企業がデータサイエンスで
成果を出すためのヒント

Event Report

あらゆる企業に求められているDXの推進においてデータサイエンスが不可欠だという話はよく耳にするし、漠然と理解できることだろう。しかし、実際にデータサイエンスをDXに生かして成果を得るにはどのような取り組みが必要なのかについて説明することはできるだろうか。ここではデータサイエンティスト協会が11月14日に開催したシンポジウムで講演された「企業がデータサイエンスで成果を出すためのヒント」から助言を得る。

手段が目的にならないために
三つの戦略を三位一体で展開

ヤマト運輸
執行役員 DX推進担当
データサイエンティスト協会
理事 コミュニティハブ委員会 委員長
中林紀彦 氏

 登壇したのはヤマト運輸で執行役員 DX推進担当を務める中林紀彦氏と、社会課題解決に向けたAIを活用したサービスの開発、実装などの事業を展開するエクサウィザーズの代表取締役社長を務める石山 洸氏の2人だ。

 中林氏はデータサイエンティスト協会の理事でコミュニティハブ委員会の委員長や筑波大学大学院客員教授を務めるほか、内閣府や経済産業省など公的な活動も展開している。石山氏はリクルートのメディアテクノロジーラボの所長やAI研究所であるRecruit Institute of Technology(リクルート人工知能研究所)の初代所長などを歴任した。

 中林氏が活動するデータサイエンティスト協会のコミュニティハブ委員会ではデータサイエンスに関わる企業の課題や悩みについて情報を集約して解決策を議論している。その活動の中からデータサイエンスに関する企業の課題について、三つのステージを指摘する。

 まず手段を目的にしていろいろなことに取り組む段階、次にデータサイエンティストを雇ったりデータサイエンスの組織を作ったりしてPoCを実施するが事業実装に至らない段階、そしてこれらから脱却して成果を出せるようになったが、それが会社にとってどのような価値をもたらしているのか分からず試行錯誤する段階の三つだ。

「データサイエンスを手段としてうまく使うには何のために、という構想を立てて進めることが大切だろう」と問いかける中林氏に対して石山氏は「食わず嫌いになってはいけないので、初期フェーズでは手段が目的化するのは決して悪いことではない」と指摘する。ただし「どこかのタイミングでデータサイエンスを、目的を達成するための手段に変えなければならない」と話す。その際の目的の立て方や考え方について、別掲図のフレームワークを示した。

 フレームワークを示しながら石山氏は「経営戦略、DX戦略、組織戦略が三位一体で整合性がとれているのかを確認すると手段が目的にならなくなる」とアドバイスする。

採用が難しいデジタル人材の確保
JDを発信する採用広報が有効

エクサウィザーズ
代表取締役社長
石山 洸 氏

 フレームワークでは中期経営計画(中計)にDX戦略を組み込む企業が増えている中で、DXやAI、あるいはデータサイエンスなどのデジタル活用によって、どの経営課題をどれくらい改善すれば中計の財務ターゲットを実現できるのかを算出し、既存のIT投資に加えてDXやAI、データサイエンスに対する新規の投資をどのくらいのボリュームで行うと、どのくらいのリターンが得られるのかというROIを計算する。さらにそれを実行するために必要な組織を検討し、その人材を確保する。

 ヤマト運輸におけるDXの推進において石山氏が作成したフレームワークを参考にしたという中林氏は「グローバルでデータサイエンスを活用できている企業では職種がきちんと定義されており、どういう目的でどのような人材が必要なのかが明確化されている。これが的確な人材確保につながっているのではないか」と指摘する。

 組織戦略のポイントについて石山氏は「採用広報」の重要性を説く。自社にどのようなデータセットがあってどのような人材を採用したいのか、それによって何を実現していくのかというビジョンの組成とともに、それを広報として発信することが人材の採用において非常に重要だという。

 その理由について石山氏は「これまではデータサイエンスが使われていなかった領域にも使えるようになってきている中で、そんな仕事があるのか、その仕事をしてみたい、と思わせることが必要です」と説明する。そのためには、こうしたことが漏れなく記載されたジョブ・ディスクリプション(JD)を作成して発信することが求められる。

 ただし、この会社にこんなデータセットがあったのか、という意外な印象を与えるケースの場合は、JDに記載する職種が多すぎると何をやっている会社なのか、何を目的にしているのかが分からなくなる恐れがある。世の中に対する自社のデータサイエンスの認知レベルに合わせながら、職種を徐々に細分化していくことが現実的だとアドバイスする。

PoCで終わらせないコツは
アップデートによる継続性

 データサイエンティストを総合職で雇用する企業が多く、専門職に対する人事制度や待遇の課題もあるという。中林氏は「DX部門のみジョブ型を適用してもらい、給与もスペシャリストに対して変えてもらうという、メンバーシップ型とのハイブリッドを実践している」という。そして「このやり方でメンバーが入ってきてくれているので、この方策は成功していると思っている」と話す。

 本来は財務ターゲットが定義できて、DXやデータサイエンスがリターンに対してどれだけ貢献しているのかを説明できればジョブ型の適用や競争力のある報酬レンジの適用を要求しやすいのだが、それは非常に難しいのが実情だ。

