政府は昨年11月に成長戦略本部を立ち上げ、17の戦略分野において成長戦略の策定と官民投資ロードマップの作成を進めている。その戦略分野の中にはAI・半導体が含まれており、日本ではAIの利活用において製造業などにおけるフィジカルAIの利活用を推進していく方針だ。フィジカルAIの実現に不可欠なマルチモーダル基盤モデルの開発や企業内データの利活用促進などに巨額の予算が投じられる。今後AIは日本の産業戦略を担う重要な要素になりそうだ。

7年間で10兆円以上の支援と
10年間で50兆円以上の国内投資

経済産業省
商務情報政策局
情報産業課 AI産業戦略室
総括補佐
秋元裕太

 昨年11月に開催された成長戦略会議の初回では経済対策に向けた重点施策が取りまとめられた。その中にAI・半導体とデジタル・サイバーセキュリティが含まれており、AI・半導体については生成AIの開発と実装を一体的に支援することが明記されている。

 日本が強みを持つ産業である製造業などとAIを融合した多様なサービスの創出を支援し、AIロボティクス戦略を年度内に策定するとともに、それに先行してAIロボティクスの開発・実証を促進することが盛り込まれている。また半導体に関しては国内での先端・次世代半導体の設計・製造に関する技術開発等を支援する。

 これらの政策を推進していくに当たり、AI・半導体支援に2030年度までの7年間で10兆円以上の公的支援を行うための財源フレームが2024年11月22日に閣議決定されている。その内訳として、次世代半導体研究開発や半導体量産投資等に6兆円の補助・委託等による支援と、次世代半導体量産投資やAI利活用に向けた計算基盤整備等に4兆円以上の金融支援(出資・債務保証等)が割り当てられる。こうした7年間で10兆円規模の投資をすることにより、今後10年間で50兆円を超える国内投資を官民協調で実現することも示されている。

 政府のAI政策を担当する経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 AI産業戦略室で総括補佐を務める秋元裕太氏は「非常に規模の大きな予算です」と強調する。

 ちなみに従来の予算と比較すると2021年度が7,740億円、2022年度が約1.3兆円、2023年度が約1.1兆円、2024年度が約1.5兆円となっており、AI・半導体分野を重視する政府の姿勢が見て取れる。

企業内データが豊富な製造業で
フィジカルAIの利活用を推進

 AI・半導体分野の成長に向けた大規模な投資によって、どのような成果を描いているのだろうか。秋元氏は「特にフィジカルAIに注力していきます」という。

 フィジカルAIとはセンサーなどで現実世界の環境(物理空間)を認識・理解し、ロボットや自動車などのハードウェアが自律的に判断・行動する「身体性」を持った人工知能技術だ。生成AIがデジタル空間でテキストや画像を生成するのに対して、フィジカルAIは物理空間でモノを動かしたり、作業したりすることを実現する。

 なぜフィジカルAIに注力するのか。その理由について秋元氏は「インターネット上には大量のテキストデータが存在しており、それを学習することで生成AIが進化してきました。しかしインターネット上では学習データの枯渇が目前に迫っており、今後は企業が保有するデータの利活用が生成AIの高度化に不可欠となります。全世界で流通するデータの6割が企業内データであると言われており、その中の2割以上を製造分野が占めていると指摘されています。こうした点からも日本の製造業でのデータ活用のポテンシャルは非常に高く、工場の自律制御や最適化、ロボットの自律制御、自動運転などを実現するフィジカルAIの利活用が適していると言えます」と説明する。

 経済産業省ではフィジカルAIの開発や利活用に必要な製造業等の企業内データのAI活用を進めていくに当たり、AIが理解しやすいようにデータを整理する「AI-Ready化」の手法の確立と標準化も支援していく。

国産マルチモーダル基盤モデルを開発
3,873億円の大規模プロジェクト

 フィジカルAIを実現するには言語にとどまらず音声や画像、動画、センサーデータなどの多様なデータを扱える、マルチモーダル基盤モデルが不可欠となる。このマルチモーダル基盤モデルを国産で開発していく。経済産業省は令和8年度予算案において「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」を、3,873億円という大規模な予算で計上している。

 国産マルチモーダル基盤モデルの開発に向けて、まずは日本の企業で一般的に利用されている基盤モデルと同程度の性能を持つ基盤モデルを開発する。それ以降はAIロボットや工場の自律・最適制御、自動運転等を念頭に置き、扱えるデータの多様性や思考の深さを順次獲得していく手順で開発を進めていくという。

 秋元氏は「フィジカルAIを実現するために不可欠となるマルチモーダル基盤モデルは、製造業に限らずフィジカル分野のさまざまな用途で活用できます。マルチモーダル基盤モデルを元に、ロボット向けの基盤モデルや個別モデルを開発し、運搬や清掃、飲食、医療などで稼働するロボットに搭載することで多様なデータを収集できます。そのデータを、マルチモーダル基盤モデルやロボット基盤モデルのデータ基盤に還元することにより、モデルの性能向上や社会実装の促進につながると考えています」と説明する。

 これらの取り組みではマルチモーダル基盤モデルやロボット基盤モデル、およびそのデータ基盤、そして試験用ロボットなどのハードウェアの開発・運用を協調領域として国内企業への参画を呼び掛け、個別モデルや社会実装は競争領域として国内外の多様なプレーヤーの参画を促進していく。

 その中でロボット基盤モデルのデータ収集・加工等を、2024年12月に設立されたAIロボット協会(AIRoA)が実施する。その取り組みで新たに得られるデータを使って、マルチモーダル基盤モデルの性能向上を図っていく。

 また経済産業省と国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は領域特化モデルの開発とデータセットの構築において、開発側とユーザー側の双方を支援するプログラム「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)」を提供しており、開発と社会実装を推進している。