SENSE OF TOUCH
何かを手にしたときの重さや振動のような感覚。これらの触覚を他人に伝えることは難しい。ざらざらやさらさら、といった言葉で伝えてもそれが正しく理解されるわけではないことに加え、年齢層や経験によっても感じ方は異なるため、実際に触ってみても共通の理解が図られるわけではないからだ。そういった感覚に依存した“理解”を助けるテクノロジーを、現在NTTドコモが開発している。
触った感覚をどう伝えるか?

下坂知輝 氏
NTTドコモ モバイルイノベーションテック部 ユースケース協創担当 主査 下坂知輝氏は「移動通信システムが6Gへと進化していく中で、通信が提供する価値がこれまでの機能向上や効率化の実現から、ウェルビーイングへと広がっていくことが想定されており、当社ではそのユースケースの検討を進めています。通信技術はこれまで声や文字、写真や動画などを用いて人と人をつないできました。しかし、超高速・大容量通信が可能になる6Gでは、これまで伝えることが難しかった感動や感覚、記憶や体験の共有が可能になります。これにより、“伝える”から“伝わる”コミュニケーションの実現が期待できるでしょう」と語る。
このような新しいコミュニケーションを実現するための人間拡張基盤が、「FEEL TECH」だ。FEEL TECHは以下の3要素で構成されている。
1.動作・感覚に関するデータを把握する機器(センシングデバイス)
2.動作や感覚の感度に対する個人差を推定し共有する「人間拡張基盤」
3.動作・感覚を再現する駆動機器(アクチュエーションデバイス)
FEEL TECHはセンシングデバイスで把握した他者の動作や感覚を、受け手の身体や感じ方に合わせて人間拡張基盤で変換し、アクチュエーションデバイスで共有する。FEEL TECHの技術でポイントとなるのが、この人間拡張基盤による感じ方のチューニングだろう。下坂氏は「人間拡張基盤では、他者の動作や身体の感じ方を、受け手側で再現するに当たって、双方の差分を合わせるような調整を行います。例えば、触覚も人によって感度が異なります。感じやすい人が対象物に触った感覚を、感じにくい人にそのまま伝えても同じ感覚を再現することにはなりません。そのため、事前のアンケートに基づいた感度の違いに応じて、強度を変換するような仕組みを人間拡張基盤で提供しています」と語る。
NTTドコモではこのFEEL TECHを活用して、「動作共有」「触覚共有」「味覚共有」を行ってきた。例えば動作共有では人やロボット同士の大きさや骨格などの身体データを比較し、その差分を考慮して動作を共有することで、自然な動作共有を可能にした。
触覚共有は下坂氏が語った通り、受け手の触覚に対する感度特性を踏まえて触覚の共有を行う。下坂氏は「触覚は年齢で感度が変わることが分かっており、年代を選択することで感じ方のチューニングがなされます」と語る。

2. 触覚共有の技術をさらに拡大した味覚共有。味の感じ方が年齢によって変わりやすいトマトスープを題材に、大人の味の感じ方と子供の味の感じ方を体験できる。
技術継承に触覚を活用する
触覚共有で利用できるアクチュエーションデバイスは、球体型デバイス、指から腕にかけて取り付けるタイプのデバイス、クッション型デバイスなどがある。例えば球体型デバイスは、真ん中で二つに割ることで両手でそのデバイスを持ち、センシングデバイスが受けた触覚を手のひらで共有する。センシングデバイスが触れた素材に合わせて、アクチュエーションデバイス側の振動も変化するため、素材によって手で触った感覚が変わることが他者間で共有できる。
この球体型デバイスとクッション型デバイスに映像を組み合わせることで、臨場感のある映像視聴体験も可能になる。映像の中の登場人物の感情や動き、シーンに合わせた触覚データを作成して、映像とともに体験することで、登場人物が感じている世界を体感できるのだ。いわゆる映画館で楽しめる4DXに近い仕組みだが「このようなデバイスを組み合わせることで、自宅のリビングで映画を楽しむ時にも、触覚を伴った視聴体験を実現できるようになります。実際にユニバーサル・ピクチャーズとのコラボレーションを行い『野生の島のロズ』の映像とFEEL TECHを組み合わせた体験イベントなども実施しています」と下坂氏は語る。
映像と触覚の組み合わせをさらに発展させることで、より没入感のある映像体験に加え、職人の技術継承のような新たな価値創出の可能性も生まれている。具体的には、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)と、指先や腕に取り付けるアクチュエーションデバイスを組み合わせ、バーチャルの世界の中に触覚を持ち込むことが可能になる。エンターテインメント用途のようにも見えるが、映像を「ネジ止め」や「かんな削り」のような建設業の職人が行う作業にすることで、職人しか認識できない触覚の違いを認識しながら、口頭では難しい技術継承を行うような用途で使えるだろう。
このような触覚共有技術をさらに拡張した「味覚共有」の技術も実現しており、受け手の味覚に対する感度特性を踏まえた味の共有を可能にしている。
下坂氏は「当社ではFEEL TECHの人間拡張基盤を主に担っています。アクチュエーションデバイスなどはコラボレーションしている企業に開発いただいており、今後もこういったパートナー企業と連携しながら、人間拡張の技術開発を進めていきます。その一つとして2024年12月17日に設立された『人間拡張コンソーシアム』に当社も参画しており、人間拡張技術を用いたエコシステムの構築を業界全体として進めていきます」と展望を語った。

4. 指と腕に取り付けるアクチュエーションデバイス。指で実際に持ったり触ったりした振動を体感できると同時に、腕に対する重さなども再現する。

球体型のアクチュエーションデバイスは、下坂氏が触れたさまざまな素材の感覚が、実際に手のひらに振動として伝わった。ネットワークを介しても同様のことが可能になるため、例えば遠方にいる人が触ったものの感覚をこのアクチュエーションデバイス側で受けることも可能だ。球体形状を採用している背景には持ちやすさがある。
指と腕に取り付けられるアクチュエーションデバイスではHMDと組み合わせ、バーチャルの映像と連動する触覚を体感した。例えばかんな削りや小屋の組み立てのような動作を体験できたため、コンテンツを職業訓練向けに作り込めば体感を伴った研修が可能になりそうだ。また鷹が腕に止まった重さなども再現され、触覚が映像に加わることでぐっとリアリティが向上すると感じられた。
