M&Aとガバナンスが大事

中小企業が中堅企業に成長する、そのときの規模の壁と家族経営の壁をどう乗り越えるか。本書では規模の壁はM&A(合併と買収)とグループ化、家族経営やオーナー経営の壁はガバナンスを確立することだという。

M&Aは、かつては会社を乗っ取られるといった後ろ向きのイメージもあったが、今や成長を止めずに会社を拡大するための現実的な選択肢の一つとなっている。特に最近では多くの中小企業経営者が後継者不足に悩んでおり、従業員やその家族、取引先との関係を維持するためにもM&Aのメリットは大きい。

買収しても会社の名前や文化を残したまま、グループの一員として支える「グループ化」も重要な考え方だという。買われる側にとって心理的ハードルを下げたまま雇用や事業、技術を守りつつ、買う側にとっては規模を拡大できるとともに社長一人にすべての判断が集中することなく、長期的な視点で経営判断しやすくなる。

ただし、自力で規模を拡大してきたにせよ、M&Aで規模を拡大したにせよ、社員の数が増えてくると現場が見えにくくなってくる。家族経営やオーナー経営では社長の判断力と行動力が経営の中心であり、社員一人ひとりの顔と名前が思い浮かび、即断即決で進められた時代は終わってしまう。社長の描いた方向性は社員全体に共有されず、現場で何が起きているかわからなくなる。

ここで必要になるのが「ガバナンス(統治)」だ。ガバナンスは不正を疑ったり、社員を縛るためのものではない。売り上げや利益といった数字だけでなく、現場で起きていることを経営者の手元にきちんと届くようにすること。判断を属人化せず、誰でも同じ前提で物事を考えられる土台を作り、役割を分担すること。任せるところは任せ、責任と権限の範囲をはっきりさせる仕組みを作ることが欠かせない。

創業経営者の事例は少ない

本書で紹介される企業の多くは、創業者ではなく二代目、三代目、あるいはそれ以降の経営者によって発展してきた企業である。たとえば、通信販売のジャパネットたかたといえば、創業者、高田明氏の強烈なテレビCMで多くの人がご存じだろう。本書では2015年に明氏からジャパネットホールディングスの経営を引き継いだ長男、旭人氏が登場している。旭人氏は『2代目は「服従する」か、「戦う」か、「逃げる」か』と、先代との確執について語っている。旭人氏は明氏と「戦う」ことを選び、父に相談することもなくジャパネットグループを守り、発展させてきたという。

もちろん事業承継は日本企業にとって重要なテーマであり、後継経営者がどのように会社を成長させるかという事例には大きな価値がある。しかし、その一方で「ゼロから会社を立ち上げ、自らの手で中堅企業規模まで育て上げた創業経営者」の視点がほとんど見当たらない点には物足りなさを感じた。

本書の副題は「次の成長ステージを目指すための教科書」である。そうであるならば、創業から中堅企業へと成長した企業の事例も併せて紹介されていれば、より幅広い読者の参考になったのではないか。特に近年はスタートアップやベンチャー企業の育成が政策的にも重視されているだけに、中小企業として創業→成長→中堅企業へというキャリアパスを示す事例は、本書のテーマとも親和性が高かったと思われる。

また、本書全体を通して感じるのは、経営の安定化や持続的成長に重点が置かれていることである。これは中堅企業論としては正しいアプローチであるが、その反面、創業期特有の挑戦や破壊的なイノベーション、創業者のカリスマ性といった要素はほとんど登場しない。結果として、「いかに成長を維持するか」という教科書にはなっているものの、「いかに成長を始めるか」という視点はやや弱い印象を受けた。

日本経済再生の担い手としての中堅企業

それでも本書の価値は高い。中堅企業を単なる企業規模の区分としてではなく、日本経済再生の担い手として捉え直した点に大きな意義がある。特に地方企業の経営者や後継者にとっては、自社の未来を考える際の具体的なヒントが数多く得られるだろう。また、企業経営に直接関わらない読者にとっても、日本経済の現状と将来を考える上で有益な視点を提供してくれる。

特に第5章『鼎談「中堅企業」が日本を救う』では、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の深尾京司理事長、経済産業省イノベーション・環境局の菊川人吾局長、日本共創プラットフォームの冨山和彦会長が「地政学」「人口減」「AI革命」という3つの課題を中心に語り合っている。その中で冨山氏は「中堅企業の強みははっきりしていて、要はトップダウン型経営なところです。戦略的なピボット(事業転換)がスピーディーでかつダイナミックなところです」と語る。