 組織が整い、次はPoCを実施する段階になる。しかしそれが事業実装、社会実装になかなか進まないという課題が生じる。石山氏は「当初の取り組みで期待した成果が出ず諦めてしまい、PoCで終わってしまうケースが多く見られる。一方で成功するケースでは当初の取り組みに対して、先ほどのフレームワークに立ち返り目標や目的を改めて確認し、状況の変化に応じてそれらをアップデートして取り組み続けることで次のステージに昇華している。成果が出ない、リターンが出ない、これらを経験することも学習の一つ。やり方をアップデートして次の取り組みを継続することが成功につながる」とアドバイスする。

企業の人材確保では経験者を優先
将来性を感じている人が大多数を占める

Event Report

データサイエンティストという職業に携わる人物に対して、学校で統計解析を学んだ理系の人材という印象を抱くのではないだろうか。現在、データサイエンティストとして活躍する人材は、果たしてどのような人なのか。また、データサイエンティストという職種に対して周囲はどのように捉えているのだろうか。データサイエンティスト協会の調査結果を基に「データサイエンティストの実像に迫る。

データサイエンスに携わる人材の実態
出身学部は必ずしも理系ではない

データサイエンティスト協会
調査・研究委員会 委員長
野村総合研究所
塩崎潤一 氏

 11月14日に都内のホテルで開催された「データサイエンティスト協会シンポジウム」において、同協会の調査・研究委員会が「データサイエンティストの実像」について調査した結果が発表された。講演に登壇したのはデータサイエンティスト協会の調査・研究委員会で委員長を務める野村総合研究所の塩崎潤一氏だ。

 まずデータサイエンティスト協会に所属する一般会員を対象とした調査結果が発表された。同協会に所属する一般会員とはデータサイエンスに携わる人材となる。同協会の会員登録をしているということで、データサイエンスに携わる人材の中でも意識の高い人であることが想像できる。こうしたことを加味して調査結果を見ていく。

 まずデータサイエンティストの年齢層について、若い人材が多いと想像しそうだが、調査結果では30代から50代が中心で、50代以上の比率が増加しており3割を超えているという結果となった。男女比については圧倒的に男性が多く9割を占めている。

 調査対象のデータサイエンティストが所属する業種については、IT・通信が多いが、ここ数年は減少傾向にあり、製造業をはじめその他の業界が増加傾向にある。塩崎氏は「データサイエンティストが活躍する業界が幅広くなってきている」と解説する。

 平均年収については調査年度によって多少のばらつきはあるものの、800万円前後となっており2021年は833万円だった。塩崎氏は「833万円という金額は高い水準とみていいのではないか。その背景として50代以上の人材が増えていることが影響している」と指摘する。

 現在データサイエンティストとして活躍する人は、そもそもデータサイエンティストになることを目指していたのかという問いに対して、56.5%が「積極的に目指していた」、あるいは「どちらかといえば積極的に目指していた」と回答している。「目指していなかった」「あまり積極的ではなかった」が約20%、「どちらともいえない」が23.8%だった。

 またデータサイエンティストになったきっかけについて、「自身の業務で必要になったため」が34.0%、「社内の部署異動」が約20%、「転職」が15.0%、「新卒での配属」が12.2%だった。出身学部については、やはり理系が圧倒的に多く、約6割を占めている。一方で文系が35%を占めており、「必ずしも理系ではない」と塩崎氏は指摘する。

データサイエンティストを採用する
一般企業を対象とした調査結果

 データサイエンティストを採用する一般企業を対象とした調査結果では、まずデータサイエンティストの人材の増減と内訳について、「1人以上増やした」と回答した企業は2019年が56%、2020年が49%、2021年が41%で、「減少した」がそれぞれ5%、23%、17%に対して多かった。

 データサイエンティストの確保については新卒採用や中途採用よりも、社内の異動および育成が多数を占めている。ただしデータサイエンティストを目標通り確保できなかった企業が2021年は62%を占めており、確保できたのは37%を大幅に上回っている。やはり人材確保は深刻な課題となっているようだ。

 データサイエンティストに対する職種体系および給与体系について、「専門の給与体系がある」と回答したのは2020年が15%、2021年が9%だった。また「専門職の手当てがある」のはそれぞれ11%、7%で、「特別な採用枠を設けている」がそれぞれ8%、4%だった。

 今後3年間で採用・育成したいデータサイエンティストの人材については、「経験者のみを採用する」と回答したのは2019年が54%、2020年が74%、2021年が72%と圧倒的な割合を占めた。

一般ビジネスパーソンから見た
データサイエンティストのイメージ

 一般就労者を対象とした調査結果では、まずデータサイエンティストという職種を知っている割合は「確かに知っている」がわずか9.6%、「何となく知っている」が14.9%、そして43.3%が「知らない」という結果だった。一般のビジネスパーソンにはデータサイエンティストという職種がまだ浸透していないことが分かる。ちなみに大学生を対象とした2021年の調査結果では、「確かに知っている」が10%、「何となく知っている」が20%、「知らない」が47%だった。

 データサイエンティストの現状と将来性について、まず現在の業務に対する満足度は、一般就労者が「満足している」と「どちらかというと満足している」が45%であるのに対して、データサイエンティストでは42.5%とやや低い割合となった。ただし現在の業務の将来性については、一般就労者では「将来性を感じる」と「どちらかといえば将来性を感じる」が24%なのに対して、データサイエンティストは84%と非常に大きな割合だった。