和光学園 和光高等学校(以下、和光高校)は、自由と自治を学ぶ学校として、生徒の主体性を尊重した教育に取り組んでいる。一般的なこと以外は校則を設けず、生徒会活動も生徒の自主性を重んじるなど、自分の足で立ち、たくましく生きていける力の獲得を目指している。そうした和光高校で実施されたのが、生成AIを活用した防災教育だ。

Adobe Expressの画像生成AI機能を活用した
被災ジャーナルの制作で批判的思考を学ぶ

生成AIをどう教育に取り入れる?

 和光学園 和光中学・高等学校 情報科教諭でAdobe Education Leader(現名称:Adobe Creative Educator Innovator)認定を持つ小池則行氏は、教育における生成AI活用に積極的に取り組んでいる。テキスト生成AI「ChatGPT」が登場したのは2022年末ごろのことだが、12月ごろに実際に利用した小池氏は「時代が変わる」と感じたという。「Google検索が出てきた時のようなインパクトがありましたね。情報の授業に取り入れていく必要があると強く感じました」と小池氏。

 小池氏が受け持つ高校1年生必修の「情報Ⅰ」の授業では年度の始めに、生徒自身のデバイスの使い方を振り返る授業を実施する。使用時間の長さや危険な目に遭ったことはないか、といった事柄をGoogleフォームで集計して、その結果をディスカッションしたという。2023年度の授業ではその流れから、デジタルシティズンシップ教育の六つのテーマに基づきグループ学習を行った上で、生成AIについての学習に取り組んだ。「生徒にアンケートを取ったところ、40人弱の生徒の内8人が生成AIを使ったことがあると回答しました。しかしほとんどが触れたこともない状態だったため、実際にChatGPTを使う授業も実施しました」と小池氏。なお、ChatGPTは18歳までの未成年が利用する場合、保護者の同意が必要となるため、同意を得た上で授業を行った。

 授業の中では第一次AIブームから現在の第三次AIブームまでの流れを紹介し、Google検索のアルゴリズムの裏側や、マシンラーニング、生成AIに至るまでを系統立てて授業で学習した。実際にChatGPTを使った授業では、「和光高校の学校紹介文を書いてください」といったプロンプトを入力し、その回答の質の評価を行った。「実際にやってみると、町田は神奈川県にあるとか、和光高校は英語教育に力を入れているとか、誤った情報が含まれていることなどが分かりました。一方でしりとりをしたり、英語を翻訳させたりといった作業は高いクオリティで実現できます。実際に使ってみることで、生成AIの基本原理や、できること、できないことが学べました」と小池氏は振り返る。

被災ジャーナルで災害を自分ごとに

 これらの生成AIの学びを生かし、和光高校で実践したのが被災ジャーナルの制作だ。和光高校では東日本大震災を契機に、防災委員会が中心となり災害時の安全対策について再検討を行っている。防災マニュアルも作成し、継続的に改訂するなど防災への取り組みに力を入れている。また、毎年9月の防災月間には、「近い将来やってくる大地震に備える」をテーマとした防災教育を、情報Ⅰの授業で実施している。

 情報の授業で防災教育を実施するメリットを、小池氏は次のように語る。「デジタルコンテンツやツールと防災教育は非常に相性がいいんです。以前の防災教育では、Googleマップを活用して『もし学校で地震が起きたときに家まで徒歩で帰るならどのルートを通って帰るか』といったことを検討させる授業を実施しました。本校は私立なので、家が遠い生徒もいます。公共交通機関が使えない被災時において、安全に歩いて帰るのであればどのルートを通るのが良いか、どれくらい時間がかかるのか、といったことを調査しました。航空写真を使えば、『このルートは大通りじゃないから避けよう』『道が浸水するから別のルートを使おう』といった想定ができ、震災による被災が他人事ではなく、自分ごとになります」

 2023年度の防災教育では、前述したようなGoogleマップの活用からさらに踏み込み、画像生成AIを活用した授業を実施した。その授業の中で生徒たちが作成したのが「被災ジャーナル」だ。

 被災ジャーナルのアイデアを得たのは慶應義塾 環境情報学 准教授の大木聖子氏が提案する教材「防災小説」の存在だ。防災小説とは、近未来の特定の日時に巨大地震が発生したと想定した物語を書き、自分の行動を想像することで、自然災害を「自分ごと」として捉えることを目指した教材だ。小池氏はこの防災小説の存在を新聞記事で知り、同校の防災教育の授業にアレンジを加えて取り入れた。

 そのアレンジの一つが、生成AIの活用だ。アドビが提供するデザインツール「Adobe Express」に搭載された画像生成AI「Adobe Firefly」を活用することで、想定した被災の様子をより具体的に表現できるようになる。

「授業では『10月X日、東京にマグニチュード7の大地震が発生した』という設定を共有し、どう行動するかといった一人称のストーリーを作成してもらいました。最後は希望のあるエンディングにすることを決まりとしています。ストーリー作りではChatGPTの使用も許可しました。Fireflyはそのストーリーに合った画像の生成に活用し、写真と文章の組み合わせで『被災ジャーナル』を完成させ、提出してもらいました」と小池氏。2023年は関東大震災から100年の節目ということもあり、震災に関する特集サイトなども数多くあったため、そうした防災リソースを活用し、よりリアルで自分ごととなる被災ジャーナルの作成に取り組んだ。

事前学習として災害による被災の状況や、画像生成AIによるフェイクニュースといった事柄を学び、Adobe Expressの画像生成AI(Firefly)を活用しながら被災ジャーナルを作成した。リアルでストーリーに沿った被災の状況を画像で生成するのはなかなか大変だったようだ。

批判的思考力や創造性を身に付ける

 小池氏は「よく生成AIを使うと時短になるとか、作業が効率化されるという意見を耳にしますが、実際のところクリエイティブな作業をする場合は、生成AIを使うと逆に時間がかかります。例えば今回、ストーリー作りにChatGPTを使う許可を出しましたが、実際のところ自分のパーソナルなことをChatGPTに聞いても求めている答えは返ってきません。画像生成AIも、丁寧にプロンプト文を入力しなければ想定している画像は生成されないため、非常に時間がかかります。こうした生成物のクオリティは、正確な情報を与えることで向上します。うまく指示をすればストーリーにあったクオリティの高い画像が生成できますし、批判的な思考力や創造性も身に付くでしょう」と学びに画像生成AIを活用するメリットを語る。

 小池氏は2024年度の情報の授業においても生成AIを活用した授業を実施することを検討している。その中でAdobe Fireflyは、商用利用可能な画像生成AIとしてリリースされており、著作権の問題がクリアになっていることから、教育現場で使いやすい点が魅力的であり、今後も授業での活用を進めていく方針だ。