介護施設の排泄支援をテクノロジーが改善

–Age Tech– LINK

介護施設における職員への業務負担は大きい。特に三大介護の一つである排泄は重要視される一方で、職員への身体的・精神的な負担が大きい介助だ。その業務を効率化するため、AgeTechのシステムをLINKが運営する介護施設が導入している。

介護の非日常的な光景に疑問

 LINKは、北海道札幌市でエターナルという、小規模多機能ホームと住宅型有料老人ホームを運営している。小規模多機能ホームとは、デイサービスを中心に、訪問介護やショートステイなど、利用者の要望に合わせて柔軟に利用できる介護サービスだ。エターナルでは施設の1階と2階を小規模多機能ホームとして、3階を住宅型有料老人ホームとして運営し、地域の高齢者の生活をサポートしている。

 そのエターナルの施設において、LINKが2022年11月から試験的に導入しているのがNECプラットフォームズが開発した「NECサニタリー利用記録システム」だ。施設のトイレにセンサーを取り付けることで、利用者の排泄を自動で検知および通知する。

 導入した経緯について、LINKの代表取締役を務める岩本栄行氏は次のように語る。「私は元々建設業界にいたのですが、介護業界に勤め始めた時に違和感が大きかったのが、利用者に排泄の有無などを当たり前のように尋ねる光景でした。例えば他人に対して『おしっこでた?』『便でた?』と聞くのは、介護施設以外であれば非日常な光景ですよね。こうした非日常的なことをやめて、利用者の尊厳を尊重した当たり前の空間にしたい。そう考えたのが導入のきっかけです」

 介護施設において、利用者の排泄管理は重要だ。便の有無によって下剤を投与する必要があるが、排泄の報告忘れによる過剰投与で、失禁が起きるケースもあり、介護職員の負担にもなっていた。

利用者の尊厳を守るシステム

 NECサニタリー利用記録システムは、利用者や排泄物を識別し、介護職員が所持するスマートフォンやタブレット上のアプリに通知するため、前述したような報告のミスがなくなる。また口頭での確認が必要なくなるため、利用者の尊厳も守れる。トイレは複数の利用者が共用で使うため、オプションの個人識別センサーをトイレの個室の壁に設置。「時折誤認することもありますが、精度高く個人を識別できています」と岩本氏。

 実際に導入した効果を岩本氏に問うと「導入当時は利用者や職員にも抵抗感がありましたが、きちんと説明することでそれもなくなりました。特に職員にとっては失禁などへの対応や、排泄のたびにトイレの前で待機して確認するような負担が減ったことで、非常に好意的に受け入れられています。正直、もうこのシステムを外すことは考えられないですね」と笑う。

 エターナルでは現在小規模多機能ホームの2階トイレのみにNECサニタリー利用記録システムを設置しているが、2023年1月からは3階の住宅部分にも導入し、本格的な活用をスタートする。

「介護は、きつい、汚い、臭いの3Kの仕事と言われています。しかし、排泄支援をテクノロジーで改善することで、この3Kの印象を過去のものにできるでしょう。現在、NECサニタリー利用記録システムは当社が利用する介護支援システムと連携してデータの蓄積も行っていますが、今後はこのデータをもとに分析を行い、より良い介護支援に生かしていきたいですね」と岩本氏は展望を語った。

1.北海道札幌市の北34条駅から歩いて12分ほどの住宅街にあるエターナル。1階と2階を小規模多機能ホーム、3階を住宅型有料老人ホームとして運営している。
2.エターナルの小規模多機能ホームは暖色の明かりの中、一般家庭のリビングのような居心地の良い雰囲気だ。
3.2階トイレには、試験導入したNECサニタリー利用記録システムが設置されている。4.エターナルでは一つのトイレを複数の利用者が使うため、オプションのカメラ「個人識別センサー」を壁に設置している。本センサーによって、胸部から上の顔のみを認識して個人を識別、それぞれ個人にひも付いた排泄記録として蓄積する。5.トイレへの入室、着座などの利用は、職員が持つタブレット(iPad)に通知される。写真でiPadを手にしているのは岩本氏。

排泄物の状態から動作までをセンサーで見守る

–Age Tech– NECプラットフォームズ「NECサニタリー利用記録システム」

介護職員へのアンケートをもとに開発された「NECサニタリー利用記録システム」。職員の身体的・精神的な負担を大きく軽減できるその仕組みと、開発の経緯を聞いた。

介護負担を軽減する技術とは

 介護職員の負担が増加している。少子高齢化が進むに伴い、介護職員の必要数も増えており、厚生労働省によると2023年度には2019年度比約22万人増の約233万人、2025年度には同年度比約32万人増の約243万人、2040年度には同年度比約69万人増の約280万人が必要とされている。一方で介護職員の数は不足しており、現在は3:1(3人の利用者に対して1人の職員)が基準とされているが、現場を見てみると2:1が限度だという。しかし、社会保障費の負担が増大していることから政府は今後、人員配置基準を4:1に見直すことなども視野に入れている。2022年11月25日の経済財政諮問会議では岸田文雄首相から「今後も需要増が見込まれる医療や介護分野については、ロボットや見守りセンサーをはじめ、デジタル技術を積極的に活用することで、人手不足の解消と供給力の向上を同時に実現してまいります。そうすれば、働く方々の収入も上がり、需要と供給が共に増加する成長産業にもなっていきます」と発言があり、今後さらに進んで行く介護職員の不足と社会保障費の負担増を抑制するために、ICTとロボットの活用が注目されている。

