無秩序なアプリの導入が非効率化を招いている
企業内のデータが部門間やクラウド、オンプレミスなどさまざまな場所に分散・孤立し、全体を可視化・分析できない状態にある「デジタルの断片化」は、「多くの企業がDXやAIを導入しても成果が出ない」という現実に現れている。著者はその原因がシステムの分断とデータの複雑さ、孤立にあると言う。1980年代、90年代はシステム部門が企業内の基幹システムから社員一人ひとりが使うオフィスツールまで目を光らせ、管理していた。だが、現在ではシステム部門にそのような力はない。
本書ではいくつかの調査の結果を取り上げている。
・ある調査によれば従業員2,000人以上の大規模組織は、2024年に平均で231のアプリケーションを導入している。
・別の調査では、組織は平均で342のSaaS(クラウド型ソフトウェア:Software as a Service)アプリケーションを使っており、一般的なビジネス部門は73のアプリに依存している。
・また別の調査では、73%の組織が100以上のデータソースを、30%が1,000以上のデータソースを使っているという。
こういったアプリケーションの乱立、システム部が把握していないITである「シャドーIT」の導入により、社内ITシステムで何が使われているか把握できなくなってしまっている。300を超えるアプリケーションを使っているなら、注文の処理や分析に必要なデータ要素は数万件となる。
多くの企業がデジタル化を進めているが、売上増加やコスト削減に結びつくものではなく、マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば「ほとんどの組織は、直近のデジタル投資に期待した効果の3分の1も達成できていない」という。
システムをつなぐことが人々の生活を豊かにする
著者は大量のデータ処理や定型業務はAI・自動化に任せ、目的設定・倫理的判断・組織文化づくりを人間が担うという役割分担を説いている。
具体的事例としてはビッグテック企業ではなく、どちらかというとDX化から遠いように思われる組織を取り上げている。
例えば、コロナ禍で1,100万人の市民の保健情報を連携させ、リアルタイムの分析情報を提供しなければならなかったコロラド州保健福祉局。
15以上の学部・大学院・専門学校があり、それぞれが独自の技術チームを持ち、学生情報・人事・財務・運動競技など何百ものシステムを自動連携プラットフォームを活用して連携させたコーネル大学。
1,000棟以上が全焼し、20億ドル相当の被害が出た大規模山火事に対し、AI主導型連携自動化プラットフォームを活用して避難情報を提供したり、返済を一時免除したり、サポートしたコロラド州信用組合。
データ入力や手作業での処理を省き、地域社会でもっとも弱い立場にある人々にサービスを提供するシステムを構築したオーストラリアの高齢者介護施設。
ピーマン、キュウリ、トマトなどの作物と、それに伴う「データを育て」ることでより多くの生産量を確保するだけでなく、消費者にとって美味しく長持ちする農産物を生産しているカナダの農業企業など。
単なるIT導入事例集にとどまらず、システムをつなぐことが、人の命や生活にどう効いてくるのかを描いている。もっとも本書では米国企業の事例が中心で、日本の企業文化やレガシーな基幹システム事情にそのまま当てはめることは難しい。
そもそも日本企業で部門ごとに独自にアプリを導入し、データの断片化が起きているかというと、ちょっと疑問だ。何でもかんでも、文書作成すらExcelで処理し、ファイルは個々人のパソコンに保存される。データが共有されていない企業が大多数ではないだろうか。
とはいえ、「AIをどう入れるか」の前に「データとシステムの断片化をどう解くか」「人間の判断と責任をどこに残すか」という視点は大切だ。
AIが多くの雇用を生み出す
生成AIの登場により、雇用が深刻な影響を受けている。翻訳者、カスタマーサービス、テレマーケター、ライター、イラストレーターなどは、AIによる需要減少のリスクが極めて高いと言われ、Microsoftなどのテック企業ではすでにプログラマーの雇用を減らしている。大学でソフトウェア科学を学んでも就職口がないという状況が現れている。
