企業の日常業務に、生成AIの活用が確実に浸透している。一方で、それらはインターネット経由でAI機能を利用するクラウドAIが中心だろう。そのため、「クラウドAIを利用するのであればハードウェアの性能は低くても問題ない」と考えているビジネスパーソンも少なくないのではないだろうか。しかし、今後AIエージェントが業務に深く関わるようになると、それらを動作させるPCにも相応の性能が求められる。これからの法人PCのスタンダードについて、MM総研に話を聞いた。

エージェントAI時代に
32GBメモリーのPCは必須?

MM総研
取締役 研究部長
中村成希

 MM総研の「2025年暦年 国内パソコン出荷台数調査」によると、2025年の国内PC出荷台数は1,782.6万台と、暦年で過去最大となった。背景には、2025年10月14日にサポートが終了したWindows 10からのリプレース需要や、第1期GIGAスクール構想で導入された学習者端末の入れ替え需要がある。これまでのWindowsのOS更新は、PCのハードウェア更新需要を後押ししてきた。一方でMM総研 取締役 研究部長 中村成希氏は「今後はOSではなく、AIの進化に合わせてPCを更新するというサイクルに変わっていくでしょう」と指摘する。AIの進化が加速する中で、5年後を見据えたPCのハードウェア選びが重要になるのだ。

 具体例として、中村氏はPCのメモリー不足を挙げる。例えば、アンソロピックの「Claude Cowork」(以下、Cowork)は、PC上の複数のツールを横断した作業が可能なAIエージェントとして注目が集まっているが、このようなAIエージェントツールをPC上で扱う場合、メモリーに対しての負荷が大きい。実際に取材の際、中村氏がメモリー16GBのノートPC上でCoworkを動作させたところ、全体の70%が使用される状態になっていた。

「この状態ですと、他の作業を並行して行うことは難しいでしょう。今後AI活用がさらに活発化していく中で、16GBのメモリーを搭載したノートPCは作業のボトルネックになります。そう考えると、今後のビジネスシーンにおけるノートPCは、32GBメモリーが必須になるでしょう。実際、当社がエンジニアに対して調査したAI実行・開発時に感じるPCの課題に対して、全体の40%が『メモリー不足』を挙げています。次いで『NPU/GPU性能』が38%、『SSD容量・読み書き速度不足』が29%、『発熱による機能低下』が24%です。AI DXエンジニアの中には、現在のシステム開発環境はすでに64GBメモリー搭載のPCを標準としており、AIをバックグラウンドで常駐させる実務実装をスムーズに行える環境を整えているケースもあるようです」と中村氏は語る。AI活用が今後ますます活性化する中で、現在利用しているPCもよりAI活用に適した性能のPCへとリプレースが進んでいく。こうした動きが、中村氏の指摘した「AIの進化に合わせたPCのライフサイクル」だ。

PC単価の上昇に伴い
デスクトップPCの需要高まる

 本体にAI専用のプロセッサーであるNPUを搭載した「AI PC」は、ローカルでAI処理を高速に行うため、端末自体に高い性能が求められる。実際、AI PCユーザーの過半数はすでに32GB以上のメモリーを搭載した端末を選択しているという調査結果もある。AI PCには生成AIやパーソナルアシスタント、事務作業サポートとしての活用が期待されている。加えて、NPUの電力制御による低消費電力といったポイントも評価が高い。エンジニアが課題の一つとしてあげた「発熱よる機能低下」も、NPU搭載のAI PCであれば発熱を抑えたAI処理が可能になる。MM総研が調査した法人PCの市場予測を見ても、2025年度は14%だったAI PCの構成比が、2026年度には30%、2027年度には48%、2028年度には67%と拡大していく予測であり、AI活用がPC市場をけん引していくことが見て取れる。

 一方、課題となっているのがPC価格だ。MM総研が調査した法人向けPCの出荷平均単価の上昇率を見ると、2019年4~6月期の平均単価と比較して2025年1~3月の平均PC単価は73%上昇しているという。値上がりの幅が大きく、企業がAI PCの導入を選択したくとも難しいという現状がある。こうした市場の動きを鑑み、今後はデスクトップPCの需要が高まる可能性がある。

「同一性能の場合、薄型のノートPCよりもデスクトップPCの方が安価に入手できます。そのため企業によっては、高性能なデスクトップのAI PCと、安価なモバイルノートPCの2台持ちを選択するケースも出てくるでしょう」(中村氏)

医療・介護の現場に
ローカルAI活用が有効

 ローカルでAIを駆動できる点も、AI PCの大きなメリットだ。機微な情報を扱う業務や業種では、AIが扱うデータについて、国家や組織が自らのルールで管理・統制できる「データ主権」が重視されている。AI PCであれば、顧客データや機密文書といった機微な情報をクラウドに送信せず、ローカル環境で処理できるため、データ主権を確保しやすい。特にこうしたデータ主権を重視する業種として、住民情報を扱う自治体職員、医療情報を扱う医療従事者、薬局、福祉関係者などが存在する。これらの業種では、個人情報の取り扱いに対して特に厳しいルールが定められている一方で、AIを活用することによる業務効率化の恩恵も大きい。

 例えば介護業界における「介護認定審査会」では認定調査に基づく点数や討議によって「要支援・要介護」を認定するが、この審査会に必要な介護記録などの情報をさまざまな関係者に伝達したり、まとめたりといった作業が必要になる。こうした作業をセキュアな環境でAIに代替させたり、また審査会の議事録をAIが取ったりすることによって、業務の負担は大きく削減できるだろう。

 中村氏は「医療や介護など、個人情報の扱いが厳重に行われている業種ではAIにデータを読み込ませることに対する強い制限がありますが、ローカルでAI処理できるシステムであればデータがクラウドにアップロードされることなくセキュアに扱えますので、導入によって大きなメリットが得られます」と語る。価格の高騰によってPCの訴求が難しい現在において、ローカル側でAI処理が可能なAI PCは、これまでAIが活用できなかった業種への提案チャンスとなり得るのだ。

「クラウドAIは販売店を経由せずとも、直接契約が可能ですが、AI PCのNPUを使ってローカルでAI翻訳が可能なソフトウェアといった存在をエンドユーザー側が知ることは難しく、販売店の紹介によって初めて知ることができます。実際にエンドユーザーに対して提案する際には、古いPCと最新のAI PCを並べて、メモリーに対する負荷の違いを見せたり、前述したローカルAIの活用方法を紹介したりすることが効果的といえるでしょう」と中村氏はAI PCの提案チャンスを語った。

出所:MM総研