若者の転職は平成・令和に限ったことではない
この原稿を書いている今、退職代行業者の非弁行為がニュースになっている。最近の若い(に限らない)人は退職手続きを自分でやるのではなく、代行業者に任せることが増えているという。引き留められたり嫌がらせを受けたりするとストレスになるので、第三者を通じてやるのだ。もっとも私の経験でも40年近く前に起業したばかりのときに、出社したら机の上にたった一人の従業員からの辞表が置いてあったことがある。昔も無茶苦茶な辞め方をする人はいた。
転職する若者が増えているというが、昭和の時代の終身雇用というのも実は幻想ではないか。私の父は30代で転職しているし、私の同世代(60代)になれば2〜3度転職している人は珍しくない。
ただ、転職も失敗すれば収入が減ってしまったりする。企業にとってもかなりのコストを掛けて採用した社員が、元も取れないうちに退職されては大損だ。内定を掛け持ちしていきなりのキャンセルでは、「もう貴校からは採用しない」とシャットアウトされるなど、大学の後輩に迷惑がかかる可能性もある。
企業経営者や管理職は、従業員は転職することを前提として、若手社員と向かい合っていかなければならない。
キャリア権を尊重する職場が求められている
著者の上田晶美氏は、若者との溝が生まれる最大の理由は「キャリア権」だという。この言葉、1990年代に登場し、2000年代に入って日本でも徐々に広まってきている。働く人々が意欲と能力に応じて希望する仕事を選択し、職業生活を通じて幸福を追求する権利のこと。
日本国憲法では職業選択の自由、勤労の権利・義務、労働基本権、教育・学習権、幸福追求権・個人としての尊重が保証されている。キャリア権という権利は法律にはないが、これらの条文から、個人のキャリア形成における権利として包括的に捉える概念だ。
多くの企業ではメンバーシップ型が取り入れられ、職務・勤務地非限定が前提だ。企業は人事権を持っており、長期にわたって雇用を保障する代わりに、従業員をどんな職務、どこに転勤させるかは自由だ。開発職希望の大学院卒の社員が遠隔地の営業に配属されても文句は言えない。家を建てたり、子どもが生まれたりした途端に海外転勤、単身赴任などという例も珍しくない。
企業は、家のローンがある社員、子どもの教育費がかかる社員ならば、無茶な転勤命令を出しても辞めることはないだろうと見ているのか。
こうした人事権の「濫用」に、特に若い世代から不満が出てきた。望まない配属や異動に対して「配属ガチャ」「異動ガチャ」と揶揄するようになり、希望が叶えられないとさっさと退職してしまうという風潮だ。
もちろん企業が配属・異動を行うのは理由がある。ほとんどの学部卒社員は即戦力になり得ない。多くの学部卒社員は、大学での4年間はアルバイトや部活に精を出し、卒業に必要な単位をとりあえず取ったような人たちだ。企業は新卒者をいくつかの職種を異動させることで「仕事」を体験させ、管理職になるための経験を積ませてきた。
少なくとも新卒社員が「配属ガチャに外れた」と3か月で退職するのはこらえ性がないというか、ワガママと言ってよいだろう。その時点では、自分にあった職種すら分かっていないからだ。「企画を希望していたのに営業に回された」「こんな仕事はオレの望みとは違う」と、いきなり辞表を出してしまっても、本当に天職となる仕事に就けるかどうかは分からない。だからと言って、何年にも渡って本人の希望や適性を考慮せず、会社の都合だけで仕事を押しつけてきたら、どこかで不満が爆発する。その臨界点がすごく下がっているのだ。
本書によれば「昨今8割の若者が転職を視野に入れており、6割の若者は転職前提で就職を考え、3割は3年以内に辞めている」という。
その企業に骨を埋めるのでなければ、ゼネラリストになる意味はない。シニア層が退職して会社という看板や部長などの肩書きがなくなると、自分には誇るものが何もなかった事実に気がついて愕然とすると言われる。それよりも将来を見越して、今の職場を辞めても食っていけるキャリアを形成しておくこと、キャリア権を尊重できる職場が求められている。
これからの企業は「キャリア自律」
そこで著者が提唱しているのは、制度などを含めた「働き方改革」「職場改革」であり、その一つが「キャリア自律」「キャリアオーナーシップ」という考え方だ。これは自分で自分のキャリアを主体的に組み立てていくこと。
ところで、キャリアを社員が自律するということは、社命に従わないということだろうか。著者は「『社員がキャリア自律するということは社命に従わない社員が増えて困る』と捉える会社もあるかもしれません。それが時代錯誤なのです! 今や『キャリア自律は組織を強くするもの』という考え方が主流になりつつあります」という。
