日本のデジタル化促進に3領域で貢献
セキュリティ、AI、サステナビリティ

シスコシステムズの代表執行役員社長に2024年1月1日より、シスコシステムズ アジアパシフィックジャパン アンド チャイナのマネージングディレクター セキュリティ事業担当を務めた濱田義之氏が就任した。2016年にシスコシステムズに入社し、執行役員 CTO(最高技術責任者)、執行役員 情報通信産業事業 NTTグループ事業本部、専務執行役員 情報通信産業事業統括を歴任し、前社長の中川いち朗氏からバトンを受け取った。濱田氏は「中川氏がやってきたことを大きく変える必要はないと考えている」と話しつつ、日本のデジタル化の進展に向けた自身の想いを熱く語った。

電気通信主任技術者の4科目を取得し、
全国網のネットワーク構築に携わる

編集部■2016年にシスコシステムズ(以下、シスコ)に入社される前から、長年にわたってネットワークシステムのビジネスに携わってこられました。学生の頃からネットワークシステムに関心を持たれていたのですか。

濱田氏(以下、敬称略)■ネットワークシステムに触れるきっかけとなったのは、大学のゼミでした。大学では理工学部電子工学科で学んでいましたが、当時は半導体やAIのゼミが人気でした。ゼミを選択する際にいくつかの研究室の説明会に参加したのですが、NTTの研究所から来られた先生の話を伺ってネットワークシステムに関心を持ちました。

 当時の通信は固定電話が主流でした。その固定電話は通話先との距離と通話時間に応じて料金が高くなる料金体系で、当時は常識でした。しかしその先生は「手紙は同一料金で全国どこにでも届けてくれる。通信もいずれそのようになる」と話をしたのです。その話に刺激を受けて通信の未来に関心を持ち、その先生が受け持つ電気通信のゼミを受講しました。

編集部■大学を卒業されて、住友電工通信エンジニアリング(現在の住電通信エンジニアリング)で光伝送システムの開発にエンジニアとして携わられました。その後、KVH(現在のColtテクノロジーサービス)に転職されます。転職の契機となった当時の心境を教えてください。

濱田■大学在学中に電気通信主任技術者の資格を、4科目中3科目まで取得していました。大学を卒業して住友電工通信エンジニアリングに入社し、その時の上司に「残りの1科目を絶対に取得すべき」とアドバイスをいただきました。

 その当時、1997年および1998年に電気通信事業法が改正され、電気通信分野の競争の進展を目指して需給調整条項の廃止や外資規制の原則撤廃など、参入規制が緩和されました。

 当時の上司は、日本市場に新規参入した外資企業の社員募集の要項では電気通信主任技術者の取得が有利になることを説明してくれて、彼の後押しで資格を取得できました。

 そのころ親会社である住友電気工業では光伝送システム開発を推進していましたが、資格取得が目に留まったようでプロジェクトに参画できました。

 そのプロジェクトでは全国網のネットワークに光伝送システムを納入していましたが、その経験を通してネットワークシステムを作る仕事に就きたいという思いが強くなりました。そこで国内ネットワーク市場に新規参入した外資の企業への転職を決心しました。いくつかの企業を検討した結果、KVHに入社しました。

日本で新しいことに取り組むシスコに入社、
海外赴任で日本の課題を肌で感じる

シスコシステムズ
代表執行役員社長
濱田義之

編集部■KVHに入社されてシスコと関わることはありましたか。

濱田■KVH在籍中に感じたシスコへの印象や、当時のエピソードを今でもよく覚えています。まずKVHに入社して通信がどんどん変わっていくさまを目の当たりにしました。1本の光ファイバーに複数の光を入れてまとめて伝送するという技術は大学で勉強しましたが、それが日本で実際に使われるようになったことに驚き、大容量のネットワークを日本全国に張り巡らせることができる面白い時代が到来したと感動しました。

 そして当時、KVHは光ファイバーを用いた高速デジタル通信方式の伝送規格の一つであるSONET(同期光ネットワーク)をメトロネットワークに使用した最初の企業でしたが、シスコはそれをIPネットワークに使用することを提案してきました。インターネットが普及し始めたばかりの当時、IPネットワークはまだ一般的ではなく、面白いことをする会社という印象を受けました。

 当時、シスコは営業担当者とエンジニアの2人だけでプレゼンテーションにやってきました。その2人にどんな質問をしても、その場で回答するのです。知識が優れていることに加えて、現場に権限を付与しているから商談をスピーディーに進められるのだと感心しました。

 初期プロジェクトではシスコ製品の採用とはなりませんでしたが、革新的なプロジェクトにおいては、シスコは常に信頼できるパートナーであり、製品・技術も多く採用させてもらいました。

編集部■2016年にシスコに執行役員 CTO(最高技術責任者)として入社されました。入社を決断した理由を教えてください。

濱田■私はこれまで「人と異なることをする、同じことをするなら異なるやり方を選ぶ」ということにこだわってきました。ですからマーケットシェアが大きな会社で働くことをイメージしたことはありませんでした。

 しかしシスコは日本での共創によるイノベーションの加速のために、「シスコ イノベーションセンター東京」を設立しており、その取り組みにも共感してシスコに入社しました。

 入社後、IoT技術により現実世界の情報を収集して仮想空間上にシミュレーション環境を再現する「デジタルツイン」をはじめ、スマートシティの実証実験、製造業の生産現場におけるデジタル化など、シスコとしてはとんがった仕事に携わらせていただきました。

