教育現場で進む“考えさせるAI”の実践
生成AIが広げて深める学びの在り方

2026年6月10〜12日、幕張メッセで開催された「Interop Tokyo 2026」の併催イベント「AI NATIVE EXPO2026」において、特別企画「教育AIサミット」が開催された。教育AIサミットは、教育現場でのAI活用普及を通じて、教育の質向上を目指す教育AI活用協会が実施する教育×AIをテーマとしたイベントだ。ビジネスと教育の“架け橋”となることを目指し、さまざまなセミナーを実施した本イベントから、実際の教育現場におけるAI活用事例を紹介していこう。
教育現場で重視される“スローAI”
企業と同様に、教育現場でもAIの導入が進みつつある。「自ら考える人材が育つ! 人材育成に効く教育現場でのAI活用事例とノウハウを大公開」と題されたセミナーでは、教育AI活用協会の副代表理事 伊藤雅康氏が司会を務め、同協会 代表理事の佐藤雄太氏、そして青楓館高等学院の学院長 藤原照恭氏を交えてパネルディスカッションが行われた。
青楓館高等学院は2023年、兵庫県明石市に新設された通信制サポート校だ。通信制サポート校とは、通信制高校に通う生徒の学びをサポートする教育施設であり、青楓館高等学院には現在約350名の生徒が在籍している。同校は、生成AIやEdTechを積極的に活用した課題解決型学習(PBL)を行ったり、AIを活用して生徒のアイデアを実現する「AI部」という部活動を実施したりするなど、教育へのAI活用に積極的だ。青楓館高等学院はこうしたAIへの取り組みが評価され、教育AI活用協会から「AI先端モデル校」に認定されている。
セミナーでは同校に通う3年生の佐藤 諒さんも登壇し、AI部の活動の中で自身が開発に携わったアプリケーション「エデュマッチ」を紹介した。エデュマッチは生成AIを活用して開発されており、教育とAIというテーマに絞って最新のニュースが配信されるようになっている。教育AIサミットのセミナー当日、エデュマッチ上には専用のインタラクティブマップが公開された。参加者が登壇者へ質問したり、参加者同士で意見交換できたりする仕組みであり、活発な議論が交わされていた。
パネルディスカッションではまず伊藤氏から、OECD(経済協力開発機構)が提唱する「スローAI」の概念が説明された。「レポート作成や要約などをAIが高速に処理する『ファストAI』に対し、教育の現場ではじっくり考える、対話する、繰り返し学習するスローAIが重要です」と伊藤氏は指摘する。
このスローAIとファストAIという考え方は、心理学者ダニエル・カーネマンの「ファスト・スロー思考」にも通じるものだ。人は直感的なファスト思考と、論理的なスロー思考の二つを使い分けており、ファストAIはこのファスト思考を加速させ、スローAIはスロー思考を支える存在として活用できる。特にビジネスの場においては、業務を効率化するためのファストAIと、新しい戦略などを立案するスローAIの双方が重視される。しかし学びの場においては、問いを立てたり、対話したりといった“深さ”が求められるため、思考プロセスを支えるスローAIのアプローチが重要視されるのだ。

副代表理事
伊藤雅康 氏

代表理事
佐藤雄太 氏

学院長
藤原照恭 氏

3年生
佐藤 諒 さん
生成AIが広げる生徒の可能性
教育AI活用協会 代表理事を務める佐藤氏は、教育に特化した生成AI活用プラットフォーム「スクールAI」を提供するみんがくの代表取締役も務めている。「スクールAIは現在、約1,500校の教育機関で活用されています。こうした活用実績から見ても、教育業界での生成AI活用は広がりつつあるといっていいでしょう。一方で伊藤氏が指摘したように、早く成果を出すことが求められるビジネスの現場と異なり、教育現場では子供たちが自分の力で考える力が重視されています」と佐藤氏は指摘する。だからこそ教育で活用するAIには、直接答えを返すのではなく「ソクラテス法」のように、ヒントを出しながら応答するようなプロンプトを設定しておくことが必要だという。
青楓館高等学院の藤原氏は、実際の生徒の生成AIの利用状況について次のように語った。「生徒たちは生成AIを使って、考えを深めるケースももちろんありますが、実際には大人に相談できないことを生成AIに相談しているケースが多いですね。これまでSNSを使っていた時間、生徒たちは生成AIと対話しており、恋愛や勉強の仕方などを尋ねる身近な存在になっているようです。また生成AIを活用することで、生徒たちは自身の可能性を引き出していると感じます。例えば本校の佐藤が生成AIを活用してアプリを開発しているように、生成AIの環境があることで、できることが広がります」教育現場では、使い方の指導よりも、生成AIを活用できる環境整備が、生徒たちの創造性を引き出すことにつながると語られた。
伊藤氏はこれらのディスカッションを踏まえ「企業でも生成AIの活用が進んでいますが、ファストAI的な使い方だけでなく、スローAI的な使い方の価値を見直す時期が来ているのではないでしょうか」と、教育現場における“考えさせる”スローAIの活用が、企業の人材開発にも生かせると語った。
エデュマッチ上で登壇者へ寄せられた質問への回答も実施された。「ソクラテス法で授業を行いたいが、学生の離脱率が高くなる。授業に対するヒントはあるか」という質問に対しては、青楓館高等学院の佐藤さんが生徒の視点から次のように語った。「(授業を受ける側からすると)早く答えを教えてほしくてイライラしてしまうと思います。遠回しにヒントを出されるよりも、『答えを求めすぎています』のような警告メッセージが出た方が効果的かもしれません」と語った。青楓館高等学院の藤原氏は「ソクラテス法は、答えが明確にある問題に対して使うことは向いていません。答えに対して自分はどう考えるかといった、AIには答えが分からない問題に対しては、ソクラテス法が非常に有効に働くでしょう」とアドバイスした。
伊藤氏からは「ソクラテス法では、物事を問いかけたり対話したりするプロセスを評価することが重要です。答えが一つでも、そこに至るプロセスは全員異なります。だからこそ、対話や考えるプロセスを可視化できる仕組みを作ることが必要です」と語られた。
教育現場における生成AIは、個別最適な学びと協働的な学び実現する手段として注目を集めている。今回のパネルディスカッションで語られた内容はそうした学びを実現するための生成AIの在り方が議論されたと同時に、その教育の姿勢が企業の人材開発にどう生かせるのかを考える場となっていた。
