三つの柱で構成するITX for Educationで
日本の教育現場に提供する新たな価値とは
アマゾン ウェブ サービス ジャパンは2025年10月23日、教育DX推進支援に向けた包括的支援プログラム「AWS ITトランスフォーメーションパッケージ教育版」(ITX for Education)提供を開始した。当日の記者説明会では、同社の教育DXの取り組みと、ITX for Educationが提供する価値を解説すると同時に、名古屋市教育委員会と愛媛県教育委員会の活用事例が語られた。その内容を紹介していこう。
教育現場が抱える
三つの課題を解決する

執行役員パブリックセクター技術統括本部長
瀧澤与一 氏
今や多くの企業がそのインフラとして活用しているパブリッククラウドサービス「Amazon Web Services」(以下、AWS)。そのクラウドサービスを日本国内向けに提供しているアマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン) 執行役員パブリックセクター技術統括本部長 瀧澤与一氏はクラウド市場を次のように振り返る。「クラウドサービスが普及した当初はコスト削減や効率化が重視されていましたが、最近では価値創造の実現に重きが置かれています。クラウドサービスの最大の価値は『テクノロジーの民主化』と『データの民主化』です。この二つの民主化の実現によって、地域社会は日本社会が良い方向に変化していくのではないかと考えています。それはもちろん、初等中等教育の現場においても同様です。AWSジャパンでは一貫して、日本の初等中等教育の課題に向き合い、ソリューションを提供し続けてきました」
瀧澤氏は文部科学省が2025年6月13日に発表した「教育DXロードマップ」において、教育DXのミッションとして「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」、教育DXのビジョンとして「学ぶ人のために、あらゆるリソースを」が掲げられていることを示し、「当社もこのミッションとビジョンの共感し、これらに必要なサービスを提供していかなければならないと感じています。一方で、初等中等教育現場にはいくつかの課題も存在します」と指摘し、以下の三つの課題を指摘した。
一つ目に「教職員の業務負担が高く、子供たちと向き合うことに専念できない」。二つ目に「多様な学びのための学習環境がまだ整備されていない」。三つ目に「教育データが活用されておらず、教員によるエビデンスに基づいた指導、学習者の自己理解が不十分」といった課題がある。
これら三つの課題をカバーする包括的支援プログラムとして、同社は「AWS ITトランスフォーメーションパッケージ教育版」(以下、ITX for Education)の提供をスタートする。ITX for Educationは「次世代校務DX推進」「多様なEdTechサービスの提供」「生成AIによる教育データの分析・活用の推進」の三つの柱で構成されている。
瀧澤氏は「校務DXを進める上では、数年単位にわたってさまざまな検討を重ねながら、新しいシステムへの刷新を進めていく必要があるでしょう。そのために最初に行うのがアセスメントです。校務支援システムのクラウド化を進めるために重要となるクラウド化による費用対効果の検証や、実現性の検証をさまざまなタイプのアセスメントで支援していきます」と語る。
アセスメントによって課題を可視化した後は、その課題解決の方向性を見いだすことが重要になる。AWSジャパンのITX for Educationではアセスメント以降のクラウドへの移行計画・立案や移行・運用に至るまでの包括的な支援プログラムも提供する。例えばセキュリティ要件への対応では「ゼロトラストネットワーク対応支援」によって、校務支援システムや各種SaaSの利用を安全に制御し、次世代の校務DX化を支援する。これらのプログラムは多くが無償で提供されるが、クラウド人材育成を支援する「クラウド人材トレーニング」なども提供される。


生成AIを教育で活用するリスクを
解消したAIエージェントを展開
児童生徒の学習を支援するEdTechサービス。これらのサービスの基盤としてAWSが活用されているケースは多いという。例えば授業支援を行える「ロイロノート・スクール」「Classi」「tomoLinks」や、デジタル教材「ラインズeライブラリアドバンス」「みんなにもっとNIMOT!」などだ。またデジタル採点を行える「百問繚乱」や保護者連絡・集金ツール「tetoru」「Comiru」など、教職員の負担軽減に寄与するEdTechソリューションもAWS上で提供されている。AWSジャパンでは教育現場が抱えている課題に応じて、これら多様なEdTechサービスを導入するための支援を行う。
生成AIが多くのシーンで活用が進む中、教育現場でも校務と学習の両面から検証が進められている。生成AIを活用することによるメリットは非常に大きい一方リスクも存在するため、教育現場でも本格的な活用には慎重さが求められる。瀧澤氏は「当社では20年以上にわたりAIに取り組んでおり、生成AIについても安全に使えるサービスを提供しています。特に『Amazon Bedrock』というサービスは、国内にデータを閉じた状態で『Amazon Titan』やAnthropicの『Claude』、OpenAIの『gpt-oss』といった基盤モデルを活用できます。またAmazon Bedrockには、ハルシネーションのリスクを軽減する『ガードレール』機能も提供されており、国内にデータを閉じながらハルシネーションリスクを低減した生成が行える点が特長であり、教育現場にも有効に活用できるポイントであると考えています」と語る。
瀧澤氏は同社のサービスを組み合わせたデータ利活用と生成AIの活用支援例として、「データ分析エージェント」と「教材作成エージェント」という二つのAIエージェントを紹介した。
データ分析エージェントは、様々なシステムから集めたデータを自然言語で分析できるツールだ。「Amazon Redshift」に保存された成績データに対して自然言語でクエリを実行することで、実際のデータを分析し、クラス単位や個人単位でのネクストアクションを提示してくれる。
教材支援エージェントはAIエージェントがコンテンツを思考し、小テストや補助教材などの教材を生成する。「Amazon Bedrock エージェント」に検索ツールや学習指導要領のRAGなどを組み合わせることで教材を生成するため、ハルシネーションを抑えて高い品質の教材生成を行える。「これらのサンプル実装をもとに、セキュリティ、スケーラビリティ、信頼性を備えた本番環境で使えるよう、教育現場のお客さまと対話をしながら検討を進めていきたいと思います」と瀧澤氏は述べる。