編集部■2022年からはシンガポールを拠点にサイバーセキュリティ事業に携わりました。海外から見た日本のデジタル化の状況はいかがでしたか。

濱田■まず東南アジアやインドにおけるサイバーセキュリティへの取り組みは、日本よりも進んでいる部分が多くあることに驚きました。日本でもサイバーセキュリティが重要な経営課題となっていますが、前述の諸外国ではこの原則にのっとって権限を持たせた上で具体的な計画を立てて組織的に取り組んでいる企業が多くありました。

 ただし日本とこれらの諸外国では事情が異なります。日本では例えば銀行で通帳と印鑑があれば預金を引き出せる仕組みが全国津々浦々まで整備されていますが、この仕組みが整備されていない国や地域では一足飛びに電子決済を導入しやすいです。しかも利用者が携帯電話やスマートフォンを持っている前提で、割り切って導入できる環境もあります。

 こうしたことからデジタル化が進めやすいこと、デジタルの仕組みを守るサイバーセキュリティへの取り組みも重視される傾向が生じるのだと思います。

 またセキュリティ運用について、プロのCISO(最高情報セキュリティ責任者)を招請してガバナンスを効かせて、海外の拠点に対して自国と同じポリシーで運用しているのも印象的でした。そのため大型案件が生まれやすいという傾向もあります。日本では国内と海外とで異なるポリシーで運用しているケースが多いですが、それではセキュリティに脆弱性が生じます。サイバーセキュリティに関してはトップダウンでガバナンスを効かせるべきです。

中小企業、教育機関、公共機関が進まなければ、
日本全体のデジタル化は進まない

編集部■日本のデジタル化の促進において、シスコの役割と取り組みを教えてください。

濱田■シスコではグローバル戦略として「セキュリティ」「ハイブリッドワーク」「オブザーバビリティ」「サステナビリティ」「ハイブリッドクラウド」「AI」の六つの注力領域を掲げていますが、日本ではあえて「セキュリティ」「AI」「サステナビリティ」の三つに絞っています。

 ハイブリッドワークやハイブリッドクラウド、オブザーバビリティももちろん重要ですが、日本では多くの企業がハイブリッドワークを実施しており、デジタル活用も進んでいます。またハイブリッドクラウドについても多くの企業が利用しており、この環境が進んでいくとおのずとオブザーバビリティが必要になります。

 これらハイブリッドワークとハイブリッドクラウドにおいて共通して注力すべきことはセキュリティです。安全を確保して、その上でデジタル化を進めていくことが大切です。

 日本ではまずはつなげて、セキュリティは後でやろうというケースが多々あります。このように進めてしまうと、問題が発生するとその後がま全く進まなくなってしまいます。ですからシスコはつなぐこととセキュアにすることを一体にした製品を提供することで、最初からセキュアにつなげることを実現しています。

 この安全につなげることに加えて、つないだネットワークを止めないこと、そして簡単に使ってもらうことを高めていくためにAIの活用が不可欠です。シスコの製品にはAIが以前より活用されていますが、AIの活用を進めていくに当たり、いろいろなところから集積されるデータを学習してAIを強化していく必要があります。

 そのプラットフォームを今年3月18日に買収を完了したビッグデータ分析ソリューションのグローバルリーダーであるSplunkのテクノロジーとシスコのテクノロジーの融合によって実現していきます。

 シスコはこれまでも数多くの企業を買収してきましたが、買収した製品をそのまま提供するのではなく、シスコの製品に組み込んで提供しています。セキュリティにはいろいろなカテゴリーがありシスコも豊富なポートフォリオを用意していますが、用途や目的に応じて必要な機能を一通り導入できるよう、Cisco Security Cloud上でCisco User Protection Suite、Cisco Cloud Protection Suite、Cisco Breach Protection Suiteの三つのセキュリティスイート製品を提供しています。グローバルではこれらのセキュリティスイート製品を中心に、総売上に占めるサブスクリプションの割合を2025年度までに50%に引き上げる計画です。

 日本のデジタル化を促進するには、大企業のお客さまだけではなく、中堅・中小企業のお客さま、教育機関、公共機関など日本全体でデジタル化への取り組みを進めていく必要があります。全国に拠点を置いて地域密着でビジネスを展開しているダイワボウ情報システム(DIS)さまのネットワークを生かした協業によって、全国の中堅・中小企業のお客さまや教育機関、公共機関のデジタル化に貢献したいと考えています。これらのユーザーさまのデジタル化が進まなければ、日本全体のデジタル化は進みません。

編集部■最後に日本のシスコをどのような会社にしたいとお考えですか。

濱田■企業文化として自律分散型の組織を作っていきたいと考えています。シスコにはオープンなカルチャーがあり、自立と裁量が与えられている中で社員がそれぞれの責任を全うしていますが、さらなる成長を目指すにはイノベーションが必要です。そのイノベーションはダイバーシティからしか起こり得ません。

 例えば議論の中で、その場で意見を言える人もいれば、熟考して良いアイデアを出す人もいます。こうしたいろいろなタイプの人たちが融合できるコミュニケーションとカルチャーを作り上げることがイノベーションに必要です。それぞれの人の多様性を重んじながら、それぞれの人が自ら考えて自ら行動し、お互いに尊敬しながらオープンに議論して、互いに納得して新しい価値を生み出す。これが自律分散型の組織です。こうした組織づくりを通じて、自分たちで新しい製品を作っていける会社にしたいですね。