株式会社ツドイ 今井雄紀氏
株式会社ツドイ 代表取締役・編集者
今井雄紀(いまい・ゆうき)さん

生成AIが急速に進化するいま、企画を立てること、文章を書くこと、人と人をつなぐ「場」をつくること――そんな“言葉を紡ぐ”仕事に携わる人たちは、AIの存在をどのように受け止めているのだろうか。

本記事では、編集者としてキャリアを重ね、現在は編集とイベントの会社「ツドイ」を率いる今井雄紀さんに取材。
AIとの共存が前提となる時代において、ビジネスパーソンのヒントになる“思考”や“視点”について話を聞いた。

盛大なハルシネーション体験からわずか数カ月で「使える」ツールに

――今井さんが生成AIを意識したのはいつ頃からですか。

株式会社ツドイ 今井雄紀氏

仕事の中で意識したのは2024年の初めごろです。当初は「ASIMO(アシモ)」(かつて本田技研工業が開発した二足歩行ロボット)に近いという印象でした。ASIMOは未来の可能性を十分に感じさせてくれるものの、家事や介護ができるわけではありません。それと同じで不完全な部分が多く、言葉のプロとして仕事をしている以上、まだ実務で使うのは先になるだろうなと。ところが毎月のように進化を遂げて、SNSなどで優れたアウトプットがどんどん出てきた。それを見て「これは使ったほうがいいかも」と思い始めました。

――普段はどんなことに活用しているのでしょうか。

原稿の校閲や表記統一のアシスタントとして活用していますが、調査に使うことも多いです。1年ほど前に某作家の「音楽に関する名言」を抽出する仕事の依頼があり、生成AIに調べてもらったら瞬時にリスト化してくれたんです。それまでの調査時間を考えたら劇的な時間短縮につながりました。

――それはすごい。

株式会社ツドイ 今井雄紀氏

僕もそう思ったんですが、この話にはオチがありまして。調査結果を自分で精査して裏を取ったら、1つも正しい名言がなかった。要するに、すべてがハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成すること)だったのです。でもそれからわずか数カ月でディープリサーチ機能が一般化して、いまではきちんと出典とともに明記してくれます。情報収集や調査なら実用に耐えうることを実感していますね。

――まさにAIの進化を物語るエピソードですね。そのほかの活用シーンは。

記事タイトル案の壁打ちや、際どい言葉のニュアンスを変えずに類語を出してもらうことなどに使っています。これらはAIからヒントをもらうイメージです。

個人的にやってみたのはSNSコンテンツの作成支援です。過去のnote記事をすべてAIに読み込ませて出力結果を指示し、自分の“分身”をつくることにチャレンジしました。ネタを与えて僕らしい内容に仕上げてくれるのであれば便利だと考えたからです。とはいえ現状ではそのまま出すレベルには至っていないのが正直なところ。短時間で土台を構築する能力は秀でていますが、最後の出力を預けるのはまだまだ怖いです。

AI全盛でも“自分の頭でとことん考え抜く訓練”を忘れてはならない

――今井さんの周りにいるライターや編集者の間で生成AIはどのように捉えられているのでしょうか。

株式会社ツドイ 今井雄紀氏

ライターから聞くのは「自分がこれまで築き上げてきたものがAIに代替されるのではないか」という危機感の声ですね。文章の要約に関してはどんどん質が上がっているので、僕の周辺でも悩んでいるライターがいます。

この状況を打破できるのは、人の話を聞くスキルです。こうしたインタビューでは相手との間合いや、気持ちよく言葉を引き出すセンスが重要になってきます。これは僕たちのような言葉に専門性を持った職業だけではなく、上司と部下、同僚同士など、ビジネスシーンに溢れる様々なコミュニケーションでも言えることなのではないかと思います。現状、AIにこのスキルは真似できません。だからなのか、最近では肩書に「ライター・インタビュアー」と併記する人が増え、“書く”よりも“聞く”ほうに自分の売りをシフトしてきた気がします。

翻って編集者は、これまでライターに頼んでいた細かい仕事を自分たちでこなすようになってきました。情報のまとめ記事などはソースを与えればある程度の形に仕上げてくれます。そのうえ何度も修正を繰り返すことができ、基本は即レスです。そうした変化は徐々に現れてきています。

――今井さんご自身が編集者であり経営者の立場でもありますが、AIとの付き合い方に社内で方針を設けていますか?

株式会社ツドイ 今井雄紀氏

AI活用は権限を設けずにフルオープンにしています。全社員に「極力使ってほしい」と言っていますし、チャットツールでAIに関するTipsの共有にも取り組んでいます。間もなくAI活用はWeb検索と同程度の市民権を得られると思っていて、であれば早い段階から慣れていたほうがいい。

ただ、AIに任せる部分は先に触れた情報収集や調査、日常業務がメインで、任せられない部分との線引きは常に意識しています。原稿の赤入れに活用すれば時短できるかもしれませんが、そこまでの処理を任せる気はない。僕は逆に、整いすぎた文章を読むと生成AIでのアウトプットを疑います。じっくり原稿と向き合って行間を読み解くことが編集者の生業ですし、あまりに理路整然としていて、どこかで読んだ言い回しばかりだったらおかしいじゃないですか。

インターンの学生を見ると、もはやAIはなくてはならないツールになっていることを肌で感じますが、もし彼ら・彼女らがAIのアウトプットだけに頼っていたらそれはそれで悲劇です。自分が創作したものではないので、ダメ出しされてもどこが悪いのか説明ができないわけですから。だからこそ、AI全盛の時代であっても自分の頭でとことん考え抜く訓練を忘れてはならない。ときにはアナログで泥臭い仕事を通じてプロの感覚を養っていくことが必要。あくまでもAIと上手く付き合いながら執筆や編集に活かしていくのが理想です。

人間だけが持つ“意外な正解”を生み出す力

――生成AIとの共存が前提となる時代において、「つくることの本質」はどのように変化していくと考えていますか。

ツドイでは“面白い企画”を生み出すことを言語化しています。具体的にはすでに存在するものを2つ以上組み合わせて、“意外な正解”を出すというアプローチです。AIはロジックに基づく王道の正解を導き出すのは得意中の得意ですが、ずらした思考は苦手。この点がAIと人間を分ける決定的な違いだと考えています。

例えば僕が感心したのは「大人のキッザニア」や、横浜スタジアムのグラウンド内でキャッチボールができる「DREAM GATE CATCHBALL(ドリーム・ゲート・キャッチボール)」です。施設のスキマ時間に目をつけて新たな顧客開拓に成功した事例で、ほんの少しの異なる視点や発想の転換が生んだ意外な正解です。

――おっしゃるように『PC-Webzine.com』はビジネスパーソン向けのメディアで、IT業界の人たちにたくさん読まれています。最後に読者に向けてメッセージをいただけますか。

AIは便利なツールです。日々進化を感じていますし、最近では AI 処理に特化した PC なども出てきていると聞きました。AIのいいところは、文句を言わないこと。まずは、報告書作成や経費精算など、自分が「面倒くさい」と思った業務をすべて任せ、自分がワクワクする仕事に精力を注いでほしい。そうすればいろんな可能性が広がると思います。

株式会社ツドイ 今井雄紀氏