字幕メガネでバリアフリーに映画を楽しむ

-Wel Tech- 調布市

聴覚障害者が映画を楽しむ上でネックになるのが、音声だ。邦画では字幕が表示されないため、洋画のみを見ている聴覚障害者も少なくないという。そんな映画好きな聴覚障害者の映画視聴を支援するのが、スマートグラスによる字幕表示サービスだ。

誰もが映画を楽しめる仕組みを

 多くの映画・映像関連企業が集まっている調布市。“映画のまち調布”として、市民が映画・映像をつくる、楽しむ、学べる取り組みを推進している。

 その一環として取り組んでいるのが、聴覚障害者が映画を楽しむためのバリアフリー字幕表示を行えるスマートグラス「MOVERIO」の活用だ。エプソン販売が提供している同製品を、調布市の複合型映画館「イオンシネマ シアタス調布」において導入し、「字幕メガネ」として希望者に無償貸出を行っているという。

 メディア・アクセス・サポートセンターは、前述の調布市をはじめ多くの映画館のバリアフリー字幕・音声ガイド制作を手掛けるNPO法人だ。その理事・事務局長を務める川野浩二氏は、聴覚障害者向けの字幕サービスについて次のように語る。「聴覚障害の方は映画の音声を聞き取ることができないため、字幕がなければ映画を見られません。しかし、全ての映画に字幕をつけることは、聴覚障害のない人にとってはノイズになります。そうした、聴覚障害者も健常者も、ともに映画を楽しむ橋渡しとなるのが、MOVERIOによる字幕表示なのです」

 聴覚障害者向けの字幕サービスのニーズを知り、約15年前からその取り組みに向き合ってきた川野氏。以前はエンジニアとして働いていた川野氏は、眼鏡型のデバイスによる字幕表示に着目し、複数のスマートグラスからエプソン販売のMOVERIOを選択した。

同じシーンで感情を共有できる

 MOVERIOを選択した理由について川野氏は、継続して新製品が販売されている信頼性を挙げた。また、MOVERIOで採用している有機ELディスプレイも、映画字幕表示デバイスとして最適なのだという。黒が反射せずに透けて見えるため、スクリーンに字幕の文字が重なり、映画に没頭して視聴できるのだ。字幕表示にあたっては、エヴィクサーが提供する字幕・音声ガイドアプリ「HELLO! MOVIE」を使用する。HELLO! MOVIEは自動で映画の音を認識し、最適なタイミングで字幕表示や音声ガイドを再生するアプリケーションだ。MOVERIOのコントローラーにインストールしてMOVERIOに字幕を表示させる。実際に映画を視聴するユーザーは特に操作は必要なく、映画館側でセットアップしたMOVERIOを装着するだけで、映画を楽しめる。

「映画は一人で楽しむだけでなく、家族や友人と一緒に楽しめるコンテンツです。MOVERIOで字幕サービスを利用することにより、聴覚障害者も健常者も、ともに同じ映画を見て楽しむことが可能になります。実際このサービスを利用したユーザーからは『みんなと一緒に見ながら、同じシーンで泣けることが嬉しかった』といった感想がありました。調布市の導入事例から、他の自治体や映画館への導入も拡大しています。今後は字幕の多言語化なども進め、観光客へのサービスとしても活用できるよう取り組みを進めていきたいですね」と川野氏は語った。

MOVERIOを装着して映画を視聴している様子。眼鏡を掛けるような感覚で装着でき、シースルーのディスプレイで映画の映像と字幕を重ね合わせて作品を楽しめる。
2019年10月28日~11月5日に実施された第32回東京国際映画祭では、鑑賞者全員がMOVERIO(字幕メガネ)を装着して上映作品の体験鑑賞ができる「障がい者並びに多言語バリアフリーイベント」が実施された。映画の進行に合わせて表示される字幕を実際に体験してもらうことで、聴覚障害者のためのバリアフリー映画の普及促進につなげた。

字幕表示から作業支援まで多様なシーンをサポートするMOVERIO

-Wel Tech- エプソン販売「MOVERIO」

ウェアラブルデバイスの中でも、眼鏡型のスマートグラスは移動中や作業中に情報表示ができる点で活用の可能性が幅広い製品だ。そのスマートグラスを長年提供し続けているエプソン販売に、話を聞いた。

既存技術の応用から生まれた

 眼鏡のように装着するだけで、目の前に大画面が現れるスマートグラス「MOVERIO」。現在、フルHDに対応し120インチ相当の仮想画面を表示できる「BT-40S」「BT-40」と、HDに対応し80インチ相当の仮想画面を表示できる「BT-30E※」「BT-35E※」をラインアップしている。

「2011年から提供をスタートしたMOVERIOは、当社がプロジェクター製品の開発などで培ったマイクロディスプレイ技術と、光学プロジェクション技術を応用して作られました。手軽に、プライベートで大画面を楽しめるデバイスがあれば、という視点から生まれたMOVERIOは、当初は映像を見るためだけの製品でしたが、次第にカメラを内蔵するなど進化を重ね、現在では製造・保守などにおける遠隔での作業支援、ミュージアムや娯楽施設でのAR体験、自宅や移動中、宿泊先での映像視聴、そして映画や観劇での字幕や多言語表示など多様な分野での活用が広がっています」と、エプソン販売 VPMD部 VPMD二課 課長 坂本 茂氏は語る。

