2022年5月に創立80周年を迎えたセイコーエプソンは、同社グループの存在意義や社会的価値を明確にする「パーパス」を制定したことを同年9月に発表した。パーパスによって同社グループが地球環境の保全と産業の発展を両立させる経営戦略を明確にするとともに、その取り組みからビジネスに新たな価値を生み出すことにも注力するという。地球環境への配慮とビジネスの成長をどのように両立させていくのか、エプソン販売 代表取締役社長とともにセイコーエプソン 執行役員も務める鈴村文徳氏に話を伺った。

地球環境の保全とビジネスの成長を両立
環境性能における優位性がこれからの価値となる

Top Interview

時計に端を発するエプソンの技術の数々

編集部■エプソングループのパーパスには「『省・小・精』から生み出す価値で、人と地球を豊かに彩る」と記されています。この言葉に込められた思いをお聞かせください。

鈴村氏(以下、敬称略)■パーパスのメッセージにはエプソン独自の「省・小・精」の技術で人々の暮らしを豊かにするとともに、自然の豊かさを守り、未来へつないでいきたいという想いを込めています。

 現在の不確実性の時代の中で、予測できない変化に対してまず自分たちがどのように変化すべきなのか、その道しるべとなる目指すゴールをより明確に示し、そのゴールに向かってグループが一丸となって向かっていく決意と志を社内外に示しています。

編集部■パーパスで用いられている「省・小・精」という言葉は何を表現しているのですか。

鈴村■「省・小・精」という言葉は、かなり前からエプソンが培ってきた独自の技術を表す言葉として使ってきました。エプソンは時計にまつわるさまざまな技術を開発し続け、とても多くのイノベーションを生み出してきました。その象徴の一つがクォーツ式時計です。

 時計の精度を高めていく過程で、時刻の誤差を限りなくゼロに近づけるために、クォーツ式時計を開発しました。クォーツ式は機械式と比較して精度が格段に高く、さらに精度を突き詰められる画期的な技術です。ところが当初のクォーツ式時計はたんすほどの大きさでした。

 いくら精度が高くてもたんすほどの大きさでは持ち歩くことができず、時間を確認するためにわざわざクォーツ式時計が設置された場所に行かなければなりません。そこで持ち歩けていつでも時間が確認できるという腕時計の利便性をクォーツ式時計でも実現するためにクォーツ式時計の小型化に取り組み、クォーツ式腕時計の開発を成し遂げました。

 このようにエプソンはモノを小さくすることに取り組み、それによって例えば腕時計のようなコンパクトで省スペース、プロセスのダウンサイジング、利便性などの価値を生み出してきました。

 さらにモノを小さくするには無駄を省いて効率を良くしなければなりません。その結果、モノがシンプルでスマートになり、生産性の向上や低コスト化につながるとともに、小さくなることで省電力など地球環境への負荷の低減にもつながるという価値を生み出します。

 小さなモノを作るにはより精緻な技術も求められます。それにより時計の精度が向上するなどの正確さや高い信頼性、美しさ、そして安心・安全といった価値を生み出します。

「省・小・精」の技術がさまざまな製品を生み出した

エプソン販売 代表取締役社長
セイコーエプソン 執行役員
鈴村文徳 氏

鈴村■時計で培ったエプソンの「省・小・精」の技術は、時計以外のさまざまな製品を生み出しました。例えばエプソンはロボット事業にも取り組んでいますが、これは時計の微細な部品を正確に組み立てる工程を自動化するために開発したロボットから派生した事業です。

 時計を組み立てるロボットは世の中に存在しなかったため、自社で開発するほかありませんでした。時計を組み立てられる精密な動作のできるロボットの開発で得た技術やノウハウは、電子部品の組み立てなど時計以外の領域に応用されています。

 またクォーツ式時計は当初、秒針や分針、時針を備えたアナログ型で時刻を知らせていましたが、時刻が瞬時に把握できる液晶表示のデジタル時計を作ることにしました。その際に得た液晶に関する技術やノウハウは、プロジェクター製品に生かされています。

 インクジェットプリンターにも時計の技術が生かされています。インクジェットプリンターのヘッドのインクの噴射口の加工には、時計の微細加工技術が応用されています。従来はヘッドの穴を針のような機械で開けていましたが、インクジェットプリンターの印刷品質を高めるためにインクの噴射口の微細化を進め、現在は半導体のシリコンウェハーを切り出してそれらを貼り合わせてヘッドを作っています。

 このシリコンウェハーを精密に加工する技術を応用して、シリコンウェハーから時計の部品を切り出して作るようになりました。シリコン製の部品ですから金属と比較して軽くなり、また帯磁しないので正確に動作するという価値が得られます。