トップダウンのオーナー経営はしばしば前時代的なスタイルと批判されてきたが、トップに立つ人の意思と能力が高ければ多くの中小・中堅企業にとってはチャンスになるのだ。

日本経済の課題が語られるとき、しばしば大企業の国際競争力やスタートアップ育成が注目される。しかし本書は、その中間に位置する中堅企業こそが地域経済と産業競争力を支える重要な存在であることを示している。派手さはないが、着実に成長を続ける企業群の姿からは、日本経済の底力を感じることができる。

成長戦略を模索する経営者はもちろん、日本企業の将来に関心を持つ読者にも一読をお勧めしたい。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をPC-Webzine.comがピックアップ!

『小さな会社を強くするマーケティング思考』(岩崎邦彦 著/日経BP)

中小企業向けのマーケティングの本は極めて少なく、コンサルタントがその経験から持論を展開するものが多いのが現状だ。本書は、調査から導き出された統計データをもとに、小さな会社に本当に求められる「マーケティング」について解説する。多面的な視点と統計データに裏付けられた分析は、スモールビジネスに応用可能なヒントを与えている。顧客を引きつけ、顧客に選ばれる会社になるための「考え方」「やり方」を、実践に結び付く方法で伝えている。(Amazon内容解説より)

『日本人が知らない‼ 世界シェアNo.1のすごい日本企業』(田宮寛之 著/プレジデント社)

“失われた30年”で凋落したとされる日本企業は、本当に競争力を失ってしまったのだろうか。実は、そんなことはまったくない。世界シェアナンバー1の日本企業は今も多数存在し、日本経済のみならず世界経済を支えているのだ。しかも、トヨタ自動車やブリヂストンといった大企業のみならず、あまり知られていない中小企業に“隠れた世界シェア1位企業”は数多く存在する。本書では、『週刊東洋経済』や『四季報』の記者、編集委員として4000社以上の企業を取材してきた“企業分析のプロ”が、小規模なマーケットで圧倒的な世界シェアを誇る“グローバル・ニッチ・トップ”(GNT)企業を紹介。(Amazon内容解説より)

『続 ファミリービジネスの事業承継と経営戦略―第2創業とリスクマネジメント』(陶山 計介、上野泰裕ほか 著/関西大学出版部)

継ぐだけでは会社は守れない。第二創業が未来を決める。玉川堂、センエイ、港製器工業、福井、大阪王将、アスリートカンパニーの事例を通じ、伝統を守りつつ第二創業による経営革新、筑邦銀行による事業承継支援、プラスコートの女性後継者、女性後継者調査などを取り上げ、ファミリー企業の新たな視点を提示する事例研究。(Amazon内容解説より)

『未来をひらく経営の選択 危機を乗り越え会社と家族を守り抜くM&A戦略』(三宅卓 著/日経BP)

国内の中小企業336万社のうち、100万社の経営者が70歳を超えています。つまり、後継者不在であれば、黒字でも100万社が近い将来に廃業するということです。しかし後継者がいたとしても、これまでのビジネスモデルで、働き手不足や円安、AIの台頭といった今まさに起きているパラダイムシフトに対応できるでしょうか? 本書は、国内中堅・中小企業のM&A市場を作ってきたといっても過言ではない日本M&Aセンター会長・日本M&Aセンターホールディングス社長が、急速に変化する現状に危機感を持ち、中小企業経営者に向けて警鐘を鳴らしつつ、生き残るためのヒントを示したものです。会社と家族を守るためどのような戦略をとるべきか、悔いを残さない選択をするために進むべき方向を提言します。(Amazon内容解説より)

『「女性がいきる健康経営」のはじめかた 選ばれる企業の新戦略』(難波美智代 著/日経BP)

「働く女性の健康」に焦点を当て、女性の健康に配慮した新しい経営のメリットを解説、そして、強まる法的要請への具体的な対策・実践法を、わかりやすく紹介します。「女性の健康経営」をコストではなく、「投資」「企業価値向上と成長戦略の要」と捉え、経営者・管理職が自信を持って取り組める施策・フレームワークを提示するものです。大企業だけでなく中小企業での実践例、20のステップで健康経営企業になる導入プログラムなどなど。企業規模や業種を問わず、誰もが取り組みやすい健康経営の始め方を提案します。(Amazon内容解説より)