裸眼3D立体視が広げる医療の可能性

–Med Tech–サイアメント

ビジネスシーンにおける3Dコンテンツの活用が広がっている。その中でも医療分野は、日常的に3Dプリンターを使うなどニーズが高い。そうした医療分野の3DCG需要に着目したのが、サイアメントだ。

医療現場の3Dモデル活用

 サイアメントは、サイエンスに特化したCGコンテンツ制作やサイエンスCGプロデュースを専門とする企業だ。特に医学に関する3DCGコンテンツプロデュースを得意としている。その代表取締役社長を務める瀬尾拡史氏は医師でもあり、医療における3DCGの活用を長年模索していた。もともと中学生の頃からプログラミングやCGに興味があった瀬尾氏は、東京大学医学部医学科3年生の時に、裁判員制度での3DCGの利用を最高検察庁に提案し、実際に裁判員裁判第1号事件において、証拠画像としての3DCG画像を制作している。その功績により東京大学総長賞、および総長大賞も受賞している。

 卒業後、実際に医療現場で働く中で3DCGを医療で活用する価値を痛感し、2011年8月に設立したのがサイアメントだ。医療関係者から3DCG制作を依頼される中で、ある課題に気が付いた。小児科では心臓の3DCGデータから3Dプリンターに出力し、実際に心臓の立体構造を理解して手術に臨むケースがあったが、その3Dモデルの出力には一晩かかるなど時間を要していたのだ。また、心臓の内部を見たい場合は一度切る必要があるが、そうすると別の角度から切ることができなくなる。瀬尾氏はそうした課題に対応するため、3Dプリンターに出力する前の3DCGデータをiPad上で動かしてさまざまな方向から立体的に確認できる仕組みを構築した。一方で、「CTやMRIなどのDICOMデータから3DCGを瞬時に作ることができれば、臨床において非常に役立つのではないか」という発想を得た。そこで開発されたのが、DICOM 3DCG可視化ソフトウェア「Viewtify」だ。

サイアメント 代表取締役社長で医師の瀬尾拡史氏。画面に表示されているのは瀬尾氏が開発したViewtifyで生成された人体の3DCGモデル。

裸眼3Dで人体構造を確認

 ViewtifyはUnreal Engineを用いて開発されており、医療現場で使用されるCT画像やMRI画像などのDICOMデータを読み込むことで、人体の内部や骨、臓器などを3DCGでリアルタイムに生成する。こうしたDICOMデータから3DCGを生成する技術は過去にもあったが、Viewtifyで特筆すべきはその生成スピードであり、既存ソフトの100〜1,000倍のスピードでの生成が可能だという。

 このViewtifyで生成された3DCGを表示するデバイスとして、現在積極的に活用されているのが日本エイサーの裸眼3D立体視テクノロジー「SpatialLabs」が実装された液晶モニター「Acer SpatialLabs View Pro」や、クリエイター向けノートPC「ConceptD 7 SpatialLabs Edition」だ。SpatialLabsは裸眼で3Dデータの立体視が行える技術で、特殊なアイウェアなどのデバイスを装着せずともViewtifyで生成された骨や臓器などの3DCGを立体的に確認できる。日本エイサーのSpatialLabs搭載デバイスは、ノートPCやモバイルモニターを設置する程度のスペースで利用できるため、院内での持ち運びがしやすい点もメリットだ。

 3Dプリンターで出力した3Dモデルと、裸眼3D立体視モニターによる3Dモデルを比較して瀬尾氏は「見やすさ」を違いに挙げる。模型で見ている箇所の細部がどうなっているのか、といった情報も、裸眼3D立体視モニターで表示したViewtifyであればCTやMRIとの関連性を確認できるのだ。

 これらの裸眼3D立体視モニターが、医療現場においてレントゲンのように日常的に使われるデバイスになればと、将来を夢見て、瀬尾氏は医療現場に向けた3DCGの活用提案を進めていく。

SpatialLabsテクノロジーによる裸眼3D立体視のイメージ。特殊なアイウェアを装着しなくても、3DCGモデルが画面から浮き上がるような見え方が可能になる。外付けデバイスの活用によってハンドジェスチャーでの操作も可能になる。

多様な技術の組み合わせで
裸眼でコンテンツを立体的に魅せる

–Med Tech–日本エイサー
SpatialLabs

日本エイサーが開発した裸眼3D立体視テクノロジー「SpatialLabs」。特別なアイウェアなどを装着しなくても立体的に3Dデータを視認できるその技術はどのようにできたのか、同社に話を聞いた。

さまざまな業界で進む3Dの活用

 HMDやスマートグラスなどのアイウェアを装着することなく、立体的にコンテンツを視認できる裸眼3D立体視テクノロジー「SpatialLabs」。その技術の基本は対応するデバイスに搭載されたアイトラッキング技術、特殊なパネル、AI技術、リアルタイムレンダリング技術の組み合わせにある。3Dモニター「Acer SpatialLabs View Pro」を例に取って見てみよう。

