多量の文書から得られるインサイトをAIが分析
人とAIの協働でより創造的な提案を実現する
アドビは2025年8月20日、AI搭載のプラットフォーム「Acrobat Studio」の英語版をリリースした。これはPDFを対話型ナレッジハブへと変換し、カスタマイズ可能なAIアシスタントとしてインサイトや回答などを引き出すことができるようになるほか、それらのインサイトをレポートや提案書の作成に役立てられるツールだ。本プラットフォームについて、アドビが報道関係者向けに実施した説明会の内容を基に解説していこう。
企業のナレッジが眠る
約8割の非構造化データ

DocumentCloud
プロダクトマーケティングディレクター
山本晶子 氏
アドビが新たに提供する「Acrobat Studio」は、これまで「Adobe Acrobat」(以下、Acrobat)が提供してきた信頼性の高いPDF機能に加え、「Adobe Express」(以下、Express)のコンテンツ作成機能、そして「Acrobat AIアシスタント」の機能を統合し、人々が迅速かつ直感的に仕事を行えるようにするAI搭載プラットフォームだ。
本プラットフォームがメインターゲットにしているのは、企業や組織内で、専門的な知識やスキルを生かして業務を遂行するビジネスプロフェッショナル層だ。アドビ DocumentCloud プロダクトマーケティングディレクター 山本晶子氏は「例えば営業やマーケティング、法務部、データアナリストなど、専門的な業務に従事するような人々を『ビジネスプロフェッショナル』と定義しています。生成AI時代、このビジネスプロフェッショナルの人々が抱える課題をリサーチした所、大量の情報にアクセスできるようになった半面、あまりにも情報が多すぎるという課題を抱えています」と指摘する。
その情報を基に新しいインサイトを得たり、何かを作るといったりすることに対するスピードも、これまで以上に求められている一方で、そこに投じられる人や予算は限られている。またコラボレーションの在り方も変化している中で、ビジネスパーソン一人ひとりに求められる役割も広がりを見せている。こうした変化に対応するため、組織側ではナレッジや人材、テクノロジーからより多くの価値を引き出すことが求められているが、そこにも課題が存在する。

「組織にあるナレッジの内、データベースやCRMに蓄積されて活用できる構造化データは全体の約20%であり、残りの約80%は非構造化データと言われています。例えば文書の中や、個人のHDDの中のみに蓄積されており、そこに素早くアクセスして理解することが難しいのです」と山本氏は指摘する。
この文書としてよく使われているのが、PDFだ。アドビが開発したファイル形式であるPDFは、今や多くのビジネス文書で活用されている。このPDFは、実は単なる文書ファイルではなく、情報のコンテナだ。テキストだけでなく、画像や動画といったメディアなどのレイヤーが重なって構成されており、そこにさまざまな知的財産が眠っている。「Acrobatは進化を続け、デスクトップだけでなくWebブラウザーやモバイルでも作業ができるようになったり、『Acrobat AIアシスタント』の統合によって知的財産を文書から取り出したりして、ビジネスに活用できるようなプラットフォームとして成長を続けています。しかし、チームでの文章活用という視点で見ると、まだその機能が追いついていません。例えばAcrobatにはPDFを共有してコメントを受けるような機能がすでに搭載されていますが、その共有されたPDFを活用して、集まった意見を基に新しい何かを作っていくような、次のアクションにつながるツールは提供できていませんでした」と山本氏は振り返る。
今回、アドビが提供をスタートしたAcrobat Studioは、ビジネスプロフェッショナルに求められる情報の分析やそこから得られるインサイトを提供するだけでなく、それらを基に体裁の整ったレポートやインフォグラフィックに仕上げて魅力的な提案書を作成するところまでを一気通貫で行えるツールだ。前述した通りAcrobat Proに搭載されているPDFツール群のほか、Adobe Expressプレミアムプランの全機能、対話型AIアシスタントであるAcrobat AIアシスタント、ファイルやWebサイトを対話型ナレッジハブに変換する新たな作業環境「PDF Spaces」をシームレスに統合して提供する。
AIのサポートによって
人はより創造的な仕事に注力