 MOVERIOを利用するメリットは、なんと言っても高画質なコンテンツを両眼シースルーかつハンズフリーで楽しめる点だ。コントローラーにはAndroid OSを採用しており、Google Playストアで配信しているアプリケーションをインストールして楽しめる。BT-40はコントローラーを付属していないが、代わりにユーザーが持っているAndroidスマートフォンとUSB Type-Cケーブルで接続すれば、個人のスマートフォンでMOVERIOの操作が行えるのだ。手持ちのスマートフォンをMOVERIOに接続するためには、USB Type-C接続によるオルタネートモードでの利用が可能なデバイスを選択する必要がある。また、PCと接続すれば、広い作業領域を周囲に見られることなく仮想表示可能だ。
※コントローラーはオプション

映画と字幕を同時に見られる

 そうした映像コンテンツを楽しめるMOVERIOは、福祉の分野でも活用されている。例えば聴覚障害者が映画を楽しむために、MOVERIOに字幕を表示させるような活用だ。エプソン販売 VPMD部 VPMD二課 柳田広宣氏は「もともとスマートフォンを利用した字幕サービスは2013年ごろから存在しました。しかし暗い映画館では、スマートフォンで字幕表示をすると周りから嫌がられてしまいます。また、映画を見ながらスマートフォンの字幕表示を確認し、またスクリーンを見るというのは、映画を見られないタイミングが発生してしまいます。そこでMOVERIOを活用した字幕サービスができないかと、メディア・アクセス・サポートセンターから問い合わせがありました」と話す。

 MOVERIOにはカメラが搭載されているBT-30E、BT-35Eと、カメラが搭載されていないBT-40S、BT-40があるが、映画館の字幕サービス用にはカメラが搭載されていないモデルを採用している。使用時に放映している映画を録画されるリスクを防ぐためだ。字幕サービス用のMOVERIOは、対応している映画館で無償貸出を行っている。「映画みにいこ!」というバリアフリー映画上映情報サイトでは、字幕メガネ貸出の映画館リストを公開しており、現在北海道から沖縄まで、55の映画館で字幕メガネ貸出に対応している。

「洋画と異なり邦画では字幕が表示されません。しかし、MOVERIOによる字幕表示によって、聴覚障害を持つ人も同一の空間で映画を楽しむことが可能になります。例えば直近ですと、アニメ『鬼滅の刃』の映画が大ヒットしましたが、聴覚障害を持つ子供を持つ母親から、字幕メガネを使ったことでその映画が見られたと喜びの声がありました。映画館で楽しめる映画が増えることで、聴覚障害を持つ人も映画館に足を運びやすくなり、外出しやすくなることで、心の健康も含めた支援が実現できるのではないかと考えています」と坂本氏。

多言語対応でインバウンド需要もつかむ

 この映画字幕のサービスを応用し、訪日外国人向けに多言語での字幕表示サービスを行う取り組みもスタートしているという。また、映画だけでなく、舞台公演にもMOVERIOを活用した字幕サービスの活用が進んでいる。実際に劇団四季の「ライオンキング」札幌公演では、MOVERIO「BT-350」(販売終了)を利用し、多言語字幕サービスを提供。舞台から目を離さずにハンズフリーで観劇できることで、訪日外国人が母国語で公演を楽しめる仕組みだ。インバウンド対策だけでなく、映画と同様聴覚障害者の観劇を支援する施策としても活用が期待されている。

「カメラを搭載したMOVERIOは、遠隔での作業支援など、産業分野における活用が多いです。特にコロナ禍では人との接触を最低限に抑えつつ、作業支援を行う必要が生じたため、以前と比較して問い合わせが3~4倍に増えました」と柳田氏。ZoomなどのWeb会議アプリケーションが普及した半面、遠隔作業支援などは作業内容に最適化したツールである方が対応がしやすく、需要が大きいのだ。

 坂本氏は「MOVERIOのようなHMD(ヘッドマウントディスプレイ)は、ハンズフリーで使えて、視線移動が少ない点が大きな特長です。長時間の装着時の快適性など要望に応えつつ、いずれはスマートフォンに置き換わるようなデバイスになれるよう、アップデートを続けていきます」と展望を語った。

遠隔での作業支援や、作業マニュアルの閲覧などといった産業分野で活用されている。推奨機種はカメラ搭載のBT-30E/BT-35E。
映画や観劇での字幕や多言語表示といった用途での活用。推奨機種はカメラ非搭載でコントローラー付きのBT-40S。カメラを搭載していても問題ない場合はBT-30E/BT-35Eも対象だ。
博物館や美術館、娯楽施設などでのAR(拡張現実)を用いた展示にも活用される。推奨機種BT-30E/BT-35E。
自宅や移動中、宿泊先での映像視聴のような個人利用にも活用される。推奨機種は解像度が高いBT-40S/BT-40。あるいは軽量なBT-30E。