 このように時計で得た技術からIT機器など新しいビジネスを生み出すとともに、IT機器で得た技術を時計に活用したりするなどして新しい価値を生み出しています。

編集部■パーパスでは時計で培った「省・小・精」の技術が顧客に価値をもたらすとともに、地球環境や社会にも貢献することを明言しています。特に地球環境への取り組みに力を入れている印象を受けますが、その取り組みについてエプソングループ全体とエプソン販売のそれぞれをお聞かせください。

鈴村■パーパスに基づいてエプソングループおよびエプソン販売では環境、DX、共創の三つの戦略を推進しています。その中でも環境への取り組みは最も重要です。まずエプソングループとして環境メッセージ「環境ビジョン 2050」を制定しています。そこではカーボンマイナスや地下資源の消費ゼロなど、非常に高い目標を掲げており、早い段階から取り組みを進めていることで、しっかりとした効果が得られています。

 またエプソン販売では二つの観点で取り組みを進めています。一つは地球環境に配慮して作られた製品を、サプライチェーンの中で地球環境に良い状態でお客さまにお届けすることです。従来はなるべく多くのお客さまのご要望に親身かつ丁寧にお応えするために、さまざまなデリバリーの仕方をしてきました。しかし流通や輸送に無駄が生じていた部分があったため、お客さまに商品をお届けすることと、CO2の排出量を下げることを両立できる流通および輸送の実現に取り組んでいます。

 ただしこの取り組みはエプソン販売1社で実現できませんので、ダイワボウ情報システム(DIS)さまなどパートナーさまとの共創によって取り組みを推進していきます。この取り組みにおける製品の流通やお客さまへのデリバリーに関して、DISさまとの協業が非常に大きな成果をもたらしてくれると期待しています。

新たな価値となる環境性能がビジネスの成長にも貢献する

鈴村■もう一つは当社が提供した製品をお客さまが使用するにあたり、CO2の排出量を削減することに貢献することです。例えばプリンターの場合、インクジェットプリンターはレーザープリンターと比較して消費電力が少なく、CO2の排出量を下げることができます。レーザープリンター(40ppm機・TEC基準値)をエプソンのインクジェットプリンターの最新モデルに置き換えることで、年間CO2排出量を62〜66%削減できます。

 さらに消耗品に関してもインクジェットプリンターが有利です。液体であるインクの容積効率は粉粒体であるレーザープリンターのトナーに対して優れており、交換頻度を抑えられます。その結果、消耗品の交換に伴う部品の輸送やパッケージの消費などが減り、CO2の削減につながります。

 お客さまが何か対策や努力をしなくても、エプソンのインクジェットプリンターの最新モデルに入れ替えていただくだけで、お客さまの業務のパフォーマンスや品質を下げることなくCO2削減を実現できます。こうした地球環境に対するエプソンのインクジェットプリンターがもたらす価値をしっかりとお客さまにお伝えして、お客さまにおける地球環境への取り組みを支援していくことも当社の使命だと考えています。

 ただしこの取り組みにはエプソンの製品が持っている環境性能の優位性をパートナーの皆さまに理解していただき、お客さまに届けていただく必要があります。ここでもパートナーさまとの共創が重要になります。

編集部■地球環境への貢献は社会的な責務という側面に加えて、ビジネスにも新たな機会や価値をもたらすということですね。

鈴村■その通りです。お客さまは新たに商品やサービスを購入するとき、現状よりも高い価値を期待します。ではお客さまはどのような価値を求めるのかと言いますと、従来でしたらより高い性能によって、例えばプリンターならば1枚の出力が数秒速くなりますといった話になりました。それも大切な価値の一つですが、お客さまにとっては大きな価値にはなりにくいと思います。

 あらゆる事業活動において地球環境への負荷軽減が求められ、年々要求が厳しくなる中で、消費電力が半分になります、CO2の排出量が三分の一になります、といった環境性能がお客さまにとっての価値において非常に重要になってくるはずです。

 お客さまの意識も変化しています。お客さまが安心して当社のインクジェットプリンターをより長く使い続けられるように、5年間のサポートサービスを提供する「カラリオスマイルPlus」のサービス内容を2021年に見直して、より手厚い内容にしました。

 それに伴って料金を大幅に値上げしたにもかかわらずお客さまに好評で、販売店さまによっては本体販売台数のおよそ3割の加入をいただいています。これは製品をより長く使用することで、地球環境への負荷を低減したいというお客さまの意識の表れだと感じています。

 これからもエプソングループおよびエプソン販売は地球環境と産業の共生への取り組みを通じて、地球環境の保護とお客さまのビジネスの成長に貢献していきます。ただしパーパスの実現はエプソングループの従業員だけでは成し得ません。お客さまやパートナーさま、社会へと共感を広げていくことで地球環境の保全や文化の発展に貢献し、人と地球が豊かに彩られる未来を一緒に実現していきたいと強く願っています。