顧客の9割を占める法人への販売が好調
今後も法人向けPCビジネスへの注力を続ける
ソニーのPC事業が独立して設立されたVAIOが設立10周年を迎えた。設立当初は国内事業に絞り機種数を限定するなど、ソニー時代の事業規模を大幅に縮小して再スタートを切ったが、「VAIOらしさ」というものづくりへのこだわりが支持され、多くのファンを獲得して事業を伸ばしてきた。そして次の10年に向けて飛躍を目指す矢先に、予想だにしなかったニュースが飛び込んできた。ノジマがVAIOの発行済み株式の93%を取得し、2025年1月6日付でVAIOがノジマの子会社となるという。VAIOの代表取締役社長 山野正樹氏に、今後の経営環境と成長戦略を伺った。
新製品で具現化された
三つの商品理念へのこだわり
編集部■昨年11月にVAIOの株主が変わると報じられ、今後の経営方針などに大きな注目を集めています。株主変更後のVAIOの経営方針や経営体制についてお聞かせください。
山野氏(以下、敬称略)■まずパートナーの皆さまにお伝えしたいことは、「安心してください。今までと何も変わりません」ということです。
VAIOの独立性は尊重され、社名やブランド、安曇野市の本社工場での高品質なものづくりはもちろん、経営執行陣、お客さまやパートナーの皆さまとの関係も変わりません。
今回発行済株式の約93%にあたる株式をノジマグループが取得することとなりました。ノジマのグループ会社となることで、VAIOのビジネスが個人向けにシフトするのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、法人さま向けPCビジネスに注力する事業運営方針に一切の変更はありません。
私も代表取締役として続投し、これまで以上にダイワボウ情報システム(DIS)さまと全国のパートナーの皆さまのご期待にお応えできるように、より一層邁進してまいります。
編集部■昨年は10 月31 日に発売したモバイルPC の新製品も注目されました。この新製品は細部に至るまでこだわり抜いた自信作だと伺っています。新製品の特長を教えてください。
山野■VAIOのモバイルPCの最上位機種として、法人向けに「VAIO Pro PK-R」を発売しました。CPUにインテルの最新のCore Ultra シリーズ2ではなく、Core Ultra(開発コード名:Meteor Lake)を搭載しています。本来ならば半年前に発売できた製品ですが、開発に時間をかけてVAIOのモバイルPCを代表する最高の製品に仕上げました。
我々はVAIOの製品に共通する価値として三つの商品理念を掲げています。一つ目は「カッコイイ(Inspiring)」です。PCは仕事で常に使う道具であり、それがカッコよければ仕事へのモチベーションにつながります。二つ目の「カシコイ(Ingenious)」は使う人の生産性向上に貢献する仕組みや機能を備えていることです。そして三つ目の「ホンモノ(Genuine)」は品質の高さを意味します。
これら三つの商品理念は過去のVAIOの製品を見たり、製品へのこだわりについて社員の話を聞いたりする中で、私自身が煮詰めて抽出したエッセンスであり「VAIOらしさ」とは何かを表現しています。VAIOの製品に対してカッコイイという言葉は社内の多くの人が使っていますが、カシコイやホンモノという言葉は社内であまり使われていませんでした。しかし言葉で言い表すと、社内の皆が納得しています。
新製品のカッコイイへのこだわりは、筐体の洗練されたデザインとカラーリングに加えて、細部の仕上げにも至っています。例えば従来は筐体表面のパネルに線がありました。筐体にカーボンを使っているのですが、内蔵されるWi-Fiのアンテナに電波を通すために、パネルの一部に樹脂を使用しており、異なる素材の接合部につなぎ目が生じてしまうからです。
しかしこの線がデザインの観点から美しくないため、パネルを一体成型することで接合部の線を消しました。カーボンと樹脂という異なる素材を一体成型するのは難しくコストもかかりますが、カッコイイにこだわりました。
カラーバリエーションにはファインブラックやブライトシルバーというスタンダードな筐体色に加えて、ディープエメラルドやアーバンブロンズというビジネスにフィットしつつ、わくわくするような筐体色も用意して選ぶ楽しさを提供しています。さらに個人向けで提供している「勝色」という人気色も、ご相談いただければ法人さまからの注文も個別にお受けしています。
編集部■VAIO製品の価値としてカシコイ、ホンモノという表現は分かりやすいですね。新製品のカシコイへのこだわりも教えてください。
山野■仕事であってもプライベートであっても、あらゆるシーンで快適に使えることがPCに求められる重要な価値です。それに応えるには高い性能を備えていることに加えて、新製品では利用シーンに応じた機能強化をしています。
例えばオンライン会議を利用する際の音声をクリアにするAIノイズキャンセリングを強化しました。従来の製品にもAIノイズキャンセリングを搭載していますが、ユーザーの声を優先的に拾うプライベートモードに設定しても、PCの向こう側にいる人の声を拾ってしまうことがありました。
新製品では三つのマイクを搭載することで、ユーザーの声のみを拾うようにしています。これによってオンライン会議がより効率的に行えるようになり、ユーザーの生産性が向上します。
このほか14インチの画面のアスペクト比を16:9から16:10に変更して高解像度でも文字を見やすくしたこと、従来機種に対して100グラム軽量な最小構成で948グラムを実現して携帯性を高めたこと、さらにキーボードの打鍵音の静音化をレベルアップするなど、カシコイにも徹底的にこだわっています。
ホンモノへのこだわりは、品質へのこだわりです。本社と生産拠点がある(長野県)安曇野で日本品質のものづくりへ真摯に向き合っており、例えば検品は抜き取りではなく全品を検査しています。品質に徹底的にこだわったホンモノであることが、VAIOへの信頼につながっています。

