総務省と経済産業省が策定した「AI事業者ガイドライン」

生成AIの登場によりAIの利用範囲は急速に拡大している。一方で開発者や利用者が直面するリスクも多様化している。こうした状況において事業者によるAIの安全安心な活用を促進するための指針として、総務省と経済産業省が共同で「AI事業者ガイドライン」を策定した。AI事業者ガイドラインは2024年4月に初版が公開され、現在(2025年9月時点)は2025年3月に発行された1.1版が最新版となる。

対象はAIを開発・提供・利用する全ての事業者
事業者の自主的な取り組みを促す内容

 生成AIの登場によってAIの利用範囲が急速に拡大しており、AIの活用によって生じるリスクの特定が難しくなっている。そのため生成AIを使うことで漠然と情報漏えいが生じる恐れがあると考えて、生成AIの活用を積極的に進めていない事業者も少なくないと聞く。

 こうした状況に対して経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 AI産業戦略室 室長補佐 近藤俊輔氏は「AIを使わないことがリスクです」と断言する。少子高齢化が進み、人材不足が深刻化する中で事業者が事業を継続し、成長を目指すために、また社会の利便性や豊かな生活を維持するためにも、AIの活用は不可欠であることは言うまでもない。

 AI事業者ガイドラインはさまざまな事業活動においてAIを開発、提供、利用する全ての者を対象に策定された。AIの活用促進のために安心してAIを使える環境を整えることが大目的であり、事業者の自主的な取り組みを促す構成となっている。近藤氏は「AIのリスクを正しく認識し、自主的に対策を講じるための統一的な考え方を示すものです。義務ではなく“ソフトロー”としての位置付けであり、さまざまな立場でAIを活用する上で必要となる観点を把握していただきつつ、事業者の規模や業種に応じて柔軟に活用できる点が特長です」と説明する。

 また国内の技術的・社会的課題への対応にとどまらず、国際的なAI政策の動向も踏まえている。近藤氏は「広島AIプロセスなど国際的な議論を踏まえ、日本として統一的な指針を示す必要がありました」とAI事業者ガイドライン策定の経緯を振り返る。

AIの安全性を事業者が
自主的に確認できる仕組み

経済産業省
商務情報政策局
情報産業課 AI産業戦略室
室長補佐
近藤俊輔

 AI事業者ガイドラインの詳細な内容はインターネットで公開されている「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」を参照してほしい。その中では「人間中心」「透明性」「アカウンタビリティ」など、各立場の主体が念頭に置くべき共通の指針が示されており、開発者、提供者、利用者それぞれの立場に応じて具体的な行動指針が記されている。また事業者における具体的な取り組みも紹介されている。

 近藤氏は「例えば開発者や提供者は使用するデータやシステムの仕組みについて透明性を確保し、説明責任を果たすことが求められます。AIの安全性を確保するための適切な管理も必要です。一方で、利用者もAIの利用方法に応じて生じ得るリスクを認識できているか、そもそもの使用用途は適切かといった点に注意を払う必要があります」と語る。

 では開発および提供するAIやデータのリスクはどのようにして把握すればいいのだろうか。2024年2月、内閣府をはじめ関係省庁、関係機関が協力し、AIの安全性の評価手法の検討等を行う機関として「AIセーフティ・インスティテュート」(以下、AISI)が設立された。

 AISI フレームワークチームの加藤敏洋氏は「事業者がAIを提供する前に、どのように安全性を評価すればよいのか悩む声が多く、AI事業者がガイドラインを遵守しているかどうかを自主的に確認できる仕組みが必要でした」と説明する。

 AISIは「AIセーフティに関する評価観点ガイド」を公開しており、AIシステム開発者が安全性を評価する際に参照する評価項目や考え方を示している。同ガイドはマルチモーダルAIに対応するよう改訂され、「有害情報の出力制御」「公平性と包摂性」「プライバシー保護」「セキュリティ確保」「ロバスト性」「データ品質」といった観点が、評価の重要項目として追記されている。

 さらに医療やロボットなど業界別のガイドラインの策定も支援しており、業界団体との連携によるワーキンググループの設置も進めている。

AIのメリットを最大化するには
リスクを適切に管理しなければならない

情報処理推進機構(IPA)
AIセーフティ・インスティテュート
フレームワークチーム
加藤敏洋

 事業者はAI事業者ガイドラインを活用することで、どのようなメリットを得ることができるのだろうか。近藤氏は「AIガバナンスとは、AIの利活用においてステークホルダーにとって受容可能な水準でリスクを管理しつつ、享受できる便益を最大化することを目的としており、組織的な枠組みや方針、現場レベルでの実装など、関係するシステムの設計・運用の全てを指します。AI事業者ガイドラインを活用することで、ステークホルダーが受容可能な水準でリスク管理が実践できますし、AIのリスクを適切に管理していれば、AIのメリットを最大化することも可能になります」と説明する。

 一方でAIのリスクを適切に管理していない場合は、リスクの顕在化や信頼の失墜につながる可能性がある。近藤氏は「AIガバナンスの管理・監督責任が追及されるような事例もありますので、AIガバナンス構築を進める上では、ぜひAI事業者ガイドラインを活用いただきたい」と強調する。

 AI事業者ガイドラインは“Living Document”として位置付けられており、技術や社会の変化に応じて継続的にアップデートされていく。最新版ではリスク分類や契約上の留意点、国内外の動向が反映された。近藤氏は「AIエージェントなど新たな技術に対応するため、今後もガイドラインは進化していきます。ただし、生成AIの技術は日々進化しているため、最新の技術およびそれによって発生し得るリスクについては継続的に注意を払っていただくことが重要です」と説明する。

 AI事業者ガイドラインは、今後地方の企業や中小企業も含めて幅広い事業者に活用されることが期待される。講演やセミナーを通じた啓発活動が進められているが、AI事業者ガイドラインの使いやすさを向上するツールなどの提供にも期待したい。

AI事業者ガイドラインの構成 出所:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」
・本編では、事業者がAIの安全安心な活用を行い、AIの便益を最大化するために重要な「どのような社会を目指すのか(基本理念=why)」および「どのような取組を行うか(指針=what)」を示している。
・別添(付属資料)では、「具体的にどのようなアプローチで取り組むか(実践=how)」を示している。