Shippioは「産業の転換点をつくる」というミッションの下、日本初のデジタルフォワーダーとして業界の変革をけん引する企業だ。自ら国際物流業のライセンスを保有し、老舗通関会社のM&Aを通じて熟練の現場ノウハウを直接取り入れるなど、物流の「実態」を深く理解した上でプロダクトを磨き上げている。そんな同社が生成AI大賞2025で披露したのが、この現場知見の結晶ともいえる「多層AIエージェント構想」だ。単なる業務効率化を超え、国際物流の構造そのものを変革しようとするShippioの取り組みは、まさに生成AIによるビジネス変革の最前線といえるだろう。
50年停滞したアナログな貿易の現実
属人化を打破する多層エージェント構想

AI Advanced Lab
西藤健司 氏
島国である日本において、食品の約62%、衣料・繊維の約90%は輸入に頼っている。我々の生活とは切り離せない「貿易」だが、驚くべきことに、その中心を担う業界全体の業務フローはこの50年間ほとんど変わっていない。今なお現場の主役は、紙の書類や電話、FAX、そして膨大な個人メールだ。1回の案件に関わる関係者は30を超え、やりとりされる書類のコピーは240部に上ることもある。こうしたアナログな手段に依存し続けてきた半世紀にわたる停滞は、結果として、現場に「情報のブラックボックス化」と「深刻な属人化」をもたらしてきた。
こうした業界構造の中で、Shippioは自らフォワーディング業務を運営し、変革の最前線に立っている。フォワーディングとは、いわば貿易の「旅行代理店」だ。荷主からの依頼を受け、船・航空・通関などの輸出入に必要な手続きや手配を代行する。そこで求められるのは、刻々と変わる国際情勢や船のスケジュールを読み解き、最適な輸送ルートを提案・調整する“高品質なコーディネート”である。しかし、実務手続きの多くが担当者ごとの処理に委ねられて属人化しており、この専門性の高いコーディネートの質を維持しながら、いかにオペレーションを標準化・効率化するかが、課題となっていた。
この属人性を排し、誰もが高品質なコーディネートを再現できる体制へと進化させるべく、Shippioが導き出したのが、AIエージェントを活用する「多層AIエージェント構想」である。
司令塔AIと専門AIで実務をタスク分解
役割の分散で精度向上とエラー抑制を両立

プロダクトデザインマネージャー
吉岡 亨 氏
Shippio AI Advanced Lab 西藤健司氏は、この構想の起点について次のように説明する。「貿易実務はあまりに複雑で、単一のAIエージェントに『全部やってください』と頼んでも精度は上がりません。我々の構想で最もこだわったことは、AIを『単一のツール』としてではなく、役割分担を持った『組織の一部』として捉えた点にあります。具体的には、顧客からの連絡や要求を解釈して適切な専門チームへと差配する『司令塔AI』と、特定の定型タスクを遂行する『専門AI』に役割を分けたのです」
この多層構造の実装により、現場の景色は一変した。まず、司令塔AIによって、従来人間が1件ずつ内容を確認して振り分けていた顧客連絡のうち、約7割の自動差配に成功している。例えば、顧客から届く「本件、10日AMの手配は可能でしょうか?」といった曖昧な連絡に対しても、AIが即座に意図をくみ取り、関連する取引番号や顧客情報を付与した上で、担当チームへ正確に通知を飛ばすことが可能になった。
このとき、司令塔AIは単にメッセージを転送するだけでなく、後続のAIがすぐに動けるよう、案件の全体像を整理して「引き継ぐ」役割も果たしている。この一貫した情報の流れが構築されているからこそ、バトンを受け取った専門AIは迷うことなく具体的な実務を完遂できるのだ。実際、これまで人の手で行っていた一部の定型的な業務において、専門AIは最大9割の自動化を達成した。人間はAIが作成したドラフトを確認して「承認」ボタンを押すだけで済む。自ら判断して作業に着手するという、最も工数のかかる工程がAIによる確認作業に置き換わったことで、現場の生産性に劇的な変化をもたらしたのである。

Shippio プロダクトデザインマネージャー 吉岡 亨氏は、この成果を支える技術的なポイントを次のように語る。「AIに役割を分散させるメリットは、エラーの局所化と精度のコントロールにあります。我々はフォワーディングにおける膨大な業務を『標準タスク』にまで徹底的に分解し、それぞれのタスクに特化した小規模なエージェントを動かす設計にしました。司令塔AIが案件の全体像を把握し、必要な情報を確認してから専門チームにパスを出すという『エージェント間の連携』と、それを支える『案件情報のデータフロー』を自社の実務現場で丁寧に構築したことこそが、圧倒的な業務効率化の実現につながりました」
こうした驚異的な業務効率化が進む一方で、AI活用において避けて通れないのが、実務における正確性の担保である。些細なミスも許されない貿易業務の信頼性を担保するため、同社はAIと人間が密に連携する協業体制を構築している。現場の専門家がAIの出力を確認・承認するプロセスを必須としたことで、実務の勘所がAIの精度向上に生かされるようになった。こうしてAIは「仕事を奪う脅威」ではなく「業務を劇的に軽くする相棒」へと変貌を遂げている。

現場の情報を「生きたデータ」へ変える
日本の現場力を再定義し真の貿易DXへ
生成AI大賞2025を経て、Shippioは次なるフェーズへと歩みを進めている。自社内で磨き上げた多層AIエージェントの仕組みをプロダクト化し、国際物流業界全体さらには隣接するサプライチェーン領域へ展開する構想だ。
吉岡氏は、この展開の土台となる情報のデジタル化の本質を次のように語る。「現在、多くの企業におけるDXの取り組みは、『電子化(デジタイゼーション)』にとどまっているのが実態です。書類をPDF化して保存はしているものの、その中身を意味のあるデータとして抽出・活用するまでには至っていません。しかし、AIという『文脈を理解するエンジン』を活用すれば、不完全なデータからでも必要な情報を構造化し、活用可能なデータへと変換できます。アナログな実務が残る現場であればあるほど、このAIを活用したDXのチャンスが巡ってくるはずです」
こうした、アナログな現場に眠る情報をAIによって、活用可能なデータへと変える地道な一歩こそが、属人化した業務を標準化し、産業全体をアップデートする“真の貿易DX”を実現するための不可欠な鍵となる。西藤氏は、「日本には製造業や物流など、世界に誇る現場力を持つ産業が数多くあります。我々が挑んでいるのは、単なるツールの導入ではなく、AIによって現場の知見を最大限に引き出し、産業の構造そのものを進化させる“真の貿易DX”です。この日本独自の強みとデジタルの力を掛け合わせることで、日本の産業が持つ真の価値を再定義し、世界に対してより力強く発信していきたいと考えています。当社の取り組みは、その大きな契機になると確信しています」と展望を語った。

