業界特化型のAIスタートアップが群雄割拠するシリコンバレー
ChatGPTやClaude、Geminiといった汎用的な生成AIの開発競争は、すでに超巨大ベンダーや国家レベルの戦いになっている。ベンチャーや一般企業がこれに正面から挑むのは得策ではない。
むしろ、既存の生成AIを活用し、ユーザーニーズに応じた特化型AIエージェントを提供することが、今後の現実的な戦略だ。
著者のシバタナオキ氏はシリコンバレーで活躍しているベンチャーキャピタリストであり、1,000を越える生成AIスタートアップを精査し、数十社に投資してきた。その知見をもとに、生成AIが「すでにビジネスに実装されている」シリコンバレーのリアルを鮮やかに描く。
本書は「シリコンバレーでは」「アメリカでは」に留まらず、国内の各分野で活躍している第一人者を「ゲスト解説者」として迎え、日本企業が生成AIを導入する上での問題点や展望についても語っている。
日本では「ChatGPTを仕事でどう使うのか?」という話に留まりがちだが、実際にはチャット形式ではない、プロンプトなど必要としない生成AIアプリケーションが多数存在する。
私たちが生成AIを最初に触れるのはChatGPTに代表されるチャット形式(対話型)だろう。何かプロンプトを投げかけ、生成AIと対話を重ねていくことで成果が得られる。だが、ビジネスの現場、特に定型業務をこなすのにチャットのやりとりは無駄な手間と時間がかかってしまう。
そこで、より単機能に特化し、業務をスムースに完成させるAIエージェントが必要とされている。「シリコンバレーでは、数千~数万社の生成AIスタートアップが誕生しています。医療、法律、建設、製造など伝統産業の中で、特定の職種に特化したニッチな『業界特化型』のバーティカルAIスタートアップが誕生している」のだ。
AIエージェントのエンジンである生成AIそのものは、既存のOpenAI APIやGemini API、Llama、DeepSeekなどさまざまなサービスを使う。エージェントはユーザーからの問いかけや入力を生成AI APIに送り、返ってきた答えを定型フォーマットでユーザーに提供する。
企業で生成AIエージェントを導入すべきターゲットとして、ロングテールの非定型業務自動化があるという。経理や受発注、見積、生産管理といった基幹的な業務はすでにIT化され、自動化されているだろう。だが、業務ボリュームが少ない業務で、実は手間や時間を食っている業務というものがある。
第2章のゲスト解説者であるシナモン社共同創業者堀田創氏は「朝の5分のメールチェックのような細かいタスクに忙殺されているようなこともあります。それではメールチェック用のボットの開発に2,000万円の費用がかかるとしたら、どうなるでしょう。これでは自動化はやめようということになりがちです」と、生成AIエージェント活用を説いている。
投資対効果が見合わないロングテールの業務こそ、生成AIエージェントを使って低コストで自動化・効率化すべきだという。それこそ簡単なボットであればプログラミングが得意な生成AIを使ってコードを書き、生成AI APIを駆動して自動的に処理できる。
6つの職種と2つの業種における生成AI導入実例
シリコンバレーではどのような生成AIスタートアップが活躍しているのか。本書では6つの職種と2つの業種について、各分野の専門家を交えて生成AI導入の状況を詳しく述べている。6つの職種と2つの業種は以下のものだ。
6つの職種
・顧客対応・カスタマーサポート
・マーケティング・クリエイティブ
・営業・セールス
・組織・HRテック
・モビリティ・ロボット
・ガバナンス・セキュリティ
2つの業種
・ヘルスケア
・フィンテック
もちろん、それぞれの分野には、著名な専門家がゲスト解説者として登場する。たとえば、カスタマーサポート分野ではGen-AX社代表の砂金信一郎氏、マーケティング分野ではアドビ社の阿部成行氏、HR(Human Resources、人事)分野ではリクルート社の熊澤公平氏が日本国内の状況を語る。
アメリカの生成AIスタートアップの状況については、各分野でどのような生成AIスタートアップがあり、ベンチャーキャピタルからどれだけ資金を調達しているかが書かれている。
たとえば、カスタマーサポート分野では、用途別に生成AIスタートアップが以下の3つに大別できる。
・テキストチャットボット系
・電話系対応音声エージェント
・担当者を支援するコパイロット機能
カスタマーサポート分野は生成AIスタートアップの取り組みが早くから進み、数百億円規模の資金を調達している例がいくつか出ている。
音声データの文字起こし、要約・分析を提供するAssemblyAI社は自動要約機能や音声データの分析から顧客ニーズの洞察を提供するところまで手がけ、約95億円の資金を調達している。
