日本政府が推進する国家規模の挑戦的研究開発プロジェクト「ムーンショット型研究開発制度」。日本発の革新的技術や社会システムの創出を目指し、2050年を目標年として10の目標が掲げられている。そのムーンショット目標3に当たるのが「AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」であり、現在八つの研究開発プロジェクトが進められている。その内の一つ「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群」では“人に寄り添う”ことにフォーカスしたAIロボット群の開発に取り組んでいる。プロジェクトマネージャーを務めている東北大学 大学院工学研究科 ロボティクス専攻 教授の平田泰久氏に、本プロジェクトの現在地を聞いた。
人の“やりたい”を技術が引き出す
「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群」の研究開発プロジェクトでは、さまざまな場所で利用でき、ユーザーに合わせて形状や機能を変化させる「適応自在AIロボット群」の開発に取り組んでいる。2050年までに、人とロボットの共生によって全ての人が参画できる活力ある社会「スマーター・インクルーシブ・ソサエティ」の実現を目指している。
適応自在AIロボット群というコンセプトの背景には、プロジェクトマネージャーの平田氏が以前研究していた「足こぎ車椅子」の存在がある。「これはもともと、東北大学の医学部の教授が開発した車椅子です。普通の車椅子は介助者が後ろから押したり、車椅子に乗っている人自身が手こぎしたりすることで移動しますが、足こぎ車椅子は自転車のように、乗っている人が足でペダルをこぐことで移動します」と語る。
通常、車椅子は足が不自由な人の移動を補助するものだ。そういった人が足こぎ車椅子で移動することは可能なのだろうか。平田氏は「足こぎ車椅子を使うと、半身に麻痺があるような人でも、どちらの足に麻痺があるのか分からないくらい移動することが可能になりました」と振り返る。
その後、足こぎ車椅子はフランスとの共同研究に発展し、パワーアシストやブレーキなどの補助機能も実装された。そうした補助機能があることで、両手両足に麻痺がある人でも、足こぎ車椅子で移動できるようになったという。
「この足こぎ車椅子で移動できるようになった人は『まだまだ自分は動ける』という自信がつき、外に行きたいとか、買い物をしたい、スポーツをしたいといったように“活動に参加する”という能動的な姿勢が生まれるようになりました。また実際、この足こぎ車椅子を使ったことでリハビリにも力が入り、最終的に杖で歩けるようになった人もいました。この足こぎ車椅子のようなロボットを使い、ロボットで人の行動や思いを変えられないかという思いから、今回のプロジェクトに取り組んでいます」と平田氏は語る。
人に寄り添うさまざまな“Nimbus”
それでは、今回のプロジェクトで開発を進めている適応自在AIロボット群とはどういった存在なのだろうか。平田氏はこれらのAIロボット群のイメージを次のように語る。
「目指しているのは“みんな違ってみんないい”という社会です。それを実現するために開発を進めているのが、雲のようにさまざまな形に変形し、人を優しく包み込みながらユーザーの主体的な行動をアシストする『Robotic Nimbus』(以下、Nimbus)。Nimbusには、『神の周囲を取り巻く光の雲』や、西遊記の『筋斗雲』の意味があります。雲のように人の周りに違和感なく存在しながら、人のやりたいことを支援してくれるAIロボット群として、Nimbusという名称を付けています。ロボットというと人型のイメージがあると思いますが、私たちロボット研究者はセンサーとモーター、コントローラーが搭載されている機械はロボットだと定義します。例えば自動運転の車や洗濯機も、定義上はロボットですので、個人的にはロボットという名称ではなく、“Nimbus”という名称を普及させたいですね。今回のプロジェクトも人型にこだわらず、個人の挑戦を後押しするさまざまな形状のロボットの開発に取り組んでいます」と語る。
例えば「Nimbus Holder」というカテゴリーのロボットは、ヒトやモノを優しく包んでしっかり支えることをコンセプトに開発している。人が立ち上がったり、移動したりすることを優しく後ろから支えたり、ホールドしたりすることで動作をサポートするのだ。人を包み込む柔らかさと、体重を支える丈夫さを両立させている。
「Nimbus Wear」は、普段着と変わらない軽さや着心地で着用しながら、人の状態を読み取って、動きなどをアシストすることをコンセプトにしている。重いものを持ったり、動かしにくい四肢の動きをサポートしてくれたりするようなロボットだ。
「Nimbus Limbs」は目的に応じて変化したり、拡張したりする四肢を実現することをコンセプトにしており、伸縮することで人の動きをサポートする。トイレなどで人の立ち上がりを補助したり、ズボンの上げ下げを補助したりするものだ。
本プロジェクトではロボットというハードウェアを開発する「適応自在AIロボット開発」に加え、適切な状況判断・把握を行えるAIを開発する「人・ロボット共進化AI開発」、これらの適応自在AIロボット群の社会実装に向けた取り組みを行う「共進化AIロボット群社会実装」の三つの研究開発を、相互に連携して進めることで、人に寄り添いサポートする適応自在AIロボット群の開発を進めている。
「重視しているのは、人ができないことをロボットが全てやるのではなく、“できた!”という成功体験を作り上げることをロボットがサポートすることです。例えば片麻痺で右足が動けない人に対しては、右足のズボンを履く動作はロボットが手伝い、左足の動作は自分自身でやってもらうといったようなサポートを行います。成功体験を積み上げるという意味では、VRの活用も有効です。このような人に合わせた難易度を導き出し、人をやる気にさせるという点に適応自在AIを使っており、現在開発を進めています」と平田氏。

最適なサポートを導くAIへ
この適応自在AIは、人がこれから行う作業の状況や周囲の環境情報、人のライフログデータなどを蓄積しながら、できることできないことを自動的に判定して、その人に最適なロボットを導き出す。ロボットというハードウェアだけでなく、設定パラメーターなどもAIが導き出すことで、人の成功体験を積み重ねるための最適なサポートを行えるようになる。
「例えば、足に障害がある高齢女性が家で過ごしている中で、調子が良い日は杖で外を歩くことを提案したり、遠くまで移動する日は車椅子での移動を提案したりといったように、その日の体調、環境、スケジュールに合わせたサポートを提案するような仕組みです。こういった未来を実現するためには、家庭の中にさまざまなセンサーデータが必要になるのでは? と考えるかもしれませんが、現在も家庭の中にさまざまなIoTデバイスが設置されていますし、スマートウォッチを利用して生体情報を取得している人も少なくありません。これらのデータを活用すれば、全く新しい家を建てなくても、これに近しい環境の構築は可能になるでしょう」と平田氏。
適応自在AIロボット群の取り組みは現在、東北大学にある「青葉山リビングラボ」や、今回のプロジェクトにも参画している国立長寿医療研究センターの「リビングラボ」などを活用し、介護施設での活用に向けた検証を進めている。
「今回のムーンショットプロジェクトは2025年で初期研究開発期間が一区切りつきますが、今後も研究をさらに発展させていきたいです。特に、ヘルスケアデータも含めたさまざまなデータが日々蓄積されていますが、それらのデータは専用アプリからしか見られません。それらを標準化し、データを読み取ることができるようになれば、今回研究開発をしているようなロボットの適応の部分はクリアできるのではないかと思います。またChatGPTをはじめとしたLLMの発展も目覚ましいため、このLLMも組み込んでしゃべりながらパラメーターを設定するようなインターフェース開発も目指していきたいと考えています。将来的には高齢者のみならず、赤ちゃんから高齢者まで様々な世代の人と共生し、人生に寄り添うような存在となるように、2050年のゴールに向けて研究を進めていきます」と平田氏は展望を語った。






