AI活用で行政サービスの体験を変える
福岡県北九州市の「AI活用推進都市」宣言
AIの進化は目覚ましく、AIを活用した業務効率化の事例はどんどん増えている。それは自治体も例外ではなく、庁内業務の高度化・効率化のためにAIを取り入れるケースは、すでにさまざまなところで出てきている。中には市民サービスの向上を目指して、AIの取り組みを進める自治体もあるのだ。そうした中で市を挙げてAI活用の推進に踏み切っているのが、福岡県北九州市だ。今回はAI活用ナンバーワン都市を目指す福岡県北九州市が掲げた、「AI活用推進都市」宣言を取材した。
福岡県北九州市

福岡県の北部に位置する人口90万1,081人(2025年8月1日時点)の都市。1602年に細川忠興が築城した「小倉城」、2015年に世界文化遺産に登録された「官営八幡製鐵所」、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の場となった「巌流島」など、歴史的なスポットを多く有する。黒川紀章氏が設計したマンションの最上階31階にある展望ルーム「門司港レトロ展望室」も有名。
市長の熱い想いでAI活用を推進
AIの発展と社会実装は急速に進んでいる。日々の仕事に生成AIを活用する企業が増えており、自治体でも生成AIを使った業務効率化が進みつつある。そうした中で福岡県北九州市は、AIの活用を目指して組織名にAIを冠する「DX・AI戦略室」を設置した。
北九州市 政策局 DX・AI戦略室 DX推進係長 髙塚靖彦氏は、DX・AI戦略室の設置に至った背景を次のように語る。「2021年4月に、DX・AI戦略室の前身となる『デジタル市役所推進室』を設置したことが始まりです。デジタル市役所推進室を設置した理由は、当時新型コロナウイルスが流行しており、給付金などさまざまな対応を行っていた結果、行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)が後手に回ってしまっていたためです。デジタル市役所推進室を設置してDXを進めている中で、2022年11月にChatGPTが登場したことをきっかけに、AIが急速に発展してきました。現在AIはすでに社会実装の段階に入ってきたと認識しているので、少子高齢化をはじめとした社会課題をAIで解決するため、2025年4月にデジタル市役所推進室をDX・AI戦略室に衣替えしました」
髙塚氏は続けて、DX・AI戦略室の設置には市長の強い思いが関係していると話す。「DX・AI戦略室への衣替えは、市長のトップダウンで決まりました。『AIを使って市民の行政サービスの体験を変えていきたい』という市長の強い思いで実施した形です」
AI活用プロジェクトを次々実施
DX・AI戦略室を設置した北九州市は、2025年7月17日に全庁的にAIを徹底活用する「AI活用推進都市」宣言を行った。北九州市はこの宣言に基づき、日常業務へのAIの徹底活用に加え、政策立案の高度化・迅速化や、社会課題の解決にAIを活用していく。そして「AI活用ナンバーワン都市・北九州市」の実現を目指すという。
AI活用推進都市宣言では、施策の方向性として、生成AIを日常活用することで政策形成と働き方を刷新する「AIを徹底活用する」、民間などとの多様な連携によってAI活用ノウハウの伝播・普及をする「AI活用の機運を高める」、AIリテラシー・ガバナンスの向上とAI活用に適したデータ基盤の整備を行う「AIの活用を支える」の三つを打ち出している。この方向性を基に、現在(2025年9月時点)すでに五つのプロジェクトの実施を発表している。
第一弾は、カーブミラーをはじめとした道路付属物の健全度をAIで診断する「道路反射鏡AI健全度診断」プロジェクトだ。本プロジェクトは老朽化した社会インフラに対し、点検に多大な時間・労力・費用がかかったり、客観的な評価が困難だったりという課題を、AIでスムーズに解決するためのものとなる。
第二弾は、OpenAIとの生成AIの活用に関する連携だ。このプロジェクトではまず、OpenAIが提供する企業向けの有料プラン「ChatGPT Enterprise」を活用していく。トップマネジメント層、各局区の戦略立案担当、DX変革リーダーなどを中心にChatGPT Enterpriseを利用し、政策立案過程での調査・企画業務の高度化・迅速化、庁内における高度AI活用人材の150名以上の育成、各種業務プロセスの効率化の検討といった取り組みを進める。
第三弾は、市長・幹部職員が参加する「AI勉強会」の開催だ。AI勉強会は2025年8月22日に行われ、有識者に生成AIの基礎知識や最新動向、行政への実装とそのインパクトなどについて語ってもらった。同日、勉強会の後はChatGPT Enterpriseのハンズオン研修を実施した。参加者である幹部層がChatGPT Enterpriseを実際に操作しつつ、活用法を学んだという。
第四弾は、小倉北区役所でのAI実証プロジェクトだ。具体的には、AIエージェントによるマイナンバーカード問い合わせの自動応答、生活保護の相談関連資料などの検索支援、AIのリアルタイム文字起こしによる相談記録の自動作成を行っている。
第五弾は、ライフイズテックとの連携協定だ。この連携に基づき、全職員へのAI研修や、若年層に向けた最先端のDXやAIに関する研修プログラムを実施していく。
髙塚氏は「プロジェクトは今後も継続的に発表していきたいと考えています」と意気込む。

AI時代の自治体モデルを作る
髙塚氏は、北九州市がAI活用ナンバーワン都市を目指すためのロードマップをこう説明する。「ロードマップは3ステップあります。Step1は、AI活用推進都市宣言です。行政運営の高度化・効率化に向けて、生成AIの徹底活用や実証実験に取り組みます。Step2は、実証から実装への活動です。行政運営が高度化・効率化された後は、市民サービスの向上を目指すAI活用を実装段階に進めていきます。Step3は、AI活用ナンバーワン都市の実現です。AI時代の新しい自治体のモデルを作り、市民の体験を変えていきます。またこれら3ステップのほかに、2024年度までに実施していたこととして、Step0もあります。Step0では、AI議事録、AI-OCRなどのAIツールの導入をはじめとした事柄に取り組んでいました」
最後に髙塚氏は、北九州市の展望について次のように話した。「北九州市はものづくりの街として栄えてきました。また近年では、環境未来都市として、環境分野に力を入れてきました。これからはさらにAI活用推進都市として、ものづくりの技術、環境、人、AIがつながり合う新しい都市像を作っていきたいです。AIを最大限に活用して、市民の皆さまの行政サービスの体験を変えていこうと考えています」