むしろ社命に従って漠然と働く自律性のない社員はキャリアの目標も持たず、会社にぶら下がる給料泥棒的な存在になってしまう。
希望に沿わない配属は「配属ガチャ」と嫌われる。これからの配属や転勤は、本人の同意なしに実施できなくなっていくだろう。また、職務・勤務地非限定は長時間労働・長時間残業ともセットになっており、子育てや介護のしわ寄せがいく女性の離職をもたらしていた。就労人口がどんどん減っていく日本において、性別に関係なく、本人が働く意思がある間は就労できる社会にしなければ、日本経済は持たない。
ミドル層によるコミュニケーションが大切
採用してから3日とか3か月とかで辞めてしまう人もいる。日雇いやパートタイマーではないのだから、そんな短期で離職してしまうのは「個人にとっても会社にとっても大きなロス」だ。
著者は、3年は継続して働いてくれる職場、少なくとも退職代行など使って「黙って去らない」職場にするためにはコミュニケーションをしっかり取ることだという。
自分の職場では「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」をしっかりやっていると言う人もいるだろう。だが、最近では途中で細かく口を出す「ホウレンソウ」は面倒、煩わしいと考える人が増えている。
しかし、ホウレンソウが時代遅れとされても、職場で上司と部下とのコミュニケーションは不可欠だ。著者が勧めるのは「1on1」。一対一の面談だが、1週間に1回、あるいは1か月に1回といったペースで設定し、1回は10分から20分。上司の自慢話や説教ではなく、上司は聞き役になって部下の話を傾聴することが大切だという。
若者が去っていく職場や社会を作ったのは、こうした上司たち、責任世代であるミドル層だ。仕事の効率化のためにDXを進め、何もかも玄関先まで届けてくれるネット通販に頼り、タイパ優先の社会を作り上げてきた。いまさらインターネットもスマホもない社会に戻ることはできない。その中で人と人とのコミュニケーションをきちんと構築しなければ、社会がバラバラになってしまう。
最後に著者はこう述べている。
「変えることができるのは、ミドル層、それは管理職のあなた自身だけなのです。ミドル層が変わらなければ、このまま若者との意識の乖離はますます広がっていくばかり」
本書は若者に限らず、部下を持つ立場の人、部下との関係に悩んでいる人にお勧めの一冊だ。
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『静かに分断する職場 なぜ、社員の心が離れていくのか』(高橋克徳 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
「組織感情」を分析し続けてきた経営コンサルタントである著者が、職場で起きている問題を明らかにする。「1on1といっても、本音は言えないし、気をつかうだけ」「生産性を上げながら成長と挑戦っていうけど、どこにそんな余裕があるの?」「最近の若手は何を考えているかわからない。下手なことを言って辞められても困る」何かおかしい。何かが違う。あなたの会社でも同じようなことが起きていませんか? 気づくと、価値観や考え方の違いが見えない壁をつくり、互いに触れられない、向き合えない、対話ができない。互いの心の距離が離れ、「静かなる分断」が生まれているのです。本書では、職場で起きている問題の構造を明らかにし、人と組織の新しい関係をつくり、より良い未来を切り拓くための、部下と上司、現場と経営、若手とベテラン、立場を超えた「対話」の方法を解説する。(Amazon内容解説より)
『若者恐怖症──職場のあらたな病理』(舟津昌平 著/祥伝社)
「コンプラ大丈夫?」「それ、ハラスメントですよ」こんな言葉が飛び交う現代の職場では、若者に対する漠然とした恐怖が広がっている。少子化による超・売り手市場により、年功序列のパワーバランスは逆転した。新人を腫れ物扱いしたり、若手に過剰に忖度している場面に、心当たりはないだろうか。そんな時代、上司や先輩社員は若手への適切な指導や対話ができずに悩み、ときに「どうせすぐ辞める」「関わるだけ損」などと、距離をとってしまう。こうした空気が、職場に深刻なコミュニケーション不全をもたらしている。本書では、経営学者・舟津昌平氏が、「飲み会離れ」「早期離職」「やりがい・成長」「ハラスメント」などのキーワードを手がかりに、職場で静かに進行する“若者恐怖症”の実態を明らかにする。(Amazon内容解説より)
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