制を生かし、エンタープライズ企業、中堅中小企業、自治体、教育機関に対して、より付加価値の高い提案を行っていきます。
一方で新たなお客さまやニーズの取り込みが、今後の成長に向けた重要なテーマの一つであると考えています。特に若年層の新しい働き方や新しい学び方に向けたニーズにおいて、PCに求められる価値が変化しており、デザインやモビリティ、AI活用といった観点でのアプローチがますます必要になると認識しています。
またウェルビーイング経営の観点では、PC選定の際に社員が使いたいデザインが重視されるケースもあります。外出先で使うモバイルPC製品に関しては、これまでの携帯性に加えてカラーやデザインにも注力するよう、商品担当チームに指示しています。
PC単体の販売に依存しないビジネスモデルの構築に向けて、ソリューション事業の強化を進めています。ソリューション事業の売り上げは全体の約1割、金額ベースで約100~140億円規模まで成長しており、事業の柱の一つになりつつあります。
具体的には生成AIの導入支援や業務特化型AIサービスの提供、ドライブレコーダーとクラウドを組み合わせたデータ利活用など、エンドポイントデバイスを起点としたサービス型ビジネスを展開しています。
狙いとしては単にハードウェア製品を提供するのではなく、お客さまの業務や経営課題を解決するサービスおよびソリューションを含めた幅広い価値を提供することです。
ソリューション事業はPC事業とのシナジーが非常に大きいと考えています。PCはお客さまの業務の入り口となるエンドポイントデバイスであり、ユーザーおよび業務に最も近い存在です。この「顧客接点」を起点に、AIやクラウドサービスを組み合わせることで、より実効性の高いソリューション提案が可能になります。
業務改善やデータ活用といったPC提供の「次の価値」を提案できるのは、当社の優位性だと考えています。AI PCのラインアップ拡充に加えて用途や業種ごとのニーズに応じた最適な製品設計を進め、AIやソリューションを組み合わせて、お客さまの課題解決に踏み込んだ価値提供を強化していきます。
また全国のパートナーさまとの連携を一層深めながら、新たな領域の顧客接点を創出していきます。現場から直接情報が上がる体制をさらに強化し、お客さまの課題を迅速に把握して提案につなげる“現場起点の営業力”を磨いていきます。

パートナーとの連携を深化させて
地域ごとのきめ細やかな対応を実施
編集部■法人ビジネスへの取り組みにおいて、ディストリビューターや販売パートナーとどのように連携することで成長を目指すのですか。
渋谷■当社の成長において、ディストリビューターさまや販売パートナーさまの存在は、単なる販売チャネルではなく、事業をともに推進する重要なパートナーであると考えています。法人市場では地域ごとの業種特性や運用環境に応じたきめ細かな対応が求められるため、より現場に近いパートナーさまの存在が不可欠です。
製品を販売していただけるだけでなく、お客さまとの日々の接点を通じて得られた課題やニーズなどの貴重な情報をご提供いただける重要な役割も担っておられると考えています。パートナーさまが安心してお客さまにおすすめいただけるメーカーになれるよう、パートナーさまを通じて得られるお客さまの情報を、当社の商品企画や営業対応につなげる仕組みを強化していきます。
すでに全国をエリアごとの支社・支店体制でカバーしていますが、各地域の歴史的背景や市場特性などを踏まえて、多様なお客さまのニーズに応じた提案力を高めるために、パートナーさまと一体となった営業活動をさらに深化させていきたいと考えています。
さらに当社単独ではカバーし切れない領域にもダイワボウ情報システム(DIS)さまの全国を網羅する販売ネットワークとパートナー基盤を通じて、より多くのパートナーさま、より多くのお客さまに価値を届けることができ、当社の事業成長に極めて重要な役割を担っていただいています。今後は「価値をともに創るベストパートナー」として、AIやソリューション領域を含めたより広い範囲で連携を深めることで、成長を加速できると期待しています。
PC事業には部材価格の変動などの不確実要素もありますが、AIの普及を新たな成長機会と捉え、台数を伸ばすだけではなくニーズの変化に応じた付加価値提供を重視した事業運営を進めて継続的な成長を実現します。
編集部■ありがとうございました。

