埼玉県新座市
埼玉県南部に位置する新座市は、教育ICTの先進自治体として知られている。GIGAスクール構想以前となる2019年度からICT環境の整備に取り組んでおり、2021年5月には1人1台の学習端末の配備を完了させたほか、併せて高速な無線通信ネットワークの整備を行ったことで、授業における端末使用が早期に定着した。現在は電子黒板の整備を進めており、2026年度中には全ての小中学校の普通教室への電子黒板の導入が完了する見込みだ。それら学習環境の整備と並行して取り組んでいるのが、校務DXだ。校務系と学習系のネットワーク統合から生成AIの活用に至るまで、新座市が取り組む校務の変革を見ていこう。
校務系・学習系を統合したネットワーク

森 智寛 氏
文部科学省は2023年3月に「GIGAスクール構想の下での校務DXについて」を公表し、次世代校務DXの方向性を示している。具体的には、次世代校務DXを通じて、汎用クラウドツールの活用による教職員などの負担軽減やコミュニケーションの迅速化、ロケーションフリーでの校務実施、校務系データと学習系データの円滑な連携を通じたきめ細やかな学習指導などが求められている。この次世代校務DXを実現するため、文部科学省では2029年度までに次世代校務DX導入済みの自治体を100%とする目標を掲げている。
この次世代の校務DX環境構築の上で必要となるのが、教育ネットワークのゼロトラスト・フルクラウド化だ。新座市は全国に先駆け、2023年9月にこれまで分離されていた校務系・学習系・校務外部接続系のネットワークを完全に統合し、ゼロトラスト前提のフルクラウド環境での運用をスタートしている。
ネットワークの統合になぜゼロトラストセキュリティが必要なのだろうか。これは学習系のデータと校務系のデータを同一ネットワーク上で取り扱うため、アクセス制御を厳密に行う必要があるためだ。新座市では多要素認証、シングルサインオン、通信経路の暗号化といった、文部科学省が示すゼロトラストセキュリティに関する要素技術の必須要件を全て満たしている。
ゼロトラスト・フルクラウド化することによるメリットは大きい。新座市 学校教育部 教育支援課 教育支援係 主任 森 智寛氏は「最大のメリットはロケーションフリーです。以前、校務の持ち帰りを行う場合は校長の許可を得て、必要な情報だけをUSBメモリーに保存して持ち帰っていました。その場合校務を進める上でのデータに不足があると、作業が滞るといった問題も発生していました。しかし現在の教育ネットワーク環境であれば、PCを持ち帰るだけで、どこからでも職場と同じ環境で業務が行えます。特に管理職の教職員からは、妊娠している先生や子供がいる先生のワークライフバランスを保つことにつながると好評です」と振り返る。
一方でこれらの環境を活用する中で学校現場からは混乱も発生したという。新座市 学校教育部 教育支援課 専門員 仁平悟史氏は「例えば学校で使用していた共用のアカウントを復活させてほしいという要望がありました。しかしゼロトラストの考え方と照らし合わせると、こうした運用は不可です。また当初予定していたよりも校務系・学習系を統合した教育ネットワークで使用する統合IDのライセンス数が不足してしまいました。ペーパーレス化やオンラインでの情報共有などの校務DXを実現していくためには、正規の教職員のみならず、非正規教職員や事務職員などにも統合IDの付与が必要です。新座市ではこれらのIDを追加購入して対応を行いましたが、今後ゼロトラストネットワークを導入する自治体さまには余裕を持った契約をおすすめします」と語る。また校務用端末と指導用端末を教職員用端末の1台に統合したものの、バッテリーの稼働時間がカタログ値より短いといったハードウェア的な課題も生じており、教職員用端末の選定基準も重要だと仁平氏は語った。
教育データ×生成AIによるアドバイス

