SENSE OF TASTE
塩味やうま味を増強する電気味覚で減塩食の継続をサポートする「エレキソルト スプーン」
高血圧や腎臓病などのリスクを下げるため、医師から減塩を指示されるケースがある。このような食事療法は患者の病気を改善したり健康を維持したりするために必要なことである一方、従来の食事と比較して味気ないと感じてしまい、食事療法を続けられない人も少なくない。そんな健康とおいしさを両立する食事を、テクノロジーでサポートするのがキリンホールディングスが提供する「エレキソルト スプーン」だ。
減塩食を電気味覚がサポート

佐藤 愛 氏
エレキソルト スプーンは、微弱な電流の力によって、減塩食品の塩味やうま味を増強する食器型のデバイスだ。本製品を開発した経緯について、キリンホールディングス ヘルスサイエンス事業本部 ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ 主務/エレキソルト事業責任者 佐藤 愛氏は「私はもともと、当社の飲料食品関連の研究所で新しい食品素材の開発などに携わっていました。その過程で大学病院の先生方と共同研究を行うことも多く、雑談の中で先生から『患者さんに食事療法を続けてもらうことが難しい』という悩みを伺いました。一方で、身近にいる患者の方々から話を伺うと、『食事療法の重要性は分かっているけれど、続けることが難しい』という声がありました。この医師側と患者側のギャップを埋める方法がないかと検討し始めたのが、開発のきっかけです」と語る。
当初は調理法や食品素材などで、食事療法を続けられる方法を模索していたが、佐藤氏がゲームやVRといったテクノロジー領域に強い関心があり、自身もバーチャルリアリティの学会などに参加をしていたことなどから、身体拡張の技術に出会ったという。「特に味覚や嗅覚を拡張する技術を検討したところ、電気味覚に行き着きました。もともと電気自体に味がある、ということは200年以上前から知られており、味覚障害があるかどうかを検査する味覚検査においても電気味覚検査が用いられています。この電気で味が変わるという現象を、食生活を豊かにする方向で使えないか? という研究もここ10年ほど進められています。今回のエレキソルト スプーンはこの電気味覚研究に取り組む明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授の宮下芳明教授との共同研究から生まれました」と佐藤氏は語る。
共同研究は2019年ごろからスタートした。現在のエレキソルト スプーンはやや大きめのスプーン形状をしているが、この形状に至るまでには箸型のデバイスやお椀と組み合わせたデバイスなど、さまざまな試作機を作ったという。「技術開発を進めることと平行して顧客調査も行いました。実際に減塩食を食べている人に対して、『薄味でない状態で食べたい食べ物は?』といったようなアンケートを行ったところ、やはりラーメンがダントツで『濃い味で食べたい』という回答でした。あとは汁物など、普段食べる習慣があった物が食べられなくなったことが辛いといった声もいただきましたので、それらを食べやすく、日常的な食事の動作で自然に使えるデバイスとして、現在のスプーン形状を採用しました」と佐藤氏は振り返る。

塩味やうま味が増強される仕組み
エレキソルト スプーンには、持ち手の裏面に電極が搭載されている。電源をオンにすることで電流が流れるようになる。ユーザーは持ち手を持ち、食べ物をスプーンと共に口に含むことで口、食べ物、スプーン、腕を介して、微弱な電流が流れる。この電流が塩味のもととなるナトリウムイオンを舌の方に引き寄せ、減塩食品の塩味やうま味を増強する効果があるのだ。
佐藤氏は「スプーンを口から離すと電流の流れが止まるので、塩味を増強する効果も終了してしまいます。そのためよく噛んで食べる必要がある食事の場合、効果を感じにくいでしょう。一方でスープやカレー、麻婆豆腐のような水分が多く、スプーンとともに口に含む動作が自然に行える食品は、エレキソルト スプーンよる塩味やうま味の増強効果を感じやすいでしょう。微弱な電流ですので、味の感じ方には個人差がありますが、好みに合わせて電流を四段階調整可能です」と仕組みを語る。
エレキソルト スプーンは2024年5月20日から、公式オンラインストアでの予約・抽選販売をスタートしたほか、ハンズの一部店舗において数量限定による販売と実機体験会が行われた。購入ユーザー層は幅広く、当初想定していた減塩食を食べている人のみならず、家族のために購入するケースも見られた。また自身の健康のためであったり、むくみ防止のために塩分を控えた食事を行ったりしている20〜30代のユーザーも購入していたという。

2. 後ろの電極に手を重ねることで微弱な電流が通るようになる。自然に持てば電極に触れるので意識せずに使えるだろう。
3.4. 電源ボタンを押すことで電流の強さを切替可能。黄色の点灯は強度が最も弱い状態で、青の点滅が最も強い状態だ。
実際に購入したユーザーからの声について佐藤氏は「減塩食が続けやすくなったといううれしい声がありました。本製品は医療機器ではなく、食事を楽しむためのデバイスですが、実際に体調がよくなったとか、血圧が下がったといった効果もあったようで、開発して良かったと感じました」と語る。
一方で、安全面から流す電流を微弱に設定していたり、電気をしっかり感知してから電流を流したりといった設計にしたことで、塩味が増強された効果を感じにくいというユーザーも一定数存在したようだ。「電気の感じ方には個人差が大きかったり、体調や体質によって感じ方が変化したりします。そういった方々にエレキソルトの価値をどう届けていくか現在模索している段階です」と佐藤氏。現在、これらの要望を反映したエレキソルトデバイスの第2弾、第3弾製品の開発を進めており、早ければ今年中にも販売をスタートしたい考えだ。
現在のエレキソルト スプーンは公式オンラインストアの抽選販売のみで販売している。「まずは家庭の食卓で使うことを想定し、製品の提供を進めていますが、病院や介護施設での食事や、健康経営に取り組む企業の食堂で使うことも視野に入れ、現在可能性を模索しています。また現在塩味やうま味のみですが、甘みなども増強できるデバイスの開発にもトライしていきたいですね。電気を活用するフードテックを食習慣に根付かせるべく、他の業態の企業や病院、自治体と共にエレキソルトの展開をさらに広げていきます」と佐藤氏は語った。
