障害や難病などによって一般企業などでの就労が難しい人に、働く場と訓練を提供する制度に「就労継続支援」がある。本制度はA型とB型があり、自身の体調や状況に合わせて働き方を自由に調整して働けるのが「就労継続支援B型」という支援サービスだ。一方で、就労継続支援B型の事業所で行う生産活動は、部品組立や検品などの軽作業の割合が高く、PCを使った入力やWeb制作などのPC関連作業の割合は低い傾向にある。そうした中、IT関連の生産活動を行う施設を提供しているのが、パパゲーノだ。
PC作業の需要に応えるB型事業所

田中康雅 氏
パパゲーノは「生きててよかった」と誰もが実感できる社会を目指して、精神障害に関するリカバリーを広めている神奈川県立保健福祉大学発のベンチャー企業だ。同社が定義する「リカバリー」とは自分らしい生き方の追求を意味しており、このリカバリーの社会実装に取り組んでいる。
同社ではこのリカバリーの社会実装を目指し、就労継続支援B型事業所「パパゲーノ Work&Recovery」を運営している。本事業所は、就労継続支援B型の中でも珍しく、PC関連の生産活動を中心としている。その背景をパパゲーノ 代表取締役 CEO 田中康雅氏は次のように語る。「パパゲーノを創業した2022年当初は、精神障害や精神疾患のある方の体験談を基に絵本や音楽作品の制作を行いながら、さまざまな企業のDX支援に取り組んでいました。その中で、就労継続支援B型の事業所に通う人と共に絵本の制作に取り組んだ際に『PCの仕事に挑戦したいが、家の近くにその機会がない』という言葉がありました。就労継続支援B型は全国に約1.5万の事業所がありますが、そのうちPC作業を行うIT系の施設は約7.5%にとどまります。この背景には、もともと就労継続支援B型は授産施設と呼ばれており、主に知的障害のある方を対象にしたサービスだったという歴史的背景があります。そのため従来は、一定の手順が定まった作業を中心とする事業所が多く、PCを活用した業務は限られていました。しかし昨今は発達障害を含む精神障害のある人も本制度を利用できるようになっており、PCを使うことを得意とする人も少なくありません。そこでデスクワークができる就労継続支援B型事業所として立ち上げたのが、パパゲーノ Work&Recoveryです」
パパゲーノ Work&Recoveryは現在、八幡山、下高井戸、用賀、府中の4カ所に拠点を構えている。取材時点で精神障害や発達障害のある利用者が合計約130名おり、主に企業から受託しているデータ入力やECサイトの商品登録作業、ホームページの制作などを行っている。
PC作業には「MacBook Air」を活用しているほか、一部のデスクには外部モニターが設置され、PC作業が行いやすい環境が整えられている。またクラウドサービスの「Google Workspace」を契約しており、「Googleスプレッドシート」や「Googleドキュメント」などのツールを活用するほか、業務によっては生成AIの「Gemini」を利用することもあるという。業務のコミュニケーションツールには「Discord」を活用しており、利用者間のコミュニケーションのほか、業務マニュアルを読み込ませた「仕事相談BOT」といったAIに何度でも質問できる環境が整えられている。
利用者の不安を生成AIが軽減
「DiscordはOpenAIのAPIと連携することで、オリジナルのチャットボットを構築できます。その機能を活用して作成したのが仕事相談BOTです。業務用マニュアルを読み込ませているので、利用者が作業中に分からないことがあれば、作業画面のスクリーンショットを撮って質問するだけで業務マニュアルに基づいて作業手順を教えてくれます。漢字を読むことが苦手な利用者などは『ひらがなで分かりやすく教えて』など指示をすることで、それぞれの認知機能に応じた理解が可能になります」と田中氏は語る。
パパゲーノ Work&Recoveryの事業所に通所する利用者は、約9割が精神疾患によって働くことに困難を抱えている。例えば精神疾患のある人は、不安を感じやすい場合もある。人に話したり質問したりすることへの対人不安や、自分のやっている作業に100%の自信が持てないと次の作業に進められないといった確認不安を抱えているケースがあるのだ。こういった不安を覚えやすい利用者にとって、AIにいつでも何度でも質問できるという環境が、不安の解消に役立っているという。
「AIをうまく使えると、自律的に問題解決ができて仕事が進めやすくなります。実際、当事業所の利用者からは『AIボットに質問できるから安心』という声や、苦手な部分をAIで補いながら働けるという可能性を知れたことへの喜びの声なども聞いています」と田中氏は語る。
またパパゲーノ Work&Recoveryの利用者の中には、身体に障害のある人もいる。例えば手に麻痺がありタイピングがしにくいという人は、チャットでのコミュニケーションが短文になり、冷たい印象を与えてしまうケースもある。そうした場合に生成AIを活用してチャットで送る文章の下書きを作成することで、コミュニケーションを円滑化している例もあるという。
「精神疾患や発達障害、認知症などにより、認知機能に得意・不得意の偏りが生じる場合があります。そうした場面において生成AIを活用できれば、不得意を支援することが可能になります。視力が悪い人が眼鏡を使うことと同じように、脳の認知面の課題に対して生成AIを使って補うことが、これからの社会で当たり前になるでしょう」と田中氏は語る。

福祉現場のDXを導く「AI支援さん」
パパゲーノ Work&Recoveryでは、事業所の支援業務においても生成AIを使っている。そうした中で独自に開発されたのがAI支援記録アプリ「AI支援さん」だ。2024年3月にリリースされた本アプリは、支援記録の作成や書類作成をAIがサポートすることで、介護福祉現場の業務を効率化する。例えば就労継続支援B型事業所では利用者との面談を行いニーズの聞き取りなどを行うが、その面談記録を紙で作成することは負担が大きく、また情報共有もしにくいという課題があった。AI支援さんにはAI文字起こしや要約の機能が搭載されており、面談時の音声を録音しておくだけで、AIが支援記録を自動的に作成してくれるという。
「AI支援さんは、当社事業所のみならず就労継続支援A型・B型、就労移行支援などの支援現場で導入が進んでいます。導入の事業所数で言うと70拠点ぐらいで、まだまだこれからというところですが、着実に利用が広がっています。相談支援事業所という、障害福祉のサービスを使う上での計画を作って行政に申請するような場面でも活用されています。パパゲーノ Work&Recoveryの利用者はこのAI支援さんのテスト業務やマニュアル作成、初期設定作業も行っており、それぞれの支援現場に応じたカスタマイズにも対応しています」と田中氏。
今後の展開について田中氏は「おかげさまでパパゲーノ Work&Recoveryの利用者も増加傾向にあり、先日4拠点目となる府中の事業所をオープンしました。利用希望者も多く、毎日のように見学に来ていただいており、今後もこうしたニーズに応えていきたいですね。またAI支援さんの進化も続け、利用いただく事業所の数や幅を広げていったり、事例を増やしていきます」と語った。