本書でも「歴史的に見ても、大規模な技術革新が、結果として混乱を起こすのは避けられません」と語られている。ただ、続いて「長期的にはAIが多くの雇用を生み出すと信じている」とも述べている。
19世紀のイギリスで起きた産業革命では、技術の進歩で資源効率が高まったことにより、労働の需要は減少するどころか逆に急増したという。著者は「情報化時代になっても効率の向上で仕事が減ったわけではありません。正反対です。AIの時代に仕事のあり方は確かに変わるでしょうが、AI関連スキルへの需要拡大が起きる可能性が高いのです」と、明るい未来を展望している。
もっとも従業員のモチベーションを高めるためには、企業はAIが個人に与える影響をよく説明し、自分が大切にされていることを感じられるようにしなければならない。
本書は「AIで何ができるか?」ではなく、「AI時代に組織として何をすべきか?」を考えたい人にお勧めだ。AIの技術的な解説はほとんど出てこないが、DXやAI活用を議論する場での共通テキストとしてはかなり優秀だ。特に、既に複数のSaaSや基幹システムが乱立している組織のリーダーが読むと、自社の「断片化された現実」がかなりクリアに見えてくるはずだ。
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2025年現在、世界は明らかにAIバブルのただ中にある。投資の過熱、不透明な評価、過剰な期待、未成熟な制度、そして現場の混乱―どれをとっても、2000年前後のドットコム・バブルやスマートフォンバブルと酷似している。そして、バブルは必ず崩壊する。歴史上、崩壊しなかったバブルは、ない。だがその崩壊は、最終的には悲劇ではない。泡がはじけ、地面が見えるからこそ、本当に根付く技術が選ばれる。そしてそのとき、「AIを正しく使える者」が生き残るのだ。そのためには、いまから備えるしかない。本書を読むことで、AIを正しく使うための力を身に付けてほしい。(Amazon内容解説より)
『AI時代に仕事と呼べるもの 「あなただけ」の価値を生み出し続ける働き方』(三浦慶介 著/東洋経済新報社)
AI時代に本当に価値を持つのは、AI活用のスキルではありません。もっと泥臭く、人間的な「3+1の価値」です。本書では、「AI時代でも仕事で成果を出す」ための具体的な方法論をお伝えします。ただ、本書の内容を実践することで、「AI時代を生き抜く自信がついた」「AI時代に、自分の価値をより高めることができそうだ」と言っていただけると信じています。そして何より、「仕事そのものが、もっと面白くなった」そう思ってもらえる一冊になることを願っています。(Amazon内容解説より)
『Digital Impact 企業DX部門の方々が知るべき、"デジタルトランスフォーメーション"の真手法とは? 』(田中一生 著/プレジデント社)
本書は、DXに関する世間の誤解や理解不足を受け、真のDXを実践するための枠組みを広く提示し、わかりやすく理解できるように説明します。特に、DXの基本の枠組みとして「DXフレームワーク」を提唱。技術面のみに焦点を当てるのではなく、事業のすべての要素―ビジョンや戦略の立案から組織体制の整備まで―を網羅的に検討し、DX計画に取り込む手法を解説していきます。さらに、策定した計画を着実に実施するためのプロセスやポイントも定義していきます。新しい価値を、それも圧倒的な価値を生み出す真のDXとはどういうものか、そして、不毛なDXに疲弊する企業を一つでも減らし、もう一度世界で戦える日本をつくる、本書は、これらの発想や実践を学ぶことに大きく役立ちます。(Amazon内容解説より)
『AI時代になぜ英語を学ぶのか』(町田 章 著/文藝春秋)
AIで翻訳も通訳もできるこの時代。英語力は必要だけど、もう勉強する必要なくない? AIでよくない? ――そんな疑問が出てくるのは当然だろう。しかし、ことばが持つ機能はコミュニケーションの道具としてだけではない。忘れてならないのは、ことばは思考の道具でもあるということだ。もしそれが、私たちのものの見方や世界の捉え方を形作っているとしたら。今後AIがいかに発展しようとも決して失われない、英語を、外国語を学ぶ意義とは。日本大学法学部教授で言語学者の町田章さんによる本書は、「認知言語学」に基づき、言語と思考、言語と文化に焦点を当てながら、ことばの興味深い側面を見ていく。(Amazon内容解説より)


