前回は、生成AI利用者向けのシステム的対策として、情報漏えい対策とオーバーシェアリング(過剰共有)対策について説明した。今回は生成AIの活用に当たって、そのほか従業員に理解してほしいリスクやルール策定、教育の在り方について解説する。

ハルシネーションのリスク

 生成AIは、確率的な予測に基づいて文章を構成する。そのため、論理的には整合性があるように見えても、「実在しない情報」をあたかも事実のように出力することがある。この現象は「ハルシネーション」と呼ばれる。例えば、存在しない法律の条文や企業名、架空の論文の引用などを生成してしまう。こうした誤情報をそのまま報告書や提案資料に利用すれば、意思決定の誤りや信用の失墜につながりかねない。

 生成AIの活用に当たっては、誤情報によるリスクを避けるため、以下のような対応策を講じる必要がある。

【対応策】
・生成AIの出力結果は参考情報と認識し、生成AIに出典や引用元の提示を求めた上で、法令や公式データ、信頼性の高いニュースなどに基づいて必ず検証する。
・特に、数値・法務・医療・技術分野では、説明可能な根拠となるデータ・情報を確認する。
・「生成AIの出力=必ずしも正解ではない」という認識をリテラシー教育で徹底する。

法令・規制への注意

 生成AIを活用する際、国際的な法令や規制にも注意が必要だ。多くの生成AIサービスは海外のクラウド環境上で稼働しており、技術情報の入力が「国外への技術提供」に該当する可能性がある。これにより、「外国為替及び外国貿易法」で定められた輸出管理規制の対象となるリスクが生じる。

 また、生成物のテキストや画像が、意図せず差別的な表現や虚偽広告に該当すれば、労働関連法や「不当景品類及び不当表示防止法」などに抵触するリスクもある。こうした法規制のリスクについて、以下のような対応策が考えられる。

【対応策】
・技術情報を生成AIに入力する際は、輸出管理の対象外であることを確認する。
・生成物の公開や商用利用時には、法務部門による事前確認を必須とする。
・国内外の法令遵守を明記し、教育の中で具体的事例を交えて共有する。

知的財産権侵害のリスク

 生成AIは大量の学習データを基にコンテンツを生成するが、その中には既存の著作物や商標、デザインが含まれている場合がある。生成された画像や文章が既存作品と酷似していた場合、著作権侵害や商標権侵害に問われるリスクが生じる。

 また、生成物の権利帰属については、現行法上は曖昧であり、契約内容や利用規約の確認が不可欠だ。特に、商用利用や広告素材への転用では、後からトラブルに発展する例が国内外で報告されている。対応策をまとめると、以下の通りとなる。

【対応策】
・利用前に必ず著作権チェックを行うルールを設ける。
・商用利用時は、生成AIツールの利用規約(学習データの範囲・再利用権・著作権の扱い)を確認する。
・生成AIによる生成物には、最終的に人間が加筆・修正を行い、独自性を担保する。

ルール作りと教育の在り方

 生成AI活用に伴うリスクを個人の判断に委ねると、組織全体の信頼や法的責任に直結する可能性がある。そのため、生成AIの活用には明確なルールの策定と教育体制の構築が不可欠だ。

【ルール策定のポイント】
1.利用範囲の明確化:業務目的での利用を前提に、禁止用途を明示する。
2.入力データの制限:個人情報や技術情報など、入力禁止データを具体的に定義する。
3.生成物の確認責任:生成AIによる生成物の最終的な使用責任は人間にあることを明文化する。
4.承認ツールの指定:社内で使用を許可した生成AIツールを明示し、管理外ツールの利用を禁止する。
5.記録の透明性:生成物には、生成AIツール利用の有無や内容を記録・報告する仕組みを設ける。

【教育の方向性】
1.全従業員への継続的教育:経営層含む全従業員を対象に、生成AI利用におけるリテラシーとリスク対応を体系的かつ定期的に教育する。新しい従業員が入社・入所した際にも忘れず実施する。
2.実践的なスキル育成:実際のトラブル事例や模擬演習を取り入れ、現場で判断できるスキルを養う。
3. 継続的なアップデート:法務・情報システム・広報などが連携し、継続的に教材をアップデートする。

生成AIを安全に使う文化の醸成

 生成AIは生産性向上だけでなく、革新をもたらす存在である。しかし、誤情報や法令違反、権利侵害、セキュリティリスクを軽視すれば、組織の信頼を損ねる結果となりかねない。

 生成AIの利用率などが注目されがちであるが、重要なのは、「生成AIを使うこと」そのものではなく、「安全に使いこなすこと」を組織全体で醸成することである。ルール整備と教育体制を通じて、生成AIと人間が協働しながら信頼性の高い成果を生み出すことが、生成AI時代における企業の持続的な競争力の鍵となる。

 もしかしたら、生成AI活用のメリットに注目した経営層から、「一刻も早く生成AIを積極的に活用するように」と強く推奨されることもあるかもしれない。しかし、前述のように、重要なのは「安全に使いこなす」ことであって、「ただ使う」ことが目的にならないようにしてほしい。最近では筆者が所属する組織も含め、生成AI利用フェーズに応じて上図のような、セキュリティリスクに対応するためのコンサルティングを提供している企業も少なくない。また、経営層に理解いただくための計画策定や体制作りなど、生成AI導入の初期段階から支援するコンサルティングもある。ぜひ、活用いただきたい。