 一見すると普通の15.6インチサイズのモバイルモニターだが、上部には通常のWebカメラの両脇に、アイトラッキング用のカメラが搭載されている。本体の液晶パネルには左右の目用の画像を重ねて表示しており、アイトラッキング用カメラで追随した目の位置や動きからその視差を計算し、映像のズレを創り出すことで、裸眼ながら立体的なコンテンツの表示を可能にしている。「コンテンツを立体的に見せるためには、目の位置のほか顔の動きの把握も重要です。アイトラッキング用カメラでは顔の輪郭なども情報として取得して、顔の動きを認識することで違和感のない立体表示を可能にしています。また、光学レンズが付いた液晶パネルは3Dコンテンツを立体的に映し出すことはもちろん、4K解像度で2Dでもきれいにコンテンツを映し出すことが可能です」と語るのは、日本エイサー 広報担当 中村真季氏。

 日本エイサーはよく知られている通り、PCやその周辺機器の製造・販売を行っている。そうした中で、さまざまな業界で3Dコンテンツの普及や活用が進んでいることを肌で感じていた。「映画制作などのクリエイティブ業界はもちろん、医療や建築など多様な業界で3Dコンテンツの活用が進んでいます。一方で、それらの3DCGモデルを立体的に見るためには、多くの場合3Dプリンターが活用されています。3Dプリンターの場合、出力して修正してまた出力して、といったフローが必要になり、制作期間が長くなりがちでした。実際に出力しなくても、立体的に確認できる製品があれば、こうした制作サイクルをもっと効率化できるのではないか、と考えました」と中村氏。

15.6インチ4KモニターのAcer SpatialLabs View Pro(画像下)はクリエイティブ向けPCと接続することで3DCGコンテンツの裸眼3D立体視が可能になる。

立体視で手術を振り返り

 そうした狙いで開発されたSpatialLabsテクノロジーを搭載したデバイスは、現在3機種販売されている。一つは前述したAcer SpatialLabs View Pro、二つ目は同じく15.6インチ4Kモニターの「Acer SpatialLabs View」。Acer SpatialLabs ViewはPro製品と比較して、ハンドジェスチャーによって3Dモデルを操作できる「Ultraleapハンドトラッキング認識技術」※などに対応していない。また、これらのモニターは手持ちのPCにダウンロードして利用できる3Dアプリ管理ツールが用意されているが、Acer SpatialLabs View Proでは「SpatialLabs Experience Center Professional」、Acer SpatialLabs Viewは「SpatialLabs Experience Center」であり、利用できるアプリに若干の違いがある。

 三つ目の製品は15.6インチノートPCタイプの「ConceptD 7 SpacialLabs Edition」だ。本製品1台で3Dモデリングなどのクリエイティブ作業に対応できるよう、第11世代 インテル Core i7 プロセッサーおよびNVIDIA GeForce RTX 3080 ノートブック GPUを搭載している。最大64GBのDDR4メモリーや、NVMe PCIe SSDの最大2TBのストレージも内蔵していることで、クリエイティブ制作を支援する。

 これらのSpatialLabsテクノロジー搭載デバイスは、特に医療機関からの引き合いが多いと言う。中村氏は「医療機器ではないため診療などには活用されていませんが、手術の振り返りといった研究や教育用途によく活用されています。誰でも操作ができて、医師がすぐに3Dコンテンツが見られる点が魅力的だという声をいただきます」と話す。

 建築業界の企業や、デザイン事務所などからの引き合いも多い。「例えばフィギュアを制作する事業は、これまで3Dスキャナーや3Dプリンターを使って3Dモデルの細部を調整していましたが、SpatialLabsテクノロジー搭載デバイスを活用すれば裸眼で3Dモデルを確認でき、制作フローがスムーズになります」と中村氏。
※使用には別売の外付デバイスが必要。

15.6インチノートPCタイプのConceptD 7 SpacialLabs Editionはこれ1台で3DCGの制作といったクリエイティブ作業から、裸眼3DCGの立体視までをトータルでカバーする。

用途が広がる裸眼3D立体視モニター

 また将来的に導入が進みそうな分野として、中村氏は教育現場を挙げた。「工業高等専門学校などは、新しいテクノロジーをいち早く学生に触れさせるため、すでに導入いただいた事例があります。一般の公立高等学校や中学校などにはまだまだ導入が進んでいませんが、米国などを見ると小学校から、SpatialLabsテクノロジー搭載のPCモニターを日常的に使っている例があります。今後、日本の学校でも1人1台端末が日常的に使われる中で、SpatialLabsテクノロジー搭載のデバイスの需要はますます増えていく可能性が高いでしょう」と中村氏は指摘する。

 日本エイサーでは、今後SpatialLabsテクノロジー搭載のデバイスのラインアップ拡充を目指している。「特に画面の大きさについては、既存ユーザーさまからも『もっと大きい画面サイズの製品が欲しい』とご要望をいただいています。SpatialLabs Experience Centerなどで利用できるアプリについても、利用できるデータの対応フォーマットを増やすなど、さらに進化を進めていきたいですね」と中村氏は展望を語った。

裸眼3D立体視モニターを活用した際の見え方のイメージ。モニターから3DCGが飛び出すように見えるため、立体造形物の確認に役立てられる。