Credal.ai社は顧客対応データに含まれる個人情報や機密情報を自動的にマスキングし、カスタマーサポートが受けた問い合わせの内容をプロダクトチームに提供する場合、個人情報を自動的にマスクする機能を提供している。資金調達額は約8億円と小規模だがSpark Capital社やY Combinator社など著名なVCが名を連ねている。
Syllable社は顧客からの電話に最初に応対する音声AIエージェント構築ツールを提供している。音声認識度や応答遅延を常に監視し、人間のようにリアルタイムで会話できる。また会社のポリシーに反する内容を話していないかなどのチェックも可能だ。約124億円の資金を調達している。
「カスタマーサポート分野の米国のスタートアップとして、1社だけ覚えておくとしたら」と著者が太鼓判を押すのはSierra社。カスタマーサポートの人員をAIに置き換えることを目標にしている。元Meta社の最高技術責任者でセールスフォースの共同CEOを務めたブレット・テイラーが共同設立したということで、業界の注目度は高く、約432億円もの資金を調達している。
カスタマーサポートに対するコパイロット的な機能を提供するグループとしては、顧客対応を最適化する自動ワークフローを構築できるYellow.ai社。顧客対応の履歴からAIが自動的にナレッジベースを作成する機能も備えている。同社は約155億円の資金を調達している。
こうした企業の台頭は、すでに生成AI導入が「当たり前」になりつつあることの証左といえるだろう。
日本企業は「使い方」より「戦いどころ」を見極めよ
日本企業の生成AI導入は遅れていると言われる。これについて著者はこう警鐘を鳴らす。
「日本では、ChatGPTをいかに効率的に使うかという視点で考えがちです。世界では75%程度の企業で生成AIが有効に使われているのに、日本では40%程度にとどまっています。大切なのは、どこで戦いを起こして、どこで波に乗るかといった戦略です。ここを見間違えてはいけません」
そして最後にこう語る。
「世の中はAIがなかった世界からAI後の世界に必ず移行します。私たちが生き残る道は、その『重力より先に落ちる』ことです」
本書は、単なる技術解説や導入事例の紹介にとどまらず、「どこにビジネスチャンスがあるか」「どう生き残るか」という戦略的視点に満ちている。生成AI時代の”その先”を見据えたいすべての読者にお勧めできる。
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『ビジュアル 生成AI 世界を変革するテクノロジー』(城塚音也 著/日経BP)
これまでのAI活用では、AIに学習させなければならないことが実践のハードルを高くしていたわけだが、汎用的な生成AIにはそういうことが必要なく、活用が比較的容易になった。何よりもChatGPTが有名ではあるが、生成AIには様々な種類があり、その活用事例なども紹介する。よいことばかりを取り上げるのではなく、「これはできない」といったネガティブ要素もしっかり解説。実践例を多めに掲載している。(Amazon内容解説より)
『現場で活用するためのAIエージェント実践入門』(太田真人、宮脇峻平、西見公宏 、後藤勇輝、阿田木勇八 著/講談社)
AIエージェントの開発に初期から取り組み、実務で使ってきた著者陣がおくる、「現場」で使える、プロになるための一冊。ヘルプデスク、データ分析、情報収集、マーケティングの具体的なAIエージェントの構築方法に加え、AIエージェントの評価や改善までを網羅的に学べます。電通総研、Algomatic、ジェネラティブエージェンツの各社の取り組みの紹介も! (Amazon内容解説より)
『お金を使わず、AIを働かせる「Dify」活用』(室谷東吾 著/ぱる出版)
「AIを活用したいけれど、専門人材がいない」「開発に時間もコストもかかる」「そもそも、何から手をつけていいか分からない」こうした悩みを根本から解決するツールが登場しました。 それが、本書で紹介する「Dify(ディファイ)」です。 Difyは、プログラミングの知識がなくても、誰でも簡単に「AIアプリ」をつくれる革新的なプラットフォームです。 難しいコードを書く必要は一切なく、まるでレゴブロックを組み合わせるように、ブロックをつなげていくだけで、自社の業務に特化したアプリケーションを直感的に開発できます。(Amazon内容解説より)
『つくりながら学ぶ!生成AIアプリ&エージェント開発入門』(ML_Bear 著/マイナビ出版)
OpenAI社のChatGPT、Anthropic社のClaude、Google社のGeminiの3つの大規模言語モデル(LLM)のAPIを活用して、実戦的なアプリケーションやエージェントの開発方法を順を追って解説。これらのモデルを柔軟に切り替えられるよう、LangChainを用いて汎用的な実装を行っていきます。Pythonを理解している方なら誰でも簡単に開発を進められるよう構成されています。本書で紹介するアプリケーションやエージェントは基本的なものですが、その開発の基礎を学ぶことで、より高度なものを作る土台が築けます。(Amazon内容解説より)