 NECプラットフォームズではこうした介護現場の課題に以前から注目しており、5年ほど前から介護現場の業務を支援する製品の開発に着手していた。それがトイレに設置できる排泄分析センサー「NECサニタリー利用記録システム」だ。NECサニタリー利用記録システムは既設トイレに後付けして使用できる製品で、排泄情報を収集・通知することで介護職員の業務効率化を図れる製品だ。介護現場の意見をもとに開発を進め、2022年5月23日から販売をスタートしている。

排泄の四つの課題を解決

便の状態をアプリ上で確認できる。性状や色味、大きさなども確認でき、下剤の過剰投与の防止や、利用者の健康管理に役立てられる。

 NECプラットフォームズ 三重野 勤氏は「食事、入浴、排泄はいわゆる三大介護と呼ばれており、身体介護サービスの中で特に重視されています。その中でも特に排泄にフォーカスして、福井県や我孫子市の施設長や介護職員1,000名以上にアンケートを行ったところ、具体的な課題として4点が浮上してきました」と語る。

 一つ目はトイレへの誘導タイミングだ。排泄のタイミングを把握し、利用者をトイレに誘導することは日常的な介護の中でなかなか難しい。二つ目は下剤投与の難しさだ。例えば車椅子などを利用していると、下半身の機能が使えないため便秘になりがちだ。それを改善するために下剤を投与するが、排便の様子が分からないと多めに投与してしまい、便が緩くなるなど便の状態が落ちてしまう。便の状態を把握できる仕組みが求められていた。三つ目は排泄自立の確保だ。寝たきり状態でおむつをしている利用者が、自分でトイレを利用するよう働きかけをしていくことが難しいという。四つ目は尊厳の確保の難しさだ。口頭や目視での便の状態確認や、トイレの着座や退座のタイミングなどで介助が必要な利用者に対しての確認が求められるが、それは同時に利用者の尊厳を損なうことにつながる。

 こうした介護現場の排泄にまつわる四つの課題を解決するシステムとして開発されたのが、NECサニタリー利用記録システムだ。既存のトイレに取り付けるだけで、利用者の見守りと、排泄記録の自動化を行える。

作業時間を平均月22時間軽減

トイレの利用状況もアプリから確認できる。入室から退室までの一連の動作をアプリに通知するため、適切なタイミングで介助に入ることが可能になる。

 NECサニタリー利用記録システムは便器の縁に取り付ける「排泄検知ユニット」と、そのユニットからトイレの利用状況を収集してAIエンジンで検知・分析を行う「制御ボックス」で構成されている。分析はエッジデバイスで完結するため、外部に排泄の情報が漏れる心配はない。またセンサーデータは保存せずすぐに廃棄するため、万が一機器が盗まれても情報が漏えいしない仕組みだ。分析データをアップロードするクラウドは医療情報システム並みの基準で情報を保護しており、安心して使える。

 NECサニタリー利用記録システムではセンサーにより、排泄情報を自動的に記録する。これまで介護職員が目視あるいは口頭で確認していた際は、報告を忘れて流してしまい正しい記録が取れないケースもあったが、本システムを導入すればセンサーが自動的に排泄情報を記録してくれるため、介護職員の負担を低減できる。

 また、トイレにいる利用者の状態も通知してくれる。例えばこれまでは、介助が必要な利用者は退座時に外にいる介護職員を呼び出す必要があった。本システムは、トイレへの入室、着座、排泄開始、排泄終了、退座、退室のタイミングでそれぞれ通知を行える※ため、適切なタイミングでの介助が可能になり、転倒事故なども防止できる。また長時間着座をしている場合も通知されるため、トイレの中で具合が悪くなるなどした場合も把握可能だ。トイレの状態通知は利用者ごと、トイレ動作ごとに通知する、しないを個別設定できる。

「2022年1月から先行導入していただいているウェルフェア仙台さまでは、職員1人当たり平均月22時間の作業時間と精神的不安の軽減効果を確認できています。現在、本システムはエヌ・デーソフトウェアの介護業務支援ソフトウェア『ほのぼのNEXT』と連携していますが、今後はさらに多様なシステムとデータ連携することで、科学的な介護への積極的な貢献を図っていきたいですね」と三重野氏。NECプラットフォームズはセンサー技術によって、これからも介護現場の支援を続けていく。

※入退室の検知はオプションの個人識別用カメラが必要。