代表取締役
執行役員社長
山野正樹 氏
プレミアムニッチから脱却して
Windows PCの定番で活路を見いだす
編集部■VAIOのファンの多くは業界トップクラスの高性能や真っ黒な筐体など、いわゆる「尖った」製品を好む傾向があり、VAIOもそれに応えてきました。先ほどの三つの商品理念によって、これまでの「VAIOらしさ」をどのように変化させていくのでしょうか。
山野■おっしゃる通りこれまでもVAIOは最高の性能と最高の品質にこだわってきました。それが「VAIOらしさ」と理解していただき、多くのファンを獲得することができました。しかし最高にいいものを作ればいいという考え方に集中するあまり、プレミアムニッチの領域でのものづくりが中心となっていました。
これを続けていくと売れる台数が減ってしまい、規模が縮小することでコストが上がってしまいます。すると製品の値段も上げざるを得ません。VAIOを支えてくれているファンであっても手が出せなくなり離脱してしまいます。そしてさらに売れる台数が減って、コスト高になって値段が上がってしまいます。私が社長に就任した当時、VAIOはこの「負のスパイラル」に陥りかけていました。
その状況を打破するためにVAIOの価値をリーズナブルな価格で提供することに取り組みました。お客さまに「この製品はVAIOだよね」と言ってもらえるVAIOらしさを備えたリーズナブルな製品を開発することは、最高の技術を集めて高価な製品を作ることよりもはるかに難しく、VAIOの開発者にとって非常に厳しいプロジェクトでした。
その苦労が実って2023年6月に個人向けの「VAIO F14 / F16」と法人向けの「VAIO Pro BK / BM」を発売しました。これらの製品はVAIOらしさを損なわずに手が届く価格帯で良質なPCであり、「Windows PCの定番」という位置付けで市場にアピールしています。
VAIOの上級機種と定番機種を並べても見た目は大きく変わらず、ぱっと見て誰もがVAIOの製品だと分かります。液晶を開けるとパームレストがチルトアップする機構を備えており、高価な部品を用いたキーボードの打鍵感も上級機種とさほど変わりません。AIノイズキャンセリングなどのソフトウェアによる機能も上級機種と同一です。
コストを下げている部分としては、例えば筐体は金属のように見えますが樹脂を使っており、強度を持たせるために重量が増えています。またバッテリーセルに標準の部品を使っているため厚みがあり、上級機種よりも筐体が厚くなっています。しかし先ほど申し上げた通り、定番機種であってもVAIOらしさは損なっていません。
VAIO Pro BK / BMが市場に受け入れられたことと、DISさまと、DISさまの全国のパートナーさまとの協業がこれまで以上に強固となったことで、これまでVAIOの製品を扱っていなかったパートナーさまがVAIOを提案してくれるようになりました。
その結果、法人のお客さまの開拓が進み、現在ではVAIOのお客さまの9割が法人のお客さまです。またこの2年間で売上高が約2倍に成長し、2025年5月期に売上高500億円という目標達成に向けて順調に推移しています。


高い満足度を生かして
法人販売を足がかりにシェアを伸ばしていく
編集部■今後の成長における課題と、それに対する取り組みを教えてください。
山野■当社が独自に実施した企業のPC導入関与者向けの調査で、企業に所属する人に対して法人向けのPCのブランドを三つ挙げてくださいという設問への回答において、VAIOが入る確率はわずか3.9%でした。この数字は国内法人市場におけるVAIO製品のシェアと同じくらいだと捉えています。なぜなら自社で使っているPCのブランドが最もなじみがあり、それが設問の回答に反映されるからです。
しかし自分が使っている商品やサービスをほかの人に薦めたいかどうかというネットプロモータースコアと呼ばれる調査では、ほかの人に薦めたい製品においてVAIOは2位に位置し、VAIOの製品に対する満足度が非常に高いことが分かります。ちなみに1位はAppleでしたので、Windows PCではVAIOが1位ということになります。
この調査結果から企業がVAIOを採用してくれれば、その会社の社員がVAIOを知らなくても仕事で使うことでVAIOに満足していただき、自宅でもVAIOを使ってもらえるかもしれないですし、家族にもVAIOの価値が伝わるかもしれません。こうしてVAIOの認知の裾野が広がっていくことで、市場における絶対数が増えていくと考えています。ですから企業への導入に力を入れていくことが、さらなる飛躍への足がかかりとなります。
先ほどの調査結果の通り、仕事で使っているWindows PCに多くの人が満足していません。一度でもVAIOを使ってもらえたらその価値に満足していただけて、ずっと使い続けてくれると考えています。VAIOは選択肢の中で決して最安値ではありませんが、VAIOに触れてもらえれば選んでいただけると自負しています。
VAIOは高品質なPC製品で使う人の生産性の向上を追求してきましたが、PC本体だけではなくPCを取り巻く周辺機器やサービスも皆さまにもっと提供したいと考えています。その根底にあるのは「VAIOはPCを中心にしたユーザーの執務環境をより快適なものにしていきたい」という思いです。
言い換えれば、VAIOはエンドユーザーのよき“相棒”として皆さまの生産性を格段に向上させる道具を提供していきたいのです。そうした発想で生まれたのが昨年7月1日に発売した約325gという軽さを実現した世界最軽量※ のモバイルモニター「VAIO Vision+」です。
VAIO Vision+ は軽くすることが目的ではなく、軽くすれば持ち歩いてどこでも2画面で快適に仕事ができるようになり、お客さまの生産性が向上します。大変便利な“相棒”として活躍してくれると思うので、PCと同様にぜひ手に取って使っていただきたいですね。
※14.0インチワイド以上のモバイルディスプレイにおいて。2024年6月14日時点 ステラアソシエ調べ。