AWS環境を用いた教育DX事例を
名古屋市と愛媛県の教育委員会が講演

事務局
教育DX推進課
天野 望 氏
説明会では、実際にAWSの環境を用いて教育DXを推進する名古屋市教育委員会および、愛媛県教育委員会の取り組みも紹介された。登壇した名古屋市教育委員会事務局教育DX推進課 天野 望氏からは校務DXの観点から、同市の取り組みが語られた。天野氏は「名古屋市では、三つの観点から校務DX推進を決めました。一つ目に教育データ利活用推進、二つ目にセキュリティ強化・レジリエンスの向上、三つ目の教員の働き方改革です。これらを達成することで子供の教育環境をよりよいものにしていきたいと考えており、実現に向けて校務支援システムを全てAWSのクラウド上に移行することを決めました」と語る。クラウド基盤としてAWSを採用した背景には、古屋市のガバメントクラウドですでにAWSを採用していることや、シェアの高さといったサービスの優位性が挙げられた。この校務系システムにはゼロトラストネットワークを介して接続することで、セキュリティも担保する。
名古屋市教育委員会では2025年7月からクラウドベースの新たな校務系環境で運用を進めている。まだ導入から日が浅いため具体的なデータ利活用やレジリエンス強化に関する意見は少ないものの、出張時にでも校務が行えるため今までより柔軟な働き方が可能になった点や、職員室から端末を持ち運んで校務を行えることから、教員間のコミュニケーションが活発化したという意見が見られたという。名古屋市では今後、校務系と学習系のデータを連携させ、ダッシュボードで一元的に可視化することで、教員が子供の兆候をいち早く察知し、最適なサポートを提供できる環境構築を目指すという。

事務局 指導部
義務教育課 主幹
谷口京子 氏
愛媛県教育委員会からは事務局 指導部 義務教育課 主幹 谷口京子氏が登壇し、同県で活用されている「えひめICT学習支援システム(EILS:エイリス)」の活用が紹介された。ELISは2021年度にシンプルエデュケーションと共同で開発したCBTシステムで、児童生徒の学習成果と課題を早期把握し個別最適な学びを実現するとともに、教員の採点・集計業務の負担を軽減することを目的としている。データの保存・管理にAWSのクラウド基盤を採用し、安全な保管・活用・共有と安定稼働を実現しているという。2022年度からはCBTシステムと連動した読書通帳アプリ「みきゃん通帳アプリ」やタイピング検定アプリ、タイムトライアル、ランキング表示などの機能を開発し、愛媛県内の全公立学校で本格運用をスタートした。2024年度には紙のテストを自動採点する「EILS-PBT」も試験導入し、CBTだけでなくPBTの結果もEILS上で一元管理できるようになった。
谷口氏はELISの活用状況について「校内の7割以上の教員が活用している学校の割合を調査したところ、2022年11月時点で55%だった割合が、2024年9月時点では78.2%と多くの学校で教員の活用が進んでいることが分かります。また全ての学校で、テストや宿題、課題のためにEILSが活用されており、理科の化学式テスト、英語の単語テストなどのほか、中学校では教員が自作問題をCBT化して定期テストで活用することも増えています」と語る。
ELISの導入により、全国学力・学習状況調査の「個別最適な学び」に関する質問項目の児童生徒からの肯定率が増加傾向にあるという。またEILS-PBTの導入により9割以上の教員が業務負担の軽減を実感しており、1クラスの採点時間が半減したという報告もある。谷口氏は「今後の取り組みとして、読解力向上のための読解力検定アプリの開発や、英語力向上のためのスピーキングチェック機能、リスニングチェック機能、英会話データ録音機能の開発を進めています。また、生成AIを活用した英会話練習ができるフリートーク教材の搭載も計画しています」と語った。