では具体的にどのように利用するのだろうか。説明会では実際の活用デモの映像も公開された。まずはPDF Spacesでの対話型ナレッジハブの作り方だ。最初にAcrobatにアクセスし、PDF Spacesのワークスペースにユーザーが持つナレッジをまとめてアップロードする。アップロードできるナレッジはPDFばかりでなく、WordファイルやWebページのURL、ミーティングスクリプト(会議の文字起こし)などにも対応している。アップロードが完了するとAIがそれらの内容を分析し、複数のファイルの中から主要なポイントや、顧客が抱える課題などさまざまな角度からのサマリーを作成してくれる。ユーザー側がプロンプトを打ち込めば、その内容に対応した回答を生成するほか、ユーザーの業務内容に応じた役割をAIアシスタントに持たせることも可能だ。山本氏は「例えば『営業アシスタント』をAIアシスタントに持たせてみましょう。そのAIアシスタントに何を期待しているのかを書くなど、ペルソナを作ってあげると、そのAIアシスタントが私の代わりに仕事をしてくれます。私の役割と、AIアシスタントにやってもらう役割を明確に分けることで、同じ文章を見ながら違った角度で分析したり、違った角度でサマリーを書いてもらったりできるのです」と語る。
このAIアシスタントと共同して提案書も作成できる。「営業職のビジネスパーソンの仕事として最も重要なのは、お客さまの課題を把握して、それに即した自社のソリューションや製品を提案することでしょう。そこで、PDF Spacesに読み込ませた資料を基に『このお客さまが抱える課題を教えてください。それに対するソリューションは何がありますか?』といったプロンプトを打ち込むと、AIアシスタントがそれを受けて、提案書のドラフトを作ってくれます。AIを使った作業を行う場合、情報の正確性というのは非常に気になるポイントだと思いますが、当社のAIは生成した文章の引用番号をクリックすると、アップロードしたファイルのどの箇所から抜き出しているのか確認できます。引用元としてアップロードしているナレッジもユーザー自身が指定したファイルやリンクから参照されるため信頼性が高いですが、こうした情報の参照ができる点もビジネスで利用する上で安心して使えるでしょう」と山本氏はビジネスでの利用イメージを交えて紹介する。
1週間の作業を1時間に短縮し
より良いアイデア創出に生かせる
AIアシスタントが生成したドラフトは、ノートセクションに保存して編集を行ったり、その内容をチームで共有したりすることも可能だ。チームで意見を出し合いながらより良い提案内容に仕上げるようなことも可能だろう。従来であれば情報の分析から提案書のドラフト作成まで数日から1週間かけて行ってきた作業を1時間程度に短縮し、さらに良いアイデアへとブラッシュアップできるのだ。山本氏は「AIが人の仕事をなくすのではなく、AIを上手に使うことによって考える時間を増やし、人間にしかできないより良いアイデアを創出できます」とAIを活用する強みを語る。
作成したドラフトを基に、魅力的な提案資料を作成することも可能だ。前述した通りAcrobat StudioにはExpressの機能も統合されているため、Expressが用意しているさまざまなテンプレートを活用して提案書の作成が行える。Expressにはブランドガイドラインに準拠したコンテンツを作れるよう、自社のロゴやフォント、カラーなどをワンクリックで適用できる「ブランド」機能が備わっているため、統一性のあるテンプレートによる提案資料作成などにも生かせる。
「このように、Acrobat Studioはナレッジをまとめて新しいものを作るだけでなく、チームでの共同作業に活用したり、最終的な編集作業をしたりといったニーズに応えられるオールインワンソリューションです。さまざまなツールにアクセスしてビジネスに取り組むのではなく、Acrobatのみで完結できます。ビジネスプロフェッショナルはもちろんのこと、学生の勉強にも使えるでしょう」と山本氏。Acrobat Studioは8月20日より英語版の提供をスタートしており、執筆時点で日本語版は未提供だ。ビジネスシーンを大きく変革してくれそうな可能性を秘めたAcrobatの進化に期待が集まる。