仁平悟史 氏
校務系と学習系のネットワークやデータが統合されたことで、それらを組み合わせた新たな取り組みも実施されている。それが生成AIの活用だ。新座市は2024〜2025年度、文部科学省の「生成AIの校務での活用に関する実証研究」に参画している。本実証研究は新座市の教育ネットワークの構築・運用を行っているSkyが受託し、新座市ほか複数の自治体で実証研究に取り組んでいる。
本実証研究では、Skyが開発したChatGPTベースの生成AIチャットボットシステムを活用し、新座市の教育データ「生成AIとアクセスログ」「生成AIと成績推移」「生成AIと試験分析」の三つの観点から分析している。例えば生成AIとアクセスログでは、児童生徒の検索ワードなどのデータを基に、児童生徒の感情がポジティブか、ネガティブかを分析している。これにより、いじめなどのネガティブな動向をいち早くキャッチすることを狙う。
生成AIと成績推移は、学期末や学年末の5教科平均点や科目別平均点の推移のデータを生成AIが分析し、その傾向や成績改善のためのアドバイスを行うものだ。森氏は「現在は実証事業として行われているため、生成されるアドバイスが当市の実情に即していないのが悩みです。例えば『集中講座を実施しましょう』と書かれていても、新座市ではそういった取り組みは行われていません。今後の本格運用では、より実態に即したアドバイスを生成AIにしてもらえるよう、ベンダー側へデータの学習元の見直しといった働きかけを検討しています」と語る。
生成AIと試験分析では、教科別得点レーダーチャートを基に、学年平均やクラス平均、児童生徒個人の得点を可視化し、それらに対するアドバイスを生成する。例えばAという生徒の教科別得点を分析することで、弱点科目に対してより重点的なアドバイスを行うことが可能になる。一方で現在生成するアドバイスは、成績推移と同様に一般的な改善案になるため、現状は生成AIのアドバイスを基に教員が実情と照らし合わせ、アドバイスの取捨選択を行うといった、生成AIとの二人三脚での試験分析を行っているようだ。

学級便りの作成や校務相談もサポート
上記三項目のデータ分析が行えるダッシュボードのほか、GPT-3.5、GPT-4o、GPT-4.1などをセキュアな環境で使える「汎用チャット」や、校務系と学習系を統合した教育データを学習させた「校務利用チャット」、「文章校正機能」「学級便り作成機能」「校務支援システムFAQ」といった、校務を効率化させる機能が多数搭載されている。「校務利用チャットは、成績表などを読み込ませ『良いところ、悪いところをまとめてください』といった分析や、日常の指導の様子をベースにした所見作成の活用に適しています」と仁平氏は語る。こうした生成AIの環境は前述したようなゼロトラスト・フルクラウド化によって外部から参照されない環境で運用されているため、教育利用上も安心して使える。
一方で、セキュアな環境で利用する生成AIだからこその課題もある。閉鎖的な環境で利用するためLLM(大規模言語モデル)の学習が2024年6月時点で止まっており、最新の情報が反映されていないのだ。最新の情報を基にした回答は「インターネット利用チャット」という機能を使うことで得られるが、そのほかの機能ではこうした最新の情報が反映されていない。
仁平氏は「GeminiやCopilotなど、汎用的な生成AIの成長スピードは非常に速いです。市では他のAIの利用を禁止・制限する考えはありませんが、個別のAI利用によるシャドーITのような問題も懸念されるため、現環境のさらなる活性化と適切な管理が必要と考えています。また成績分析機能など、可能性を感じる一方でアドバイスが実態に即していないといった惜しい機能もあります。今後はより実用的にするための運用を検討しています。新座市では今後の教育ネットワークの更改に向けて、地図情報とAIの連携や、AI教科型自働採点システムの採用など、あらゆる領域においてAIの活用を検討しています。自治体全体での生成AI活用推進に向けて研修を積極的に実施していくなど、さらなる展開に向けて取り組みを進めていきます」と語った。
