HEARING

周囲の音に対する注意を代替する
「聴覚拡張ヒアラブルデバイス」で音を戻す

本を読みながら電車で移動している際に、内容に集中してしまい車内アナウンスを聞き逃してしまったことはないだろうか? 聞き直そうにも聞き直せない、そんな聴覚の困りごとを解決してくれそうなデバイスを、京セラが開発している。そのヒアラブルデバイスは“音を戻す”ことができるという。どのような技術なのか、詳しく話を聞いた。

聞き逃しをサポートするデバイス

京セラ
金岡利知

 京セラが開発している「聴覚拡張ヒアラブルデバイス」は、聞き逃した音を気付かせたり、聞き返せるデバイスだ。「人は何かに集中していると、周りの音が聞き取れない性質があります。カクテルパーティ効果という言葉がありますが、一つにフォーカスすると、それしか聞き取れなかったりしますね。そうした聞き逃した音をサポートするのが、この聴覚拡張ヒアラブルデバイスです」と語るのは、京セラ みなとみらいリサーチセンター 研究開発本部 フューチャーデザインラボ 第1研究部 第1研究課 主席技師 金岡利知氏だ。

 金岡氏は聴覚拡張ヒアラブルデバイスで採用している骨伝導型のイヤホンを手にしながら、こう続けた。「聴覚拡張ヒアラブルデバイスは、耳の横にマイクが搭載されています。耳で聞いているのと同じ音をデバイスで聞き取り、その音を一定期間録音・保持しておく『リングバッファ』で残しています。例えるならドライブレコーダーのようなイメージですね。病院の待合室で呼び出しを待っていたり、飛行機の搭乗口付近で案内を待っていたりする場合に、読書や仕事など他の作業に集中してしまってアナウンスを聞き逃すケースがあると思います。そんな時に、聴覚拡張ヒアラブルデバイスを着けていると、登録したキーワードの音声を検知して、保持した音声を再生してくれます」音声はセンテンス(文章)単位で記録されているため、登録されたキーワードを含むアナウンスなどは最初から再生することが可能だ。

 キーワードの登録はスマートフォンのアプリから行う。例えばニューヨーク行きの飛行機に乗る場合、「ニューヨーク」という単語や便名を設定しておけば、関連アナウンスを聴覚拡張ヒアラブルデバイスが検知して知らせてくれるのだ。検知した音声はテキスト化もされるため、文字でも情報を確認できる。「例えば最近ですと、オンライン会議を自席で行うケースも多いでしょう。会議での会話中に、同僚から呼びかけられたり、来客の知らせがあったりした場合でも、自分の名前を登録しておけばこのヒアラブルデバイスが知らせてくれます。他の作業に集中していても他者からの呼びかけに気付くことが可能になるです」(金岡氏)

 聞き流してしまった音声を聞き直すことも可能だ。聴覚拡張ヒアラブルデバイスは、右手で右耳をふさぐようにイヤホンにかざしたり、音声で指示を出したりすると、直近の音を戻して再生できるのだ。「今、何を言っていたんだろう?」というようなときに、直近の音声を戻して聞き直せる。

「音は10〜30秒分ぐらいまで残せるようになっています。実際に人の耳に聞こえている音は5秒程度しか記憶されず、あまり過去の音声を記録していても聞き直すことは少ないため、このような設定にしています」と金岡氏は語る。

介護や物流の現場などの活用見込む

聴覚拡張ヒアラブルデバイス。現行の試作機では骨伝導型のイヤホンに聴覚拡張の機能を実装している。両耳にそれぞれマイクが搭載されており、耳で聞くのと同様に音を記録し、一時的に保持する。

 こうした聴覚の拡張を実現しているポイントの一つが、イヤホンの両側に付いているマイクだ。「販売されているヘッドセットやマイク付きイヤホンの中には、一つしかマイクが搭載されておらず、自身の声しか取り込めないケースもあります。耳と同じところで、耳と同じように音声をマイクで取り込むことで、リングバッファで音声を記録することが可能になります。昨今主流となりつつあるアクティブノイズキャンセリング搭載のイヤホンなどは、外の音を打ち消すためマイクが二つ搭載されておりますので、このような製品であれば聴覚拡張ヒアラブルデバイスの技術を使えるでしょう」と金岡氏。

 現在試作機で使っているのはオープンイヤーの骨伝導型のイヤホンだが、カナル型のイヤホンであったり、外付けのマイクを組み合わせたりした運用でも、このような聴覚拡張の機能は実現できる。将来的には他社が提供するイヤホンデバイスに、京セラの聴覚拡張の技術を組み込む形での提供を想定している。製品化は未定だが、ヘッドホン、補聴器、インカム、ヘッドセットなど、耳に取り付けるデバイスへであれば組み込みは可能だ。京セラは現在コラボレーションできるイヤホンメーカーの検討を進めているという。

 ビジネスシーンにおいて、この聴覚拡張ヒアラブルデバイスの技術はどのように活用できるだろうか。金岡氏は「すでにインカムなどを業務で活用している介護現場や物流、製造現場などでの需要を見込んでいます。音声指示が多いマルチタスクな業務に向いているでしょう」と語る。

 日常的な生活シーンでの活用も見込んでいる。「音は聞こえているのに内容の聞き取りに困難がある『聴覚情報処理障害』(APD)というものがあります。こうした方々にとって、聞き逃した言葉を簡単に聞き直せる聴覚拡張ヒアラブルデバイスは非常に需要があるようで、福祉系の専門展示会でデモ展示をしたところ、大きな反響がありました。補聴器を着けている高齢者にとっても、こうした聴覚拡張ヒアラブルデバイスは大きなニーズがあるようです」と金岡氏。

 金岡氏が所属する京セラのフューチャーデザインラボでは、このような聴覚拡張技術を含めた人間拡張技術の開発に力を入れている。今回紹介した聴覚拡張は知覚・認知の拡張だが、美しく正しい歩き方を導く「歩行センシング&コーチングシステム」などの研究開発もワコールと共同で進めており、人の日常を楽しく快適でわくわくする体験に拡張する技術開発に向けて、今後も検証を進めていく。

聴覚拡張ヒアラブルデバイスはアプリと組み合わせて活用する。登録したキーワードを検知するとそのキーワードを含むセンテンスを繰り返し再生し、ユーザーにアナウンスを気付かせることができる。

聴覚拡張ヒアラブルデバイスは骨伝導型のオープンイヤーイヤホンを試作機に採用している。外部の音を聞きながら特定キーワードを検知したセンテンスを再生できる仕組みのため、日常的に使いやすい組み合わせだ。実際に金岡氏に空港での飛行機遅延のアナウンスを再現してもらい、キーワードを検知する形での音声再生を行ったところ、「ニューヨーク」というキーワードを検知してイヤホンから「ぴこん」という音が鳴ったと思うと、先ほど金岡氏が話した内容が再生された。また、右手をイヤホンにかざすと、数秒前の音声が再生される様子を体験できた。声でもこの音声を戻すことは可能だというが、電車内や空港など外で使うことを想定すると、手をかざして音を戻せる動作の方が自然で使